9

「ごめーん。待たせた?」


陽葵が病院につくと入り口に雨宮と海音が立っていた。


「うんん。2人とも今ついたとこ」海音は優しい口調で言った。


2人の額には汗が滲んでいる。優しい嘘つきだ。


「よし、じゃぁ行くか!」雨宮がそう言うと「お〜!」と女子2人が言った。


「お前らガキかよ……」雨宮は呆れたように息をついた。




受付を済ませると3人は柊の病室へと向かった。204号室らしい。


病院の廊下を歩いてる時、中学生くらいの男の子が車椅子に乗っているのを見た。


この子は学校に行きたくても行けないのだろうか。


そう思うとなんだか申し訳ない。なんだか周りの視線が冷たく感じた。




「204、204……あった!」


海音は柊の病室を見つけると子供のように喜んだ。


「失礼しまーす」3人がそっと病室のドアを開けると柊がベッドに横たわっていた。


その頭には白い包帯が巻かれている。


柊は3人の姿を見るとゆっくりと体を起こして


「お前ら声デケェよ。特に朝日」と笑いながら言った。


「え、そんなに声響いてた……?」海音は少し焦った様子で尋ねた。


「結構」



「だから静かにしてろって言ったじゃん」


雨宮はそう言うと海音の背中を軽く叩いた。




「あ、あの柊……。私のせいでごめん……」陽葵は目に涙を浮かべながら謝った。


この言葉を言うために柊に会いに来たといっても過言ではない。


「いや、別にお前のせいじゃねぇよ。泣くな泣くな」柊の声は優しかった。


柊のこういうところが好きでもあり、心配でもある。


「だって……」柊の姿を見ると申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


「そうよ。柊が弱っちぃのが悪いのよ〜」海音は陽葵の背中をさすった。


「いや、それ俺が傷つくやつー」


柊が言うと4人は笑いに包まれた。





「あのさ、みんなに言いたいことがあって」柊は喉に詰まったような声で言った。


3人は何だろうと柊に耳を傾ける。



「突然だけどさ、







――俺、今日の夜、死のうと思ってて」







「は――?」


時が止まる。


突然の告白に陽葵の頭は真っ白になった。



「ほら、今日花火大会あるじゃん? 多分ここから見えると思うんだよねー。花火を見ながら死ぬってさ、何か、ロマンチックじゃない?」


柊は共感を求めるようにそう言った。


嘘をつく時、柊は頭をかく。


でも、今回はかいてくれなかった。




「ちょ、あんた何言ってんの?」海音は珍しく怒っていた。


「何だよ。お前らも毎日、死にたい死にたいって言ってるくせに」


柊は鼻で笑うように言った。


「おいおい、昨日お前は葉月に命を助けられたんだぞ? それなのに自分で命を捨てちまうのかよ」雨宮も海音に続いて言った。


「はぁ……? なんでそんなに俺の否定ばっかりするんだよ!? 俺たち仲間じゃないのかよ!?」柊の目には涙が浮かんでいた。


陽葵はその様子を見ることしか出来なかった。ドラマを見てる気分だった。



「今までずっと親に迷惑かけてきて申し訳ないと思っていたのに鬱病だから入院します? そんなの最悪だよ」


「どうせ学校には行けないだろうし、噂も広がるだろうな。そうすれば俺は、普通の学校生活すら送れない。」


「病院の中で、ただ、生かされるんだ。それって生きてて楽しいのかよ」


そんな事を嘆く柊の声は頼りなく震えていた。


「独りで死ぬのは寂しいと思って、もしかしたら一緒に死んでくれるんじゃないかなって期待した俺が馬鹿だった――」


柊はそう言うと窓の外をじっと睨んだ。




「あのさ、私だって死にたいよ。死んでやろうって思うこともあるよ」


「でもね、この病み期同盟はみんなで仲良く死ぬための同盟じゃないの。この同盟は私達が死にたいって気持ちを抱えながらでも前を向いて生きていくための居場所」


「だから、そんな事言わないでよ――」海音は柊を説得しようとしているようだ。



「なんだ。結局は俺のこと誰も理解してくれないのかよ。こんなだったら、もう死んだほうがマシだな」柊は歪んだ笑みを頬に浮かべた。



しばらく沈黙が続いた。





死にたいことだらけのこの世界でも


ほんの少しの生きがいがあるだけで生きてしまう。


死ぬのが怖いから生きてしまう。



死にたいと思うこの感情は世間からすると悪徳らしい。



死ぬことは悪いことなのだろうか。


弱いのだろうか、甘えているのだろうか、逃げているのだろうか?


頑張っている人と頑張れない人、どちらのほうが辛いのだろうか?



何が正しいのか誰も教えてくれない。



社会のルールに従って生きていけば偉いと言われるこの世界では



生きることは当たり前だから褒めてくれやしない。



これから生きていけば良いことがある。


そんな不慥かな希望を信じて今日も生きて明日も生きてを繰り返す。



――繰り返すだけだ。



朝、目が覚めると起きる理由が見つからない。


昼、普通になろうと努力する。


夜、布団に潜ってこのまま眠るように消えてしまいたいと願う。



それだけ、何の変化もない。


希望に縋っても結局、色褪せた毎日で息をしているだけじゃないか。


疲労だけが成長する。



勇気を持って生きるのが辛いと言えば


頑張れだとか、なんとかなるとか、考えすぎだとか言われる。


私に向けられる励ましや否定、正論やアドバイスは何故か私を孤独にする。 



死にたいなんて思ってないからそんなこと言えるんでしょ?



私の理解者は誰も居ない。




いや、私のこの感情が間違っているのかもしれない。


お父さんもお母さんも家に居て、友達だって居る。前まではいじめられていたけど今はいじめられていない。


勉強もスポーツも優秀じゃないけど特別劣ってなんかない。


好きなものが食べれて、好きな服を着られて、好きなものもたくさん買える。


何不自由ないこの生活に何の不満があるのだろう。



私は何に飢えているのだろう――?



それが今、分かった。




死にたがりの私が1番欲しかったのは『心からの共感』だった。



朝、ちゃんと起きて偉いね。生きてるだけで偉いねって褒めて欲しかった。




だからこの病み期同盟のみんなが大好きだ。



私なりの答えが出た。






「ねぇ、花火まだかな?」陽葵の声が沈黙を破った。



「え、早く俺に死んでほしいの?」柊は少し驚いたようだった。




「違う違う」


「じゃぁ、なんだよ」






「好きな人と一緒に花火が見たいの。悪い?」






「す……え、は……?」柊の顔に恥じらいの色が見えた。




「なぁ、今日の花火大会中止らしいぞ。なんか雨が降るらしい」




「あんた……なに雰囲気ぶち壊してんのよ! 殺す……確実に殺す」




「落ち着け朝日、お前ならやりかねない」




「え、なになに。どゆこと?」



「くっそ、この鈍感野郎! いちごミルクでも飲んどけ!」


海音はそう言うと雨宮の背中を思いっきり叩いた。



4人が笑いに包まれる。



この同盟がいつまで続くか分からない。



でも、この瞬間を笑うことは今しかできない。



先の見えない人生に向かって


私達は今日も息をする。



少しずつ、少しずつ――





15歳の私にはこれが正解なのか、まだよくわからない。





「ねぇ、同盟のさ、念書? みたいなの作ってみない?」


陽葵は自分のリュックからノートと筆箱を出してそう言った。


「そんなの作ってどうするんだよ」雨宮は面倒くさそうに尋ねた。





「んー、幸せになるためのお守りにしたくて」





この世界で生きづらい私達は



生きやすい世界を自分達で作れば良い。



それが死にたがりの生存方法。




15歳の私が出した答え。



いつか、また素敵な気持ちで花火が見れますように。





同盟が無くなる時、私達がこの世界を愛すことができますように――





陽葵はノートにペンを走らせた。

         


                                《了》


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死にたがりの生存方法 そらちゃ。 @seipyon

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