第49話 茶番

「しょうもない茶番劇が、だ。正直見る価値なんて欠片もないが……。今後似たような詐欺にあわないとも限らん。後のためにも、今回は見ておけ」


呆れ顔のベルグが指差した先。

ふらふらと歩み出てきた冒険者風の男が、妙に芝居がかった大声を出しながら聖国から来たという男たちの前へと跪く。


何と言っているのかは、こちらも古語が混じっていてうまく聞き取れない。

ただ、神への感謝へのようなものを並べているのは何となく分かる。


そして義手の片腕と傷だらけのもう一方の手で抱えた籠や背負った大鞄の中身を取り出すと、男たちの後ろにある豪奢な八角形の台に次々と載せていく。

山積みになっているのは、ひと目見てアーティファクトと分かる物品や貴重な魔物の素材の数々。


総額は一体どれ程になるのか。

確かにこの義手の男には、強者の風格がある。

顔も腕も、筋骨隆々な身体の至る所が古傷に覆われていた。


しかし、それにしても積まれた物品の総価値はのではないか。

そこらの一流冒険者が1年かけて稼ぐ額を優に越えているのは確かだろう。


そんな疑問をよそに何らかの儀式は続き、男は地に半ばひれ伏すように祈り始めた。


続いて聖国の男たちが祈りのようなことばを呟く。

朗々と響き渡る言葉の数々。

聞き取れない単語が多いが、それでも聞き取れた一部から女神と信者たちの傲慢さが垣間見えるような気がした。


山積みにされた荷が強い白光とドンッという地に響き渡る音と共に、一瞬にして消え去る。

そして、数秒の後に小指の先ほどの小さな一本の薬瓶が台の上に現れた。


「これこそが我らが女神の恩寵、慈悲の涙の結晶である万能薬エリクサーである。汝の魂を削った献身に対し流されたものだ。一時の××を許された歓びを噛み締めるが良い」


「ははぁ」


地にひれ伏した男に、薬瓶の中身…1滴の雫が垂らされる。

すると、男の義手が甲高い金属音を立てながら吹き飛んだ。

そして、義手の外れた肩口から瞬く間に


そのあまりに異様な光景に対し、遠巻きに見る大半の者たちの眼は座っている。


しかし一部の……恐らくは俺と同じ新人の冒険者が驚きに眼を見張るが、それに気がついた近くの店の店主が話しかけたしなめているのが見えた。


「汝はこの時を持って祝福された。よって腕と共に神の国に入る名誉もまた賜ったのだ。は開かれた。×××が良い」


「有難き幸せでございます」


招かれた冒険者風の男が台に乗る。

聖国の男たちが再び祈りに似たことばを唱えると、冒険者風の男は爆音と光だけを残して跡形もなく消え去った。


「この通り、我らが女神は信仰を捧げるものに。旧きを廃し、真なる理を奉じよ!」


聖国の男たちが騒ぐが、周囲の目は酷く冷たい。

突き刺さる視線に動じることなく尊大に振る舞う聖国の男たちの内心は一体どうなっているのだろうか。


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「はぁ。やぁーっと終わったか。」


あくびをしながら眠そうにベルグが言う。


「んで?お前にはどこからどこまでがペテンか分かったか?」


「え……っと。まず、あの冒険者っぽい人。少なくともアスガルティアの冒険者じゃない、はず。アスガルティアで売られている義手はダンジョン産の木材をベースに魔物の革や鱗を表面に施したもので占められていると言っていい。金属製をつけている時点で、ここで長期で稼いでる冒険者じゃないな」


「その心は?」


「アスガルティアに戦闘に耐え得るような金属製の義手を作る職人はいないだろ。そもそも義手や義足を作れる職人がここだとルメートさんと……そのお弟子さんくらいだ。ダンジョンの産出物が魔物素材を除くと植物性の素材に偏っていて金属資源は交易に頼っているのがこの都市の経済。んでもってそんな背景からダンジョン素材で賄えるものは余程の必要性がなければ置き換えていこうってのがギルドの方針。ルメートさんもダンジョン下層の木材をベースにした義手を専門にしてんだ。この都市で冒険者稼業を続けている人間なら、どっかのタイミングで木材ベースの義手に切り替わっているのが自然だろ?」


「理由が弱いな。ベテラン冒険者なら、行商人に頼んで使い慣れた金属義手を取り寄せてたかもしれねぇぜ?」


意地の悪い笑みを浮かべ、ベルグは言う。


「戦闘用の義手は高頻度のメンテナンスが必須なはず。義手そのものの油差しや掃除、歪みの調整なんかはある程度は自分でやれるとしても、接続部の調整はセルフじゃ無理だろ。めっちゃ痛くて手が震えるからまともにできないって聞いたぞ」


これは倉庫の物品整理のときにデュダから聞いた話だ。

倉庫には在庫として中古の戦闘用義手・義足の山があった。

文明レベル的には前世よりも低いこの世界で、随分と精巧かつ高性能な義手があったことに驚き、仕様などを聞いた中で話題に上った覚えがある。


「その通り、だ。しかし珍しいな、そこまで知ってたのか。俺はたまたま昔のパーティーメンバーに使っていたやつがいたから知っていたが、普通はそこまで知っているやつ滅多にいねぇもんだが……。まぁ、いい。深くは聞かん。それで?他に気がついたことは?」


「あとは、あの物品の山を自分で用意したってのも嘘だろ。滅多に市場に出回らないっていうアーティファクトが何個か混じってたけど、全部この1月くらいの間に市場に出て売れたものだった」


「正解だな。無駄に毎日のようにビフロス通りをほっつき歩いているだけある。ここまで分かれば、当然奴らが何をやっていたかは推測できるよな」


「んー……。まず、アスガルティアには物資の購入に来たっていうのが主な理由だろ。その上であの茶番をやってみせたのは勿論勧誘の意図もあるだろうけど……」


切羽詰まっていたり学がなかったりといった人間であれば、あのくだらない三文芝居でも引っかかって、勧誘に乗ることもありうる。

ただ、集められたアーティファクトの品目から狙いはそれだけではない気がしていた。


「けど?なんだ、言ってみろ」


「知っている範囲では、転送されたアーティファクトの殆どが病気や怪我の治癒に関連するものだった。例外は……幻覚を見せるものもあったか。そこに違和感を感じて」


「ほう?」


「ここのダンジョンはたしかに治癒に関するアーティファクトの比率が高い。だけど、比率で言えばせいぜいが3割から5割のはず。有用なアーティファクトは他にもいくらでも出土している中、ここまで偏っているってことは当然意味があるはずだ」


「面白い。続けろ」


「今回の購入料はかなりの額に上ったはずだから、個人とか軍だとしても隊の規模での購入じゃない。十中八九、国かその直下の大組織の指示での購入のはず。となれば、戦争の準備……と普通なら考える。ただ、今の聖国はいかに強国といえど周辺諸国すべてを相手取って戦うには。買われたアーティファクトの中には年月で劣化し易いものも混じっていたから戦争準備じゃないな」


「ふむ」


「恐らくは神の奇跡の演出のため、かな。今回使われた万能薬エリクサーはとてつもない貴重品だから、滅多なことでは使えない。多分、今回使われた冒険者風の男も聖国の重役かなんかだろうな」


「……」


「補完の女神はが主たる権能と言われている。だからこそ、布教の手段としては専ら常識の範囲を超えた治癒が用いられると聞いたことがある。失われた腕を一瞬でまるごと生やすなんて高位のアーティファクトですらできない芸当だけど……、もっと軽いものなら、複数の治癒系アーティファクトを組み合わせて改造すればできると思う。つまり、大衆向けの軌跡の演出のために必要な小道具の調達が真の目的。ただ、それを知られるわけにはいかないから布教のための演出というダミーを入れている……んだと思う」


「随分と空想が豊かなようで」


また意地の悪い笑みを浮かべ、ベルグは言う。

この笑みは……正直嫌いだ。


「おっちゃ……師匠が推測してみろっていったんだろ。できる限り考えたんだ、何が悪い」


「ふん。悪いとは言ってないだろ?むしろ感心しているんだぜ?……ギルド長も大体似たような推測をしていたしな」


「ギルド長が?」


「聖国から遠く離れたこの田舎迷宮街に毎年あんな茶番をしに来てるんだ、当然生半可じゃない意図があるに決まっている。流石に政治問題になりかねないから表では言わないが……会合ではそういった推測があるって話はしていたぜ。まぁ、ギルド長曰く、布教も攻めあぐねているだけで本気でやっているらしいがな。……聖国の奴ら、裏で個別に勧誘をかけて回ったりもしているらしいぜ?恐らくは、長期的にはこの都市そのものを乗っ取る算段だろうって話だ。あのざまじゃ俺にはそんな日が来るなんて思えねぇけどな」


ベルグは"ふっ"と鼻で笑うと、話を止め通りを進んでいった。


「だと、いいけど……」


得体のしれない不安が首をもたげるが、その理由がわからない。

今の話に、不安になるような内容はなかったはずだ。


いざ目の前に現れた聖国の人間に、過剰反応しすぎたのだろう。


気の所為だ、考えすぎだと両手で頬を叩きベルグの後を追いかけた。




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治癒系アーティファクトも回復薬も即腕を生やす程の効果は無いです。

傷を塞ぎ、血を補うだとか、切れた腕をくっつけるといったことはできますが、効果が大きくなるほど値が張るかデメリットがあります。


今回ベルグがカイセに使った回復薬は、オーソドックスな"使用者の魔力を消費する"もの。

一般家庭では保存性の高さからよく使われているようですが、傷を負ってピンチなときに魔力まで奪われるデメリットからダンジョン都市ではあまり人気がないので安かったりします。

ベルグが事前に魔力を込めたのでカイセ自身にはデメリットはありませんでした。

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