第51話 アリムの魔道具店

酒場の一件から一週間。

アリムの渡してきたメモを頼りに店を探していた。


"興味ない風"を装っていたことはとうにバレているとはいえ、図星だったと認めるのは嫌なので一週間待った。

これは俺なりのささやかな意地である。


メモには通りの名前が2つ。

確か、欧米のほうだと大体の通りに名前がついているからこう書くんだっけ?

京都もそうだったような、違ったような……。


どちらもあまり縁がなかったのでうろ覚えだ。


まぁ、たどり着ければ何でもいい。

町の中央部からはそれなりに離れた2つの通りの交差点に行くと、妙にきれいな字で"アリムの魔道具店"と書かれた等身大の立て看板が目に入る。


「名前、まんまかよ……」


捻りが一切ない店名に少し面食らう。

魔道具士として、こだわりとかないのか……?と思うが、これまでの言動と合わせて考えると細かいことは気にしないタイプなのだろう。


カフェがベースとなったデザインの店構えで、ガラス越しに中が見える。

他に客がいなさそうなのを見計らいドアに手をかけた。


「お!やーっと来たな。待ちくたびれたぜ」


カウンターで作業中だったアリムは防塵用のグラスと拡大鏡が一体化した大型のゴーグルをおもむろに外すと、片手を上げて笑う。


今日も褐色長身の美女で角がより大きく、そしてねじれていることを除けば1週間前と近い容姿だ。

だが長身具合には拍車がかかっており、2mは優に超えているように見える。

知角族……だったか?

アリムの種族の"見た目を変えられる"というのは年齢・性別に限った話だったはずだ。

つまり、この姿もまたアリムの"本来の姿"なのだろう。


知角族は戦闘民族というだけあって、種族としての平均的なガタイ自体がいいのかもしれない。


「そんなとこにいつまでも突っ立ってんなよ。ほらほら、カウンターに座って。何ならこの腕の中まで来てくれちゃってもいいんだぜ?他に客がいない今だけの特別サービス、柔らかさと温かさに包まれる0距離特等席がプライスレスだ!どうよ?」


アリムが腕を広げるが、その間には俺の頭よりも遥かに大きな凶悪なサイズの双丘が鎮座している。

あの腕の間に行ったとして、重さで頭が潰れるのが先か、或いは窒息するのが先か。

前世ならそれでも……と、もしかしたかもしれないが、年齢的に性欲がまだ芽生えていない俺としては命を投げ出すほどの魅力は感じていない。

アリムの軽口を無言で流しつつ、この世界に転生したときよりは多少マシになったとはいえ、子どもの背丈には高い小洒落たカフェチェアをよじ登り座る。


「つれねーなぁ。爆乳美女の抱擁だぜ?顔を真っ赤する程度の反応はくれてもいいだろうに。まぁ。そんなマセた風だからこそ、からかい甲斐があるんだけどなー、シシっ」


カウンターの前、一段高くなった段に胸と片ひじをドンと置いてアリムは言う。

高さの関係でオレの視点からだと顔が殆ど胸の影になっており、ニヤついて細められた目だけが爛々と輝いていた。


――怖ぇって。


そして直接見えずとも、いつも通りの三日月型に上がった口角が影の後ろに透けて見える気がした。


「それで、なんで今日はその姿なんだ?魔道具作るのに体が大きいのはやりにくいんじゃないか?」


眼の前で頬杖をつくのに使われている腕は前腕だけで俺の胴の長さを超えており、その大きな手のひらは片手で俺の腰を丸ごと掴めるだろう。

これだけ大きな手では、魔道具のような小さなものを作るのは難しいのではなかろうか。


「ん?あぁ、手指の大きさの話か。それなら慣れと工夫ってやつですよ」


アリムが俺の目の前に手をかざす。

これまで会ったときは特に気にも留めず認識していなかったが。

親指と人差指の爪は中央に向けて尖っており、小さなものでも上手く掴める工夫がされている事がわかる。

さらにアリムは手先の器用さを見せつけるために、指をくねくねとしならせて見せる。

それぞれの指が意思を持ったかのように滑らかに動くさまは正直気持ちが悪い。


「そりゃぁ、小さい方がやりやすいけど。この角で魔力の流れなんかを知覚している都合上、この姿が一番魔道具イジるのに都合がいいからなー」


魔道具作りは繊細な組み上げ技術以上に、魔力や概念を上手く把握し微調整をかける技術が重要ということらしい。

いずれは前世知識で魔道具を作ったり、改良したりして一儲け……なんて頭の片隅で考えた時期もあったが、自分の魔力を感じ取るのが精一杯の俺に魔道具作りは厳しいということだろう。


ささやかな野望が潰えた俺は、小さな溜息を一つ。

その目線は、アリムが棚から取り出した物品に注がれていた。

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少年は緋に染まる カルア @sleep-aries

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