第50話 魔道具師の依頼

「いやー、真面目だよなーお前さん。この前オレがアドバイスした通り、片手に薬草茶フラワーティーもって澄まし顔でたたずみやがって。この街じゃ中々見ない、擦れていない青少年の素直さに……思わず疼いちゃったぜ。色々と、なぁ?」


顔を赤らめた長身の美女が身体を妙にくねらせながら言う。

肌に密着した謎素材の黒いタンクトップに、スリットだらけの外套から覗く褐色。

前と姿こそ違うが、この出で立ちに幾何学的な文様の刻まれた長い2本角と来ればこの街に二人といない。


知角族のやけに癖の強い魔道具師、アリムだった。


ギルド併設の酒場の端で妙な動きをする不審者に対し、周囲は一瞬振り向くがすぐに顔を戻した。

この酒場の連中にはもう見慣れたものらしい。


「今日はその姿の気分なんだな」


待ち合わせ時間を鐘2回分(つまり2時間程度)をとうに過ぎているにも関わらず、悪びれる素振りすら欠片も無い……どころかこの態度。


その上での人を食ったような言動は、総じて俺をからかうためのものだ。

それが分かっている以上、無闇に反応することなく冷静に振る舞うのが最善だろう。


前回同様に長い待ちぼうけを食らっている間、飲み放題だからとサイゼリ◯ファミレスのドリンクバーよろしくブレンドしまくりようやく辿り着いたMY究極の薬草茶。

木製のティーカップの中のそれを揺らし、香りを鼻孔いっぱいに吸い込み一息。


ふぅ。


ここで感情的になれば確実にアリムの思うツボだ。

努めて平静を装う。


「いいや?今日のこの姿は所謂いわゆる"カイセくん、あなたに見てほしくて……"ってヤツだ!嬉しいか?嬉しいだろー?なにせ男ウケは最高、数多の道行く少年たちとついでに一部の少女たちの初恋を奪い去ってグチャグチャにしてきたこの至高の身体フォームを見れたんだ!見ちゃった以上勿論、多少の遅刻なんて帳消しだよな。これを見せたくて身体変化を待っていたから遅れたようなもんだからなー。というか何なら払いすぎか?払い過ぎだな!オレは優しいので未払い分は薬草茶ドリンクバーで手を打ってあげよう。勿論、返品返金はノーサンキュー!あ、そこの両手に載せた皿がよく似合う麗しいお姉さん!薬草茶をこちらにも一つ!」


……。


下唇を噛み締め、苛つきを耐える。

アリムのペースに載せられちゃあいけない。


「……最近、稼ぎも増えて資金の余裕もあるからな。あぁ、薬草茶くらい奢ってやるよ。ただ、勘違いはするなよ。その姿を見られた礼じゃぁ断じて無いからな?俺の年齢じゃ何も感じねぇもん」


半分事実だ。

この身体はまだ幼く、身体に引っ張られた思考もまた性欲やらなんやらとは無縁だ。


……前世の記憶が頭にあるせいでつい視線が目、鼻、口と来てその下の大きなブツにいってしまうのは単なる習性的なもので何の意図も無い。


ないったらない。


「だからこそ。ってやつですよ。ここだけの話、な?オレの長年の趣味の一つに気に入った健やかなる青少年のを見守ってやるってのがあるわけだ。旅路の中、色々な村に立ち寄るわけだが……これまで小さな村の中では見たことがない絶世の美女をもじもじと見つめるウブな少年少女――。そんな彼らも優しく優しく接していると、成長と共に憧れや綺麗なものを眺めるときのような視線が湿ったものに変わる瞬間が来る」


目を閉じ、自らの腕を抱え、荒い息と恍惚とした表情かおで語り始めるアリム。

既に嫌な予感しかない。

続きを聞きたくない。


「そこで良い具合にハプニングを装って、男性体に変化中の身体を見せてやるわけだ!あぁ、長い年月でつい凝り固まりがちな感情も、あの驚きと羞恥、期待と困惑が入り混じった顔を見たときばかりは――悶えんばかりの昂りに全身が痺れて堪らねぇんだなぁ……これが!」


「あまりにタチが悪するだろ?!」


「そんな彼ら彼女らも時が経てば大人になり、ささやかな恋をして親になる。その頃を見計らってだな、前と同じ姿で――」


「もう聞きたくねぇわ!」


前からやべぇやつとは思っていたけど、周囲に被害を振りまく系の変質者だった。

年齢性別を自在に変えられるという種族としての特性のみならず、長命種であることまでフル活用して碌でも無いことをしでかしているとは。


親しげに接してくるが、なんとしても距離を取りたい。

全力で。


「ぁあ……っ!アンタがこの身体の価値が分かるようになる日が来るのが楽しみでしょうがない!」


興奮からか目が軽く血走り、紅の引かれた艷やかな口元から漏れる熱の籠もった息は寒くもないのに白くなっていた。


――怖いわっ!


ガワがやけに整っている分、却って奇行の異質さが増して見える。


「安心しろ。ド変態に欲情する日なんて永遠にこねぇよ」


「キシシ。オレの性癖を知った上で抗えない本能を見るのがこれまた乙ってもので……。ふぅ。まぁ、それはさておき」


さておくのか。


急な切り替えについ、アリムのペースに乗せられてしまっていたことに気がつくがもう遅い。


「お前さん、最近熱心に魔道具屋を見て回ってるらしいじゃん?」


「そうだけど……」


何処から聞きつけてきたのかという問いは無意味だろう。

この辺境迷宮都市において冒険者同士の情報網は田舎ネットワークに及ばないまでも、相当に発達している。


娯楽が少ない事も然ることながら、冒険者という職業柄怪我の養生などで時間を持て余しがちな故にだ。

酒の入った暇人たちは良くも悪くも口さがない。


特に、俺のような新人なんてのはいい酒の肴にされているわけだ。


なお、魔道具屋を熱心に見て回ってるというのは本当である。


ベルグに同行してもらいダンジョンに降りた際、正直力不足を感じた。


足りない要素は色々とベルグにも指摘されたが、その中で特に気になったのは取り得る手札の少なさだった。

多種多様な魔物と戦う以上、取れる選択肢は多ければ多いほどいい。


しかし、現状俺が戦闘で使える攻撃は基礎的な剣術と火/風の魔法だけである。


その中でも風魔法は威力のある攻撃はできず、敵を吹き飛ばすか風の勢いで剣術を補助するくらいしかできない。


さらに得意の火魔法も半植物の魔物だらけのアスガルティアのダンジョンでは売れる部位を減らす故に、多用は自らの首を締める事になる。


残るは剣術だけだ。


勿論、剣一本や槍一本でダンジョンを潜るような冒険者もいる。

ただ俺は彼らのような達人ではないし、何なら剣の師であるキーカンに才があるわけではないと言われている。


彼らのような切っ先で魔法を裂き、並外れた膂力で距離を詰め全てを屠るような芸当ができるようになるには果たしてどれ程の時間がかかるか分かったもんじゃない。


だからこそ、確実かつ早急に強くなるためには魔法に頼る他ない。

新しい魔法を身につけるのはこれまた大変なので戦闘用の魔道具を見て回っていたわけだ。


「せっかく魔道具士と繋がりがあるってのに、何で一言も相談してくれないワケよ?ポジティブの塊であるところのオレだって、流石にイジケちまうぜ?」


イジケてだるい絡みをしてこなくなればどれだけ良かったか――。

という言葉は飲み込んでおく。


そんなことを言おうもんなら、絡みに絡んで家までついてこられかねない。


「オーダーメイドなんて高くつくだろ?いくら最近実入りが良くなったとはいえ、金無いんだから頼めないって」


そういうことにしておく。

実際は面倒くささ9割5分、残りが懐事情――。


いや、相談するだけなら無料ただな以上、面倒臭さ十割だな!


「確かに特注品オーダーメイドなら値が張っちまうが、偶発品フォーチュアスクラフトで合うものがあれば友情価格込みで安くしとくぜ?」


偶発品フォーチュアスクラフト?」


友人になったつもりはサラサラないが、安くするという一言にとりあえずスルーしておくこととする。


「魔道具ってのは、同じ製法でもちょっとした素材の状態の違いや加工のタイミングのズレで効果が変わっちまう……それこそ、オレの心くらい繊細なワケ」


ジト目で受け流す。


「商人に卸せるのは、大体の人に問題なく一定の効果を出せるような調整にできたもんだけだ。その裏には何倍もの失敗作がある。ただ、この失敗作にも幅があってな?動作自体しないものや暴発しかねないものも確かにある……が、大抵はそうじゃない。魔力の通し方にコツが必要だったり、使用者の魔力の質が魔道具の要求する魔力の質とぴったり一致したりといった特定の条件下じゃないと出力が安定しないってものが大半だ」


「ふーん」


無関心を装っておく。

興味を持ったと思われるのはなんか癪に障るので。


「眼の前で何個か魔道具を使ってもらえば、偶発品フォーチュアスクラフトとの相性はある程度はわかる。っつーわけで――これがオレの店の場所。暇じゃなくても毎日、いや毎時間通ってくれよな!まぁ、オレは二日に一編くらいしかいねーけど!」


メモ書きに細くしなやかな指でさらさらと店の所在地を示す通りの名前を2つ書くと、ペラペラと紙を仰ぎ乾かし手渡してくる。


「……気が向いたらな」


格安の魔道具……惹かれるが、行くのは1週間後くらいにする。

すぐ行って、興味津々だったと思われるのはなんか癪に障るので。


「へぇ」


アリムはこちらをジッと見つめると、口角を上げにっと笑う。


「なんだよ」


「べっつにー?ただ、先達として一つアドバイスだ」


「?」


「人に混じって生きる長命種に下手な嘘や誤魔化しは通じないことが多い。長年の勘ってやつだ。もしそういったことが必要なときは……自分自身を騙しきれるほどに"思い込む"くらいはやってのけるんだな」


"好奇心がバレバレだったぜ"

席を立ったアリムは一言呟くと、するりと酒場の外、通りの喧騒のなかへと消えていった。



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更新しばらく放置しておりました。

申し訳ございません……。

ぼちぼち再開していきます。


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