8
――ピピピピッピピピピッ
目覚ましの音が聞こえると陽葵は取り憑かれたかのように飛び起きた。
「体温計……。体温計はどこ……?」
昨日は冷水を浴びまくって冷房の効いた部屋で布団をかけずに氷枕をして寝た。
真夏のはずなのに凍え死にそうだった。
なかなか寝付けなかったが、それに耐えた私は今、発熱しているはずだ。
頭も喉もズキズキ痛む。おまけに今日は2日目だ。
大丈夫、やれるだけのことはやった。
――ピピッ
『36.4』
あれ、そんなはずはない。だって、だって――
大丈夫、落ち着こう。もう1回。脇を思いっきり締めれば、
――ピピッ
『36.5』
は――?
私、昨日あんなに頑張ったのに。こんなに辛いのに。どうして、どうして――!?
どうして私の身体はこんなにも丈夫なのだろう。
陽葵は無駄強い自分の体にうんざりした。
悔しい――
目に涙が溢れそうになり唇を噛み締める。
泣いている暇なんて無い。早く学校を休める方法を考えなければ。
どうすれば、どうすれば――
思考回路がショートする寸前、ぷつんと緊張の糸が切れた。
あぁ、仮病すればいいじゃん。
陽葵は目の前にあるスマホの充電機に目がとまった。
それを触ると急速充電中だったため熱を感じた。
これだ――
陽葵は勢いよくコンセントからアダプタを抜いて脇に当てた。
軽く火傷したような気もするが、気にせず、そのまま脇を締めた。
しばらくしてアダプタを脇から取り、体温計を挿す。
――ピピッ
『37.9』
その数字を見た瞬間、陽葵の心は救われたかのような喜びで満ちた。
スマホで確認しながら口紅を頬に軽く塗り、手で薄く伸ばす。
「お母さん……熱っぽい」
陽葵は化粧をしている途中のお母さんに体温計を見せた。
「あら、確かに顔も赤いわね……」
お母さんはそう言うと陽葵のおでこに手を当てた。
実際、おでこは熱くもなんともない。
「なんか喉と頭めっちゃ痛いんだよねー」
緊張で手に汗を感じる。心臓の音がうるさく聞こえた。お願いだからバレないで――
「キツイなら休む? 先生に連絡しないといけないんだっけ?」
「あぁ、うん」
「体調悪いなら寝ときなさい」
「はい……」
これで良かったのかよくわからない。
あんなに頑張った割には達成感を感じなかった。苦い罪悪感だけが口の中に残る。
「あ、すいません。葉月陽葵の母ですけれども――」
隣の部屋からお母さんのよそ行きの声が聞こえてきた。
これで良かったのだ。私は何も間違っていない。
そう自分に言い聞かせ、寝室へと戻った。
『今日、学校休む〜w』
陽葵は同盟のみんなに報告をした。
『え、どうしたん!?』海音は心配してくれているようだった。
『なんか、行く気無くて笑 仮病使ったw』
『お〜。ついに仮病デビューかーw』雨宮が言った。
『いや、誰目線だよw』陽葵は思わずツッコんだ。
『まぁ、俺は仮病の達人だからな』
『いや、それ全然誇ることじゃないしww』
家族全員家から出れば私は自由の身になれるのだ。あと2時間くらいかな。
早くみんな出てけ〜。そう思いながら体調が悪い演技を続けた。
不登校になると毎日こうなってしまうのだろうか。
何で学校をサボるだけでこんなに頑張らないといけないのだろうか。
学校に行っても行かなくても辛いのであれば、どうすればいいのだろう。
「お昼ごはんは適当に作って食べてね」
「うん」
「いってきます」
「いってらっしゃーい」
午前10時過ぎ。お母さんが出勤すると家の中は私1人になった。
今頃、学校では英語の単語テスト中だろうか。
「みんな頑張れー」
誰も居ない静かな家では思わず独り言ばかり呟いてしまう。
音がないとなんだか寂しい。そう思ってテレビをつけた。
「この時間帯は面白い番組あんまりないな」
陽葵はお昼ごはんの時間になるまで録り溜めてあったよくわからないドラマをイッキ見することにした。
『みんなおはよ』柊からLINEが届いた。
『おはよーっていうか、もう昼だけどねw』陽葵が返信をした。
『あたし、思ったんだけど4人全員学校に行ってないよねwなんか嬉しいーw』
『そうかー?w』雨宮は不思議そうに言った。
『あれ、じゃぁ、みんな暇なの?w』
『うん。仮病だし』『傷を治すだけだから全然暇』『ゲームしかすること無い』
『じゃぁ、俺のお見舞い来てよw』
『え、でも一応、体調不良ってなってるから外出はちょっと……』
『バレなきゃ良いんだよw』
『別に私は良いよん』『俺も昼飯食べたら良いけど』海音と雨宮が言った。
『2人が行くなら……行く』陽葵がそう言うと
『じゃぁ、決まりな! 13時くらいでよろしく〜』と満足そうに柊が言った。
陽葵は『おけ〜』と返信をするとドラマの続きを見始めた。
11時30分くらいにお昼ごはんを食べて12時くらいから出かける準備、そして12時30分くらいに出発すれば13時くらいに病院に着くはずだ。
陽葵は忘れないようにアラームをセットした。
それから1時間くらい経つと1回目のアラームが鳴った。
「適当にインスタントラーメンでいいや」
そう思ってラーメンを作ってる途中なんだか涙が溢れた。
ズル休みをしてドラマ見てくつろいでいる私はお父さんとお母さんが一生懸命働いたお金で買ったインスタントラーメンを食べる資格はあるのだろうか。
こんな娘でごめんなさい――
2回目、そして3回目のアラームが鳴った。
心配性の陽葵はリュックに色んなものを詰めて家を出た。
沸き立つ入道雲の下で蝉の鳴き声によって震える空気を肌で感じる。
日差しが突き刺すように痛い。
1日ぶりの外はなぜかものすごく久しぶりに感じた。
「あっつ――」
陽葵は病院に向かって自転車を漕ぎ始めた。
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