カピカピ

 私・ミーは、夜は20時までにごはんを食べ終わることを自分に課している。基本的に三日坊主のミーだが、このルールは10か月近く実行されている。もちろん、同居人のプーとペーにも伝えてある。2人が覚えているかは定かではないが、なんとなく食事は20時までに終わるような生活をしている。また、ミーは早食いを治すために食事に30分はかけるよう心掛けている。こちらはまだ、伝えていないシークレットミッションである。

 その日は仕事終わりに所要があり、帰宅が19時半になってしまった。20時ルールを守るためのデッドラインである。

「ただいまー」

 玄関をあけると、まだ仕事着姿の同居人・プーがいた。予想外の登場にビビるミー。そんなミーに気を留めることもなく、プーもまた今帰ってきたばかりだと疲れた声音でいう。

 家の中には、先に帰宅した同居人・ペーが作ってくれたであろう晩御飯のいい匂いが広がっていた。照り焼きっぽい匂いに食欲がグググっと湧き上がる。ミーとプーの帰宅を待ちわびて、ペーは先に入浴中。プーは忙しいそうに洗濯物と戦っている。これは、ミーが食事のセッティングをするのだなと悟り、いそいそとキッチンへ向かう。

 だがしかし、キッチンにいっても、照り焼きっぽいものはなかった。あるのは、最強にトロミのついた照り焼きの匂いがするあん…の、ようなものがはいった鍋。トロミがつきすぎて、混ぜるのに使ったのであろう箸が突き刺さった状態でおかれている。

 基本的にペーの料理は創作のため、「今日は〇〇ごはん」と称するのが難しい。が、いつも美味しい。他におかずらしいものはみあたらないため、今日のごはんは「てりやき風味丼」なのだと思い、3人分のどんぶりを用意し、ごはんをよそったところでペーがお風呂からあがりキッチンにやってきた。どうやら今日はペーも仕事が終わるのが遅くなったらしく、ごはんも急いで作ってくれたらしい。有難い。

 感謝の意を表し、どんぶりにあんをかけていいかと聞くと衝撃の事実。

「それ、あんじゃない。汁」

「…えっ?」

「なんていうんだっけ~?ほら、モチのはいった汁」

「…雑煮?」

「あぁ、それ!汁にモチいれたら、めっちゃドロドロになっちゃった」

「えっ!」

 ガスコンロの火を止めた。どおりでトロミが強いと思った。温めるとどんどん粘りがでるのにも納得。そして、ごはんをよそってしまったが、料理人が汁というものをぶっかけて丼ものにするなど失礼だと反射的に思う。

「じゃあ、お椀によそうね」

 どんぶりによそったごはんはそのままに、お椀を用意し雑煮をいれようとした時、ペーより衝撃の事実パート2が発表される。

「あ、今プーお風呂はいったよ」

「えっ?!いまぁッ!?」

「今」

 ハハハッとペーが笑う。

 笑えない、とミーは思う。とにもかくにも、ミーはお腹がすいていた。時間帯的にお風呂よりご飯の一択だったミーにプーの行動は理解できなかった。また、ミーは今日、8時間以上お茶しか飲んでいなくてお腹がペコペコなうえに、20時までにごはんを食べ終わりたいがプーの入浴は早くて20分なことを考えるともう待ってはいられない状態であった。しかし、ミーの家では、ごはんは家族みんなそろわないと食べてはいけないルールがあった。そのルールを破ることは、家族と離れて暮らしていても、大人になった今でも、罪悪感がある。大事なことだから2回言う、罪悪感はある。でも、今日のミーは欲に勝てなかった。

「ごめんだけど、ミーは先に食べるよ?!」

 雑煮、ごはん、納豆、キムチ、モズク、たくわん、ポークミートに卵焼き…。

 欲にまかせて食べるごはんは、とっても美味しかった。一口食べては「美味しい!」というミーを、ペーはニコニコと見守っていた。

 30分かけて食べるシークレットミッションは達成できなかったけど、20時までには食べ終えることができてミーはとても満足であった。食べ終えてようやく愛猫・ミャーに構う余裕ができて、噛みつかれるまで猫かわいがる。

 幸せだ。

 1日の終わりに、こんなに満たされる気持ちになれるなんて、本当に幸せだなと思い、かみしめた。今日は仕事でちょっと嫌な気持ちになったけど、1日の終わりがこれならイイ!…と思った。

 ミーが満足感にひたっていると、プーがお風呂から上がってきた。そして、キッチンにあるご飯のよそられたどんぶりをみていった。


「どうして、ごはんがカピカピなの?」


 ミーは、何も言えなかった。

 ペーは、何も言わなかった。

 プーは、また、言った。


「どうして、ごはんが、カピカピなの?」



 

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徒然なる日常 @torineko6

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