束縛男

少しお出かけでもしようかなと思い玄関に向かうと、彼女に呼び止められた。


「あぁちょっと!どこいくつもりですか?」


「んな血相かえて来なくても…。ぶらつこうと思っただけだよ」


「外出る時は私も一緒にって何回も言ってますよね?」


へいへーい、と適当な返事をすると、彼女はパタパタと外出の準備をする。たまには1人で…なんて思ってこっそり動いていたけど、僕の図体じゃ無理があるか。


彼女とは勤め先で出会った。新入社員として入社した彼女の教育を僕が担当することになったのだが、僕のこの溢れ出るイケメンオーラに彼女も陶酔してしまったようで。猛アタックをされたのが馴れ初めだ。


僕も彼女に好意を向けられ満更でも無かったし、それなりに順風満帆だったとは思うけど…この関係を恋人関係と呼んでいいのかは怪しいところである。僕も彼女も告白をしたわけではない。ただ…色々、本当に色々あって、僕は彼女と同棲生活をしている。


少しだけおめかしをした彼女がやってきて、それじゃ行きましょうか、と家を出る。彼女は僕の後ろにぴったりとついてきた。


「で、どこに行きたいんです?」


「言ったでしょ?適当にぶらつくって。君の好きにしてくれ」


「他人事すぎます。自分が外出たがってたクセに」


僕が軽口を言うと、彼女はこちんと僕の後頭部を叩いてきた。頭を押さえつつ、じゃあ近くの公園まで歩こうか、と提案すると、彼女は控えめに首を縦に振った。


公園へと続く道中には長く地味〜にキツい坂が続いている。自転車だとちょいダルくらいの勾配。彼女が乗り気じゃなかったのはその辺りが原因かな。少しして、件の上り坂に到着。彼女はその光景を見て戦慄し、意を決して歩き始めるも、数歩もすると肩で息をしていた。


「…もしかして、この坂があることを分かってて公園を選びました?」


「うん。僕は苦しむ君を見るのが好きなんだ」


「さいてーです」


「冗談冗談、冗談だって」


彼女に任せっきりは良くない。微力ながらお力添えをしてあげ、なんとか坂を登り切る事ができた。


公園のベンチに並んで座り少し休憩をする。ブランコで遊ぶ子供たちは不思議そうに僕たちを…僕を眺めていた。そりゃ、珍しいか、僕のこの格好は。気を遣った彼女が場所を移そうと提案してきたが、僕はもう慣れたから、と上半身を使っておどけたポーズをしてみせた。


それを見て固まった彼女が、慌てて作ったような笑顔を見せる。…今の発言も、そうなっちゃうか。彼女が気にしすぎなのか、僕が楽観的すぎなのか。


そのままそよ風に身を任せ彼女と雑談をしていると、僕の足元にぽーんぽーんとサッカーボールが転がってきた。奥の方でサッカーをやっていた子たちが、取ってくださーい、と両手をぶんぶんと振ってアピールしてくる。


「う〜ん、元気で良し。よい、しょっと…」


「あぁ無理しないでください。私がやりますって」


これくらいなんてことないよ、と返答する代わりに、サッカーボールを頭の上に掲げ、スローイングのように両手で子供たちの方へ投げ飛ばす。かなり逸れてしまったそれをわーわーと追いかけた子供たちは、ぺこりとこちらに一礼をしてきた。


「…あ。サッカーボールで思い出しました」


「ん?なになに」


「麦茶のパックを切らしちゃったんですよ。買いに行かなくちゃ」


「サッカーボールと麦茶の関係性が分からないけど…んじゃ、スーパーに行こっか」


後はよろしく〜と彼女に身を任せるが、スーパーへ行くには先ほどの坂を下らなければなはない。それはそれで、彼女にとっては大変かも?


「こういうとき、足があればなぁって思うよね」


「っ…」


「あぁいや、自動車とかの交通手段としての足って意味ね。過剰に反応しすぎ」


「…っあなたがそういう言い回しをしたからでしょ」


がははと豪快に笑って気まずい雰囲気を吹き飛ばす。いつになったら、彼女は立ち直ってくれるのだろう。僕はあとどれだけ彼女に、気にしてないというアピールをすればいいのだろう。


言葉数少なく、スーパーに到着した。一緒に行きます?という彼女に対し、僕は邪魔になるだろうからいいよ、と返した。


駐車場を眺めながら買い物が終了するのを待つ。一人きりになってしまうと、考えなくてもいいことまで考えてしまう。


なんともなしに、僕はパン、と膝を叩いた。叩いた感覚はあるけど、叩かれた感覚は微かにしなく、最早感覚は無いといっても過言では無い。



それもそうか、僕の両足は、ただ僕の体に引っ付いているだけ、という状態なのだから。出入り口前だと邪魔になるかなと、僕は車椅子を操作して場所を移動した。


半年ほど前のデートの帰り道、僕は彼女を庇ってトラックに轢かれた。運転手の居眠り運転、信号無視で、こちらに全く非は無い。交差点に突っ込んでくるトラックにいち早く気づいた僕は、彼女の腕を引っ張って歩道に引き寄せ、その反動で道路に投げ出される形になった。僕にもっと体幹があればこんなことにはならなかったんだろうけど。


ぺたりと道路に倒れ込む僕にトラックが迫る。突然手を引かれた彼女の不満げな表情が一変したその光景が、やけに記憶に残っている。


パニックになりながら迅速に救急車を呼んでくれた彼女のおかげでなんとか一命を取り留めた僕だけど、病院で目覚めると下半身付随を告げられた。完全麻痺では無かったことは不幸中の幸いか。


彼女の命を僕の身体の下半分という犠牲で守れたなら安いものだ。僕はそう考えているけど、彼女はそう捉えることができるはずもなく。こうして僕の介護をしてくれている。


僕は『僕が誰に言われるまでもなくした行動の結果』こうなってしまったと1番に考えているから、彼女に対して怒りはない。満足に足が使えなくても、意外にもこの世界は魅力に溢れている。僕は全く不幸じゃない。


そして彼女は自らが『僕が誰に言われるまでもなくした行動の原因』となり、僕をこうしてしまったと1番に考えている。だから僕を憐れんでいるし、僕に寄り添うのが義務だと思っている。無理もないと言ってしまえばそれまでの話。


買い物袋を引っ提げた彼女が戻ってきた。おかえり、と声をかけると、彼女は小さく、はいと呟き、車椅子の持ち手のところに袋をかける。


家に戻り、作業のように食材を冷蔵庫に詰め込んだ彼女が、ふらりと寝室に入り扉の鍵を閉めた。出かけた後はいつもこうだ。物珍しさからか僕を見てくる視線、そして僕をこんな姿にさせてしまった(と、彼女は思っている)自分が僕の乗る車椅子を押しているという不可解さに耐え切れず、寝室に篭るのだ。


しばらく僕が寝室に入ることはない。ベッドに倒れ込んだ彼女の姿を見るのが、ごめんなさいごめんなさい、私のせいでと啜り泣く彼女の声を聞くのが、僕は耐えられそうにないから。それが僕と彼女の暗黙の了解だ。


あの日、彼女を助けたいという僕の自己満足のせいで彼女は罪悪感に駆られ、僕の介護を強いてしまっている状況にある。その行動に後悔はないが、無様にも僕が生き残ってしまったせいで、心優しい彼女はまだ先の長い人生を僕の介護に捧げるという選択をしてしまった。僕が何をどれだけ言っても、彼女の意志は固かった。


…あの日僕が死ねていたら、と考えたことはないと言ったら嘘になる。きっと彼女は今以上に悲しみに暮れると思うが、僕と言う存在が物理的に彼女を縛り付けることもなかった。


事故に遭う数日前。ようやく僕に対してタメ口を使うようになってくれた彼女が、事故以降は敬語を使うようになってしまった。


たまに冗談を言った僕に対し、半年前のノリでタメ口でツッコむ彼女だけど、お互いが幸せだったあの時を思い出してしまったのか、ぱたりと口を噤む。そして、今のように寝室に駆け込むのだ。


僕は今でも彼女の事が好きだし、今でも幸せだと感じている。では彼女はどうなんだろう。好意だとか幸福だとか、そういった感情よりも罪悪感が大きくなってしまってるんだろうか。


今の彼女は、僕のことが好きで一緒に居てくれているのか。贖罪として僕なんかと一緒に居てくれているのか。どちらの感情が上なのか。彼女に聞くことはできない。


だって彼女は嘘がつけないから。嘘がヘタクソだから。…そして、今の彼女を見ていると、聞かずとも答えなんて出てしまっているから。


僕は君を許しているのに、君が君を許してくれない。どうすれば君は君を許せるのだろう。どうすれば僕は、君を解放してあげられるのだろう。

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最近失恋した貴方は読むべきでない酸っぱめ恋愛短編集 素質が無い @moti6969

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