頑固と真面目のサクラのおはなし

まだ村と呼ばれていたころのおはなし

 そこには二本のサクラの木が並んで立っていた。

 一本は毎年じっくりと時間をかけて花を咲かせ、そしてゆっくりと散っていった。

 今はまだほとんど蕾もつけていないが、その佇まいは周りの景色に見事に溶け込み、今の時期の付近一帯の情緒を、その木が醸し出しているかのようであった。

 こちらに毎年集まる花見客は、家族連れや友人同士で、それほど騒ぎはしないが、時間を楽しみ、花を楽しんでいた。

 もう一本は毎年早くに花を咲かせ、短い期間で見事に咲き切って、一気に花を散らせていた。

 今も既にこれでもかという程、満開に花を咲かせており、その木の周りだけ時間を早め、一足先に生命力に溢れ返っているかのようであった。

 周りに集まる花見客は、とにかく騒がしく…というより、騒がしくする事こそを目的に、皆心から楽しんでいた。


 対照的な二本のサクラの木であった。


 あぁ、最初に言っておくと、ここでいうサクラとは、皆のよく知る桜と同じ時期に咲き、同じ見た目をし、同じ花見というイベントがあるが、全くの別物。何か不都合な表現があったとしても、それは桜の事であって、サクラの事ではなく、…とにかく、私の知るところではない。文句も指摘も一切受け付けない。


 さて、これら二本のサクラの木には、それぞれに木の精が住み着いており、人には見えず、文字通り、人知れず暮らしていた。

 当然こんな会話も、人には全く聞こえてはいない。


「またそんなに早くに花を散らせおって、ヌシには情緒というものが足りん。」

 そう言いながら、蕾も付けていない方のサクラの木の根元に、スーッと灯がともるように、きっちりとした胡坐をかいて現れたのは、白装束に低い烏帽子を被った、白髪の老人であった。

「うるさいっ!俺は咲きたい時に咲いて、散りたい時に散るんだっ!」

 ポンッと満開のサクラの木の枝に、そう叫びながら立って現れたのは、同じく白装束に低い烏帽子を被った、かなり若い少年であった。

 都会の方では、汽車なるモノが走っているこの時代、二人の格好はやや時代がかった感じではあったが、サクラの木を背にすると、ちっとも違和感はなく、むしろしっくりとしていた。

「しかしじゃな…」

「うるさいっ!」

 老人が言葉を続けようとするのを、今にも飛び掛かりそうな勢いで、前のめりに少年が遮った。

 二人は毎年こんなやり取りを繰り返していた。じっくり花を咲かせる真面目のサクラと、満開の花を咲かせる頑固のサクラ。決して交わる事のない二本の平行線であった。


 ある年の、真面目のサクラの木も、全ての花を散らせてしまった頃、一人の若い男が二本のサクラの木の下へとやって来た。

 その男は肩を落とし、深くうなだれていた。そして頑固のサクラの前にフラフラと辿り着くと、ガクリと膝を落とし、泣きじゃくりながらこう言った。

「親父が、…親父がもう、長くないんだ…、…その親父が、昔見たサクラを、もう一度見たいって…、…」

 そしてゆっくりと頑固のサクラの木を見上げた。

「もう一度、もう一度咲いてくれないか…、もう、今年は咲いちまった事は知ってる。知ってるんだけど、そこをどうにか、もう一度……」

 そこまで言って、男は無茶を言っているなとばかりに、またうなだれて、そしてしばらくすると、力なく立ち上がり、またフラフラとその場を去っていった。


「…!…!」

 頑固のサクラが、顔を真っ赤にして、何やら踏ん張っていた。

「…」

 真面目のサクラは、それをじっと眺めていた。

「…!…!」

 どのくらい経ったか、念のため確かめるといった具合に、真面目のサクラが、頑固のサクラに話しかけた。

「…まさかとは思うが、ヌシは咲こうとしているワケではあるまいな?」

 それを聞いて、頑固のサクラが慌てたように否定した。

「う、うるさいっ! そ、そんなワケあるかっ!」

 しかしまた、顔を真っ赤にして、踏ん張るのだ。

「…」

「…!…!」

「…」

「…!…!」

「…やはり、」

「うるさいっ!」

 耐えきれず真面目のサクラが声をかけるのを、頑固のサクラは食い気味にピシャリと遮った。


「…ほう、これは驚いた…」

「うるさいっ!俺は咲きたい時に咲くんだ!」

 真面目のサクラが驚くのも無理はなかった。頑固のサクラは、見事とは言えないまでも、その年また花を咲かせたのだ。本来、一度花を散らせたサクラの木が、もう一度その年に花を咲かせるなど、聞いた事がなかった。頑固のサクラの、いつもの「うるさいっ!」の台詞も、今回ばかりは言葉通りの憎まれ口ではなく、どうだ凄いだろ。もっと驚けという意味合いを、言葉の裏に隠し持っていた。

 まぁ、腰に手を当て、これでもかという程胸を張り、目元口元は、完全にニヤけており、表に全面に押し出してといった雰囲気ではあったが…


 しばらくして、あの男が父親らしき者と、花を咲かせた頑固のサクラの木を見にやって来た。父親は車椅子に乗っており、それをあの男が押していた。

「どうだ親父。いつものサクラだろ。」

「……!」

 そう言われた父親は、もう声を出すのも辛いのか、声にならない声を出して、両手を弱々と持ち上げ、サクラの木を抱きしめるように、更に宙へと伸ばした。

 その父親の顔には、力はないが、満足そうに、全てを悟ったかのような、そんな穏やかな、印象的な笑みが浮かんでいた。

 それを見た男は嬉しそうに、それでいて、涙をうっすら浮かべて笑っていた。


 さて、男の願いを見事に叶えた頑固のサクラではあったが、翌年から花を咲かせる事が出来なくなっていた。

「無茶な事をしたからじゃ。」

「うるさいっ!」

「……」

「…!…!」

 頑固のサクラは、以前と同じように、真っ赤な顔で踏ん張り、必死に咲こうとしているようであった。

「ヌシはちっとも自分を曲げんのう。」

 しばらく眺めていた真面目のサクラが、ふとそんな言葉を漏らした。

「…!…!」

 頑固のサクラは聞こえていないかのようだ。真面目のサクラは、構わず話を続けた。

「一気に咲く、一気に散る、これはまだことわりの内じゃ。しかし今回のような、理から外れた無茶は、いずれ自分を滅ぼす事になるやもしれんぞ。」

「うるさい!理なんか知った事か!俺は俺だ。やりたいようにしかやらんし、…出来ん。」

 頑固のサクラは、一度真面目のサクラの方を見たが、最後の言葉は目を背け、珍しく力なく、ボソリと呟くようであった。

「まぁええ。気を付ける事じゃ。」

「…!…!」

 真面目のサクラの溜息混じりの台詞に、頑固のサクラは何事もなかったかのように、また踏ん張りだした。

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