第48話 聖国の使者

ダンジョンの帰り。

『鍛えてやるんだから、俺のことは師匠と呼べよ!』とのたまうベルグに辟易しながら商店の並ぶビフロス通りに向かっていると、通りからけたたましい声が響いていた。


「真なる信仰のために!」


白いローブのような服を纏った男数人が、広場で何かをしているらしい。

その周囲を、道行く商人や冒険者たちは迷惑そうにしながら遠巻きにしていた。


「あれ何?」


見るからにギルド関係者ではない。

話している内容はこの世界における古語が混じっているようで、異世界言語ビギナーな俺にはイマイチ話の要領がつかめない。

何者なのかわからずにいたので隣を歩くベルグに尋ねる。


「ん?あぁ、聖国の連中か。半年ごとくらいにくるんだよな。冒険者ギルドを排除した国のくせに、よくもまぁ……身体は人ながら、顔だけ巨竜の面の皮が随分と厚いようだな」


聖国。

正式名称はララド・セレニアなんちゃらかんちゃら……教国。

権威付けなのか何なのか、やけに長ったらしい名前だったので正直覚えていない。

長くて有名なイギリスの正式名称:グレートブリテン及び北アイルランド連合王国《United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland.》より長いのだから、覚えていないのも仕方ないだろう。


そもそも聖国で通じるし。


補完の女神クソッタレを祀る大陸東の大国。

砦の皆が争っていた相手であり、補完の女神クソッタレを祀っている以上俺の敵でもある。


だからこそ、アスガルティアに来て以来、その実態については入念に調べていた。


まず、産業について。

他の地域に比べ発生・生息する魔物が格段に少ないことから、この大陸では唯一農業を主産業としている。

"農業国"と聞くと前世のイメージから貧しいイメージがあるが、この世界では魔物の被害から"農業"という概念が殆どない地域も多い。


主な食料が魔物肉と比較して僅かな採取品に限られる中、品種改良と栽培法によって人の口に合うように整えられた農作物やその加工品は上等な嗜好品扱いである。


資源量に縛られず、いくらでも再生産可能な輸出品を持つことから金銭的にも恵まれ、各地に大きな商都が存在する商業国家でもあるわけだ。


当然、昔から税収は良く「王族や貴族が腐敗しきっていても国が問題なく回る程だ」というのは、ギルドの本にあった記載だ。

10年近く前。まだ聖国が"王国"と呼ばれていた頃の評だが、産業がそんな短期間で大きく変わっているなんてことはないだろう。


政治については王と教団の重役・一部上位貴族によって主だったことを決めているとされているが、実態は不明。

大陸の西の果てのアスガルティアでは東の果ての聖国の正確な情報が入りにくいから……というわけではない。

極めて少人数かつ排他的な密室で政治が完結しているため、その内情は窺い知ることできないということらしい。


そして何より。

聖国において、最も特異的とも言えるのが宗教だ。

前世と違い、近代まで神が人に近い場所で力を振るっていたのがこの世界だ。


詰まる所「神」や「信仰」と呼ばれるもののあり方もまた前世とは全く異なる。

まず「神」は一切の異論がない形で実在が確信されている。

その内どの「神」を拠り所にするのか?というのがこの世界の一般的な「宗教」であり、「信仰」のベースである。


信じる神は違えど、そして、神同士の関係性などから対立はあれど。

前世における多神教の価値観のような形で、信仰していない神の存在を否定することはない。


そのような中、聖国での宗教のあり方は異質である。

異端……と言ってもいい。


「補完の女神」を除くすべての「神」と名乗る存在は最早「神」ではない。

かつて「力を持ってたもの」が劣化し、摩耗し、衰えた不用品。

消え去るべき「古き者」としている。


「補完の女神」こそが最新にして最終。

現存する唯一の神であり、女神である。


そんな思想をそのまま名に落とし込んだ「女神教」を国教とし、その他の信仰を徹底的に排除している。


何故そのような横暴が許されているのかといえば、実態が近からずも遠からずという状態にあるからだ。


パニュラに曰く。

この世界の「神」の大半は概念流入による大混乱を収めるためダンジョンを各地に創り出すのと引き換えに、現世に干渉する力を失ったという。

パニュラを含む極々一部の例外も存在こそ保ったものの力の大半を失い、そこに追い打ちをかけるように「女神教」による工作を受け、風前の灯である。


当然、信仰に対する加護見返りは殆どなく。


対して、並外れた力や技術を持ち、魔物に覆われた世界を切り拓いていく「勇者」を別世界から召喚するという奇跡を起こし続けている「女神教」。


数多の対立を起こしながらも、聖国を総本山として「女神教」はじわじわと周辺諸国へと広まっているのが実情のようだ。


長い回想となってしまったが、つまり聖国とはそのような国である。


では、白いローブのような服を纏った男たちは何をしにこんな遠くまで?

というのは当然の疑問だろう。


「それ、始まるようだぞ」


遠巻きにしていた群衆の中から、ふらふらと歩み出てきた冒険者風の男を見て、ベルグはつまらなそうに言う。


「始まるって、何が?」


「しょうもない茶番劇が、だ。」

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