繰り返す春の日

 果たして次の日、少女は大蛇の元へとやって来た。

 俯く彼女の手に籠はなかった。

「お帰り。もう来てくれたんだな、あと何日かは来られないかと思っていたが」

 蛇がそう話しかけると、彼女はぱっと顔を上げた。真っ赤になった目が全てを物語る。その目にはみるみるうちに涙が溢れる。

 少女は駆け出し、蛇に飛びついた。泣きじゃくる彼女に、蛇は頭を擦り寄せた。

「昨日、お母さんが」

「言わなくていい。辛かったな」

 ざわざわと葉を鳴らし、泉の水面を波立たせる風。零れ落ちては弾ける水晶の雫。

 少女の帰りを待つ人はいない。夕方になるまで彼女はそこにいた。蛇に宥められながら悲しみに浸り、白磁の頬に煌めく筋を作った。

「綺麗な子だ。好きなだけ泣くといい、可愛い子」

 蛇は少女を囲んで、自らの尾をんだ。


「……ありがとう。お家のお片付けしなきゃ……今日はもう帰る」

「ああ。また、俺のところへおいで」

「うん。さよなら」

「気を付けてな」

 日の沈みかけた道を少女は戻っていった。蛇は笑って見送った。


 ◇


 何があろうと、日は昇る。

 その日も少女はやって来た。泣きながらやって来た。

、お母さんが死んじゃったの」

「そうか。辛かったな」

 蛇は笑って慰めた。



 ――清らかな乙女の涙ほど、素晴らしいものはない。

 お前は本当に綺麗な子だ。煌めくお前の涙はぎょくのようだ。俺はたまらなく、その輝きが好きだ。ああ、何と美しいことだろう、この幼気いたいけな顔を仄暗い青白さで染める悲嘆と絶望の色!

 泣け。好きなだけ泣け。そしてその可愛らしい顔を、尊き涙を俺に見せてくれ。

 ああ、そうだ。お前が毎日摘んでいったのは毒草だと告げたら、もっと綺麗なものを見られるかもしれないな。



 春の日は繰り返す。

 いつしか、始まりも終わりもなくなった。少女はただ永遠に、涙の中に。尾を喰む蛇の円に抱かれて。

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ウロボロスの檻 戦ノ白夜 @Ikusano-Byakuya

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