第47話 洞察

「もう……動けねぇって」


ダンジョンと地上を繋ぐ門。

その門を地上側へとくぐり抜けたところで疲労は限界を超え、床へと倒れ伏す。


――火照った体に冷たい床が気持ちいいなぁ……。


アルネブ戦後。

妙に張り切ったベルグに連れ回され、片っ端から魔物と戦わされた。

それこそ体力の続く限り延々とだ。


マーガレットかカモミールか。

白い花びらに真ん中が黄色の花が片側の眼孔にみっちりと詰まっているゴブリン。


頭部が垂れ下がる地衣類に覆われ、中から鋭い歯が並ぶ大口だけが覗く狼の魔物。

色とりどりの小さな花が全身を覆うスケルトンもどき。


植物と合わさっているのはこのダンジョンに出る魔物のほぼ全てに共通する特徴らしい。


花々に彩られた美しい造形ということもできるだろうが……個人的には寄生されているように見えて不気味で仕方がない。


どれもアルネブと比べると格段に弱かったが、数が多いが故に戦いはキツイなんてもんじゃなかった。

何度も不意を突かれたり、魔力切れでふらついたりしてボコされて死にかけたところをベルグに助けられた。


助けられたと言っても、回復薬を飲まされた後すぐにまた魔物の群れに放り込まれるわけだが。


まぁ、その甲斐もあって対集団の戦闘のコツは多少掴めたと思う。


重要なのは立ち位置と、魔法による分断。


要するに、どうすれば1対多数の状況から1対1の連戦の形に状況を変えられるかという話だ。


一朝一夕で身につけられる技術では無いが、初歩的な部分だけで学べたのは大きい。


「おうおう、すっかり伸びちまって」


ダンジョンでの戦利品を売りに行っていたベルグが戻ってきた。

その間しばらく休めたとはいえ、上から覗き込むベルグのニヤけ顔に文句を言う気力はない。


「キツかったろ?初めての2層は」


差し出された手を取って何とか起き上がる。


「キツかったのは2層がどうこうってより、ほぼおっちゃんのせいだろ!こちとら素人だってのに、無茶させやがって……」


「ククッ、そりゃそうだ。いいか?お前みたいなド素人と並レベルの冒険者の何が一番違うかと言えば、知識でも経験でも対応力でもねぇ。


「それなら限界まで戦わされ続けた俺は、もう並レベルってことだな……」


「馬鹿言え。お前が知ったのはあくまで戦闘で動けなくなる限界。それも補助が入った上のソレだけだ。冒険者をやってくのにその程度で足りるワケがないだろ。帰路の長さ、予測される異常事態イレギュラー、運んでいる戦利品の量。体力や気力に魔力の残量。すべてを考慮した上で無事に帰れるラインを見極めなきゃならん。これができれば極論、余程の異常事態にでも遭わない限り。まぁ、どれだけ経験を積んでもその見極めが完璧にできるようにはならないし、異常事態が日常茶飯事だからこそ……ベテランでも死人が相次ぐわけだがな」


「……」


冒険者稼業をしてきた中で、そういったには事欠かなかったのだろう。

ベルグの表情は苦虫を噛み潰したような険しいものだった。


「そういや、あの剣術と属性魔法はどこで学んだ?」


「え。えーっと」


ベルグが何となしに聞いてくるが、答えに窮する。

アネッサたちのことは……やっていたことやその背景から下手に口に出して良いことではないはずだ。


「あぁ、別に答えにくきゃ答えなくていい。訳ありなのは見るやつが見りゃ分かるからな。戦いの技術があまりに歪に過ぎる。」


「?」


「ろくに剣を振ってきちゃいないのは、筋肉の付き方と応用の効かなさでよく分かる。精々が始めて一年といったところか?元々筋肉はそれなりにあったようだが、それが使っている剣術の型に全く持って馴染み切っていねぇ。その癖、型通りの……基礎中の基礎の動きに限っては騎士団連中ばりの一級品ときた。型の見本を見せ、短期間でそのレベルに仕上げたヤツは、それこそ国レベルの騎士団あたりに指南役として呼ばれるようなレベルでもおかしくないな」


「――」


キーカンがあの砦に来る前、どんな人生を送っていたかは知らない。

ただ、アネッサが王宮勤めだったことを考えると……有り得る話だ。


とてもそうは見えなかったし、確認するすべも今となってはないのだけれど。


「魔術も同様だが。こっちは最早、歪を超えて異常。コントロールは魔術を覚えたばかりのド素人同然。魔力量も――詳しくは分からんが、継戦時間からして魔術師としては並前後だろう。属性適正もまともなのは火と風くらいか?威力自体はこの稼業のなかでは、その辺に掃いて捨てるほどいるレベルと言っていい。それなのに魔力の練り方に限り、速度、効率共に一級品どころかこれまで見た大抵の魔術師よりもずっと上だ」


ベルグは半眼で値踏みするかのようにコチラをじっと見ながら言う。


「ちょっと見ただけで、そんなことまで分かるのかよ」


「引退済みとは言え、元々冒険者としてに鳴らしてきたからな。パーティメンバーとして、色んな奴を見てきた経験ってやつだ。ここまで絞れば、お前の背景として考えられるもんは数える程度。当然、他の冒険者も分かるやつが見ればここまでは分かる。そしてここからが重要だが……その背景として想像できるいくつかの中に、上級貴族様の武者修行なんてものもあるわけだ」


「はぁ?!」


「まず一般市民じゃ、剣の指南役を見つける時点で苦労する。金銭と機会、その両方でだ。その両方が揃ったとしても、渡りがつけられるのは基本的に引退した冒険者か傭兵上がり。大抵が我流で振ってきた剣だからな。もっと泥臭くて無秩序なものになる。一方、お前の剣術は誰がどう見ても、余程の金持ちかそれなりの貴族でもなきゃ学べない騎士のそれだ。基礎だけだが、なまじその基礎がしっかりしている分ベテランじゃなくても気づく。ただ見様見真似で模倣したと思われることもない。そして、その事に気づいたタチの悪い奴は思うわけだ。死にかけの龍が財宝担いでやってきた鴨が葱を背負って来たぞと」


「……」


「ダンジョンに一人で潜り続けろなんてことは言わん。だが、せめて剣術が身体に馴染むまではパーティは組まないほうがいいだろう。稼ぎは少なくなるだろうが……面倒事に巻き込まれるよりはマシだろ?」


「それは、そうだけど」


一人で潜るということは、1層との階段近辺しか探索できないということでもある。

当然、人の出入りが多い分目的であるアーティファクトが発見できる確率はぐっと下がるわけで……。


「何、興が乗ったからな。たまにこうやって鍛えてやろう。冒険者流の剣術も多少の手ほどきくらいはしてやる。今じゃ悪目立ちする剣の型も、混ざればそれなりの偽装になる。パーティが組めるようになるのもそう遠い先ではないだろうさ」


「具体的には?」


「人を鍛え慣れているわけじゃねぇから知らん。まぁ2、3年もありゃいけんだろ」


気の長い話に思える。

だが、ベルグが言った問題点は対策しなければこの先ずっとつきまとってくるものでだろう。

それに、自分が力不足だということは嫌というほど実感したところだ。

鍛えてくれるというのは素直にありがたい。


ベルグの提案を受けることにした。

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