最終話 乙姫様を救え!

 お弁当を食べ終え亀岡さんとボクとおじさんで掃除をしてる。

 ……乙姫様はニコニコ見てるだけ。


「そろそろあたし竜宮城に帰るわねえ」

「乙姫、帰んのか?」

「ええ。後で来てくれて良いのよぉ」


 乙姫様は投げキッスをして扉の向こうに消えていった。


 直後――


「キャァッ!」


 乙姫様の甲高い悲鳴が上がった。


「乙姫様?」

「キィヤァッ!」


 乙姫様の金切り声がまた響く。


「乙姫様に何かあったんだ!」

「分かーってるよ」


 おじさんはTシャツGパンを着る。

 もうっ、だから服を早く着てれば。


 亀岡さんは「あわわっ、乙姫様」と慌てふためいてる。


 早く助けに行かなくちゃ!


「行くぞ」


 おじさんにしてはキッと真剣な表情で不思議な扉を開けボク達もおじさんの後に続く。


 ――扉に一歩足を踏み入れるとそこには夢のような世界が待っていた。


 目の前一面に白い雲が広がり雲と雲を結ぶように虹の橋がかかってる。

 遠くにドーム状になってる水に覆われた荘厳な朱塗りの大きなお城がそびえ立っていた。

 あれが竜宮城?


 足の下は雲の床で柔らかい感触なのにわりと地上みたいに走れる。


 ボクは走リ出したおじさんを必死で追いかけ亀岡さんはハアハア言いながらずっと後ろを走る。


「あっ!」


 ゆうに3メートルはありそうな大男がいたっ。

 並んだ大木の形の雲の合間から見え隠れした。


 大男が乙姫様を掴んでるっ!


「乙姫!」


 普段からは想像つかない大声を張り上げ懸命なおじさんをボクは頼もしく感じた。

 ボク達と大男との距離が縮まる。


「乙姫を返せっ!」

「助けてぇ、咲太郎ちゃん」


 抱えられた乙姫様がバタバタと暴れる。

 大男は歩みを止めのっそりボク達の方に振り向く。


 大男の顔を見てボクはプッと吹き出した。


「アイツの顔!」

「こらっ、ジョウくん。いくら敵とはいえ笑っちゃ失礼だろ。ブフッ」


 おじさんも大笑い。

 一度ツボに入った笑いは止まらない。


「おじさんだって笑ってんじゃん」

「だってアイツの顔、フグ!」


 そう大男の顔はフグなんだ。

 おかしくて仕方なくて二人で笑ってると大男が怒り出した。


「ふがぁ!」


 憤慨した大男の強烈な雄叫びで空気が揺れる。

 大男が両手を上げ怒鳴り散らし抱えていた乙姫様が落っこちた。


「きゃあっ!」

「乙姫!」


 おじさんがダッシュで走りヘッドスライディングしながら両手を広げた。


「グゥェッ」


 乙姫様は間一髪おじさんの背中に落っこち助かった。


「ありがと、咲太郎ちゃん。あたしのクッションになってくれたのね」


 乙姫様はおじさんの背中にスリスリしている。


「おじさん、乙姫様。早く逃げようっ」


 大男は乙姫様をまた掴もうと太い腕を伸ばして来た。


 おじさんは慌てて乙姫様をお姫様抱っこして駆け出しボクも走る。


 後ろから噴火した山みたいに怒るフグ顔の大男がドスンドスンと足を踏み鳴らし追って来る。


 逃げろや逃げろそれ急げ!

 ボクたちは必死で走り、途中で息を切らした亀岡さんと合流した。


「お、乙姫様、ご無事で何より」


 亀岡さんは「もうだめ」と言って座り込んでしまった。


「亀岡ちゃん、逃げるわよぉ」

「急げっ! みんな扉まで走るぞ」

「また、ですかあ。ワタシ走るのは……ハァ、亀だし苦手なんですぅ」


 落胆した様子の亀岡さんは「もう走りたくない」なんて言ってる。


 けどそんなことは言ってられないよ。


「急いで!」


 ボクはすごい汗をかいて辛そうな亀岡さんの両手を引っ張り上げる。


「ふんがぁ!」


 怪獣みたいな声がする。


「ヤツの咆哮ほうこうがするぞ! 亀岡死ぬ気で走れっ」


 フグ顔男はドシンドシン雲の床をこっちに向かって来る。


「きっ、来た!」

「ぎゃーっ!」


 一目散に逃げるボク達。

 亀岡さんは足がもつれ派手に後ろに転んでいった。


「亀岡さん!」

「亀岡ちゃん!」


 ボクと乙姫様の悲痛な叫び声が響いた。

 仰向けになった亀岡さんは人間の姿から亀になって甲羅で雲の地面をスイ〜ッと滑っていく。

 背負ってた変なリュックは甲羅だった。

 

「亀岡!」


 亀岡さんが危ないっ。

 大男に踏まれちゃう。

 おじさんは乙姫様を降ろし力強く雲の地面を蹴り上げ助けに行く。


「咲太郎ちゃん、頑張ってえ」


 乙姫様が体をくねくねさせ応援する。

 おじさんは毅然とフグ男と亀岡さんの間に立つ。


「ふんがぁっ!」


 フグ男は巨大な両手でおじさんと亀岡さんを掴みにかかる。

 その時おじさんがGパンのベルトを腰から引っ張り出すとびよんと伸びて長いむちに変わった。

 ビシュッ!

 空気を裂くようなむちの音をさせ、フグ男の攻撃をかわしおじさんはむちを振り回す。

 ついにはフグ男の両足にむちを絡めてぐるぐる巻きに締め上げた。


 ドッタァンッ……。


 自由を奪われたフグ男の巨体がとうとう雲の地面に仰向けに倒れた。


 轟音と土埃つちぼこりならぬ雲埃くもぼこりが辺りに煙となって立ちこめた。


 パチンッ!


 プンプン怒り顔の乙姫様が指を鳴らす。


 槍を持った衛兵がわんさかお城からやって来てその先頭に矛を持った三人の女の人もいる。


「「「お怪我はありませんか? 乙姫様!」」」


「もぉう、鯛三姉妹もヒラメン隊長も遅いわよお」


 イケメンの兵隊が鯛三姉妹の横に来た途端ヒラメになった。


「いや、すいません。人型になるって疲れるんですよね」

「まったく隊長のくせにだらしないわあ。咲太郎ちゃんがフグ男をやっつけたから始末して」

「乙姫様、始末って?」


 いくら乙姫様をさらったからって始末されちゃうの?


「おじさんっ」


 流石に始末は可哀想。

 すがるように見上げるとおじさんはニカッと笑う。


「大丈夫だ」


 お城の衛兵達が一斉に黒塗りの箱を出してフグ男に向け開けた。


 もくもく。


 たちまち白い煙が上がりフグ男を包むとよぼよぼおじいさんになった。


「わわっ」


 フグ男はたくさんの衛兵達に持ち上げられ城の方へ運ばれて行く。


「さあ、帰るか。ジョウくん」

「えっ? 帰るの?」

「咲太郎ちゃん、お城に寄って行ってえ」

「また来るよ」


 おじさんは珍しくキリッと爽やかに笑った。


「仕事がある。それに疲れた」

「もう帰るの? ボクは竜宮城に行ってみたかったな」


 おじさんはボクの頭にぽんと手を置いた。


「また来りゃいいさ」


      ◇◆


 ボクとおじさんは、おじさんの部屋に戻って来た。


 小綺麗になった部屋の畳の上で二人でゴロンっと横になる。


「はあ、疲れた。アイスでも食いてえな。後で買いに行くか、ジョウくん」

「うん」


 ボクは興奮してた。

 さっきまでの大冒険を思い出す。


 おじさん家の不思議な扉。

 乙姫様に亀岡さんに竜宮城。フグ顔の大男……ヒラメン、鯛三姉妹……。


 そのうちボクの目も頭もトロンとしてきた。


「竜宮城はなあ雲の上だけじゃないんだぞ」

「……うん」


 おじさんは「えいやっ」と立ち、ちゃぶ台にパソコンを持って来てあぐらをかいて座った。


 おじさんは夢あふれる絵本を書く仕事をしてる。

 もしかして今までおじさんの書いてきたお話って全部本物の冒険を物語にして書いてるんじゃ?


 ボクはパソコンをカタカタ打つおじさんの背中を見てた。


 そうしてボクはまどろみの中に沈んでいく……。


 ボクは夢を見た。


 ボクはおじさんとあの不思議な扉から冒険に出掛け火を吹くチビドラゴンと友達になり空飛ぶ海賊船に乗る。


 隣りにはボクの大好きなおじさん。


 いつもはだらしないけど時々格好良い。


             了


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乙姫様を救え! ジョウくんとだらしないおじさんの夏休みの大冒険!! 天雪桃那花 @MOMOMOCHIHARE

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