村から町へと、人間達の時間が流れたころのおはなし
頑固のサクラが咲けなくなってから数年が経ったある日、頑固のサクラの前に、一人の男が立っていた。その男は、頑固のサクラを愛おしそうに擦りながら、こう話しかけていた。
「あの時のせいで咲けなくなったんだよな。まだ俺は樹木医になったばかりだけど、必ずお前がまた咲けるようにしてやるからな。」
それはあの時の男であった。男は願いを叶えてくれたサクラの木が咲かなくなった事を知り、居ても立っても居られず、勉強を重ね、樹木医となっていたのだ。
その日から男は、毎日のように頑固のサクラの下へやって来た。
そして更に数年が経った頃。
「…!…!」
「…ほう、また咲けるようになったではないか。」
「うるさいっ!俺は咲きたい時に咲くんだ!」
「…しかし去年までは、…」
「うるさいっ!」
「……」
樹木医となった男の努力が実ったのか、はたまた頑固のサクラ自身が秘めていたものか、とにかく、また満開の花を咲かせるようになった。
そして更に数年後、サクラの木の周りはすっかり様変わりしていた。高いビルや団地が、あちこちに建てられていたのだ。そしてその建物は、頑固のサクラにもある影響を与えていた。
日が当たらなくなり、年々弱ってしまっていたのだ。
「…大丈夫か?」
「う、…うるさい。大、丈夫に、決まってるだろう…」
「……」
頑固のサクラはいつものように憎まれ口を叩き、強がってはいたが、そうでない事は、見た目や口調から明らかであった。
一度咲けなくなり、そこからまた咲けるように回復したというのに、時代の流れとはいえ、何とも無情な話だ。
あれから定期的にサクラの木を診に来ていた樹木医の男も、頑固のサクラが弱っている事に気付くと、また毎日のようにやって来ていた。
その日も男はやって来て、頑固のサクラを診た後、南の方角と、そちらに立つ真面目のサクラを見て、更にまた頑固のサクラに目を移し、そしてガシガシと頭を掻きながら下を向き、また南を向いてこう呟いた。
「あっちのサクラの木の枝の一部を切れば日が当たるんだろうが、…剪定ってレベルじゃねぇな。」
そして男はまたガシガシと頭を掻いて、溜息混じりに呟くのだ。
「…どうしたもんかなぁ……」
それから数日後の事であった。真面目のサクラの枝の一部が枯れた。そしてそれは一枝に止まらず、日にちをかけてもう一枝、もう一枝と広がっていった。
明らかにそこには真面目のサクラの意思があった。
そしてその意思の結果として、枯れた枝の隙間から、日光が頑固のサクラにも射し込むようになり、頑固のサクラは、それから息を吹き返していった。
「れ、礼なんか、言わないからなっ!」
頑固のサクラはそっぽを向いてはいるが、顔を少し赤くして、照れているのは明らかであった。
「儂が勝手にやった事じゃ。気にせんで良い。」
そんな頑固のサクラに、そう言って真面目のサクラは優しい笑みを浮かべた。
「う、うるさいっ。…」
頑固のサクラは、真面目のサクラを見る事もなく、いつものように叫ぶではなく、ボソリと吐き出すように、そう言った。
それから数年。頑固のサクラは見る見る元気になった。しかしそれとは逆に、真面目のサクラは、年々弱くなっていった。真面目のサクラは頑固のサクラより遥かに長く生きていた。その年齢による所もあったのかもしれなかったが、自身を枯れさせた事が、大きく関わっている事は明らかであった。
最初はポツポツと、花の咲かない場所ができ、それはポツポツからあちらこちらへと変化し、半分が咲かなくなり、そしてやがて、あちらこちらに花が咲く程度となり、最後はポツポツと花を咲かせるという程度になってしまった。
その現象は花だけにおさまらず、幹の方にも表れ、所々が枯れ始めていた。
「お、おい。だ、大丈夫か?」
流石に心配そうに頑固のサクラが声をかけた。
「何じゃ、珍しいのう。儂の心配か?」
いつものように胡坐をかいてはいるが、背中を丸めて俯きながら、真面目のサクラが元気のない声でそう返す。
「う、うるさい!心配なんか、誰がするか!」
「……」
いつものように憎まれ口を叩いたものの、真面目のサクラの様子に、オドオドとしながら、頑固のサクラが話し出した。
「……!…こ、
「…ふふふ、そうじゃったな。」
真面目のサクラは力なく笑った。
「わ、笑い事じゃねえ!」
「前にも言った通り、儂が勝手に、やった事じゃ。」
「……!……」
怒ってはみたものの、真面目のサクラの言葉に、何も言い返せず、頑固のサクラは苛立った。
「ヌシの言葉を借りるなら、儂は、儂じゃ。ヌシが、気にするような事では、ない。」
似合わぬ優しさを見せ失敗し、逆に優しくされて、頑固のサクラは益々苛立った。
「…!…!…‼」
それを見て、真面目のサクラが笑った。
「ふっふっふっ。」
「…笑うなっ!」
思わず出た言葉に、真面目のサクラが更に笑った。
「はっはっはっ。」
「…!…‼」
頑固のサクラは似合わない事をして恥ずかしいやら、真面目のサクラの態度が腹立たしいやらで、益々苛立ち、顔を赤くして地団太を踏んだ。
その頃、二本のサクラの木がある町の人間達が集まり、ある話し合いが行われようとしていた。
「今日集まってもらったのは、新しく公園を作る事になった場所にある、サクラの木についてです。」
進行役の男がそう切り出した。
「あのサクラの木がどうした?」
「木があっては遊具を置けませんので、この際あの二本の木を切ってしまおうという話なんですが。」
進行役が質問にそう答えた。
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