神様とやらの思惑

結騎 了

#365日ショートショート 227

 喪服姿のふたりは、立ち昇る煙を見送った。やけに晴れた青空とは対照的に、それぞれの表情は曇っている。

「逝っちまったな、黄島のやつ」

「ああ、まさか彼が命を落とすなんて」

 秘密組織サンボルカノンのメンバーである、赤石と青村。彼らは日々、世界征服を企む溶岩帝国の怪人らと死闘を繰り広げていた。赤石、青村、黄島、三人そろってサンボルカノン。

 しかし先日、基地の裏路地で黄島が何者かに重傷を負わされていたのが発見されたのである。

「俺が駆けつけた時には、もう虫の息だったよ」

 火葬場の砂利の上を歩くと、革靴の下から小気味良い音が鳴った。赤石はあの惨劇を振り返っていた。

「あいつ、俺の手を握って言ったんだ。お前はお前のまま戦え、と。そう言い残して命を落とした。いくら肩を揺さぶっても、あいつが目を開けることはなかったよ」

「しかし、赤石。その……」。青村は小さくなる赤石の背中を追いかけた。「お前も気づいてるだろう。状況的に、黄島はスパイの正体に気付いたんだ。だから口封じのために殺された。そうだろう」

「おっ、分かってるじゃねぇか。それが俺も気になっているんだ」

 振り返り、赤石は青村の目を真っ直ぐに見据えた。

「最近の俺たちの作戦行動は、あまりに溶岩帝国の奴らに筒抜けだ。スパイがいるのは確実。それも、我々の味方の誰かに成りすましている。長官か、副長官か。記者のミチ子かもしれないし、オペレーターの貞男かもしれない」

 頷き、青村が続ける。

「そうだ。もはや誰もが疑わしい。黄島もそれを分かっていたからこそ、独自にスパイの調査をしていた。このタイミングで、それも基地の裏手で殺されたんだ。犯人はスパイに間違いない」

「しかしよぉ、青村」。黒いネクタイを緩めジャケットを脱いだ赤石は、また煙を見つめながら呟いた。「それなら、どうしてあいつはスパイの正体を俺に教えなかったんだろうな」

「えっ」

「だってよ、あいつの死に際の言葉。『お前はお前のまま戦え』、だぞ。それだけの文字を言える体力があったのなら、スパイの正体なんて言えただろ。『スパイは長官だ』『スパイは貞男だ』。ほら、こっちの方が短い。どうしてあいつは、最後にそれらしいけど中身のない台詞を言ったんだろうな」

 思わず、青村は鼻で笑った。

「前に黄島と冗談で話したよな。もし俺たちの戦いが、現実のものではなく、創作の出来事…… 例えばドラマだったとして。すると、俺たちの言動はどこぞの脚本家が書いたものかもしれない。その神様は、黄島の最期をどう演出したかったんだろうな」

 そんな与太話もあったな、と赤石も微笑んだ。

「その神様とやらは、視聴者を馬鹿にしているのかもしれないな。真実を知って口封じのために殺されたが、視聴者には物語の展開上、まだ真実を明かさない。だから、それらしい台詞だけを残して散っていく」

「黄島の死でお話を盛り上げるって訳か」

「とはいえ、だ」。ネクタイをしゅるりと抜き取りながら、赤石は続けた。「もしかしたら黄島はこう伝えたかったのかもしれない。ここでスパイの正体を教えても、何の準備もしていないお前たちはただ危機に陥るだけだ、と。むしろ教えないことが彼のヒントで、俺とお前、赤石と青村のふたりでスパイの正体に辿り着けるはずだと」

「そのための手がかりを俺たちはすでにどこかに持っている?」

「……かも、しれないな」

 ふたりは車に乗り込み、赤石がハンドルを握った。エンジン音は男たちの戦意を高揚させる。

「やってやろうじゃないか。神様の脚本が陳腐なのか、それとも黄島の最期のメッセージなのか。それを判断するのは俺たちの仕事だ」

 シフトレバーが下がり、がくんと車は進み始めた。マフラーが吐く煙は地を這っていた。

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