サクラの木がある町の人間の、話し合いのおはなし
「良いんじゃない?」
ある女が賛同した。
「いやいや、あのサクラの木は昔からある、我々の憩いの場だぞ。」
少し歳を取った男が、慌てて反論した。
「そうね。人間の都合で切ってしまうなんて、それは酷いんじゃ…」
同じく歳を取った女が続いた。
「だが子供達のために公園を作るのに、子供達が遊べないんじゃ意味ないだろ。」
これはまた別の男だ。
「公園はあの場所じゃなきゃダメなのか?」
最初の歳を取った男が、進行役に訊いた。
「残念ですが…」
「サクラの木だって遊べるだろ。現に俺達はあの木で遊んでた。」
進行役の申し訳なさそうな言葉に、最初の歳を取った男が、尚も食い下がった。
「しかしあの木ももう古いからなぁ。」
これはまた別の男だ。
「そうよ。実際枯れてるじゃない。そんな木に登って子供が怪我したらどうするのよ。」
これまた別の女が賛同し、最初の歳を取った男を睨みつけた。
「……」
睨みつけられた男は、何も答えられず黙ってしまった。
その時、手を挙げて進行役に話しかけた男がいた。
「あの、よろしいですか?」
「どうぞ。」
進行役に促されて、男は話し出した。
「私樹木医をやってるんですが、あのサクラの木も診てまして。」
「樹木医?へぇ、本当にそんな仕事があるんだ。」
どこからかそんな反応の声がした。
「はい。その私からの意見ですが、あのサクラの木は、確かに一部が枯れています。ただ、良くなる可能性は、まだ残っています。」
樹木医のそんな説明に、誰かがこう返した。
「可能性って事は、治らない事もあるって事だろ?」
樹木医の男は、少し眉をしかめてから答えた。
「もちろんそれは…」
「治るにしても、すぐに治るワケじゃないのよね?」
「…はい。」
樹木医の男は絞り出すようにそう短く答えるしかなかった。するとその女は、今度は樹木医の男を睨みつけてこう続けた。
「先刻も言ったけど、その間に子供が怪我をしたら、どう責任を取るの?」
理不尽な質問だ。これには慌てて進行役が助け舟を出した。
「いやいや奥さん。流石に彼に責任っていうのは…」
「じゃあ誰が責任を?」
今度は進行役を睨みつけて女が迫った。
「それは、…」
進行役は迫力に負けたように、言葉を詰まらせた。
そして他の一人の男がこう話し出した。
「うぅん、昔からこちらに住んでた方達は、あの二本のサクラの木に思い入れもあるんでしょうが、後から来た私達は、正直、花が咲けばきれいだなぁと思う程度で…」
これに隣に座った男が賛同した。
「そうだな。俺達はサクラを見るより、子供の喜ぶ顔見る方がなあ。」
更にその隣の男も頭をさすりながらこう続けた。
「私もやはり…」
そして少し離れたところから、他の男も意見した。
「それに子供が怪我をしたらというのは、僕も心配でして。もちろん誰かに責任をというのはありませんが。この際切るのも仕方ないのでは?」
この会話の流れに、樹木医の男が我慢出来ないように皆に訴えた。
「しかし、サクラの木も生きてるんですよ。」
少しの間、沈黙が流れたが、どこからかこう漏れ聞こえた。
「…生きてると言われても、所詮は木だしなぁ。子供が怪我するかもしれないとなれば…」
「…しかし……」
樹木医の男は尚も反論し、話し合いはその後も長く続いた。
そして人間達はこう結論を出した。
枯れている方のサクラの木だけを切って、もう一方は残そうと――
その日は花見でもないのに、サクラの木の周りが騒がしかった。
「何だ?花はまだ咲いてないぞ。」
木の枝に寝転んでいた頑固のサクラが、顔だけ動かして、そう呟いた。
「はて、何じゃろうな。」
真面目のサクラも、この間と同じ、背中を丸めて俯いていたのを、顔だけ上げて呟いた。
しばらくすると、シュコン、シュコンと何度か音がして、その後、ヴィイーンというチェーンソーのバカでかい音が辺りに鳴り響いた。そして、真面目のサクラの木にそのチェーンソーが喰い込んでいった。
「⁉」
「!」
頑固のサクラは上体を勢いよく起こし、人が近づいて来たので、木の枝の上に姿を移した真面目のサクラも、目を開いて驚いた。
「な、何してんだ⁉」
とうとう立ち上がった頑固のサクラが、そう素っ頓狂な声を上げた。
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