7

1人で電車に乗っている時、全身の空気が抜かれたかのようにくたくたになった。


線路に飛び降りたときは興奮状態でなんとも思わなかったのだろう。


今になって疲労が溢れ出した。関節がきしむように痛い。膝の震えが止まらない。


私はあの時、柊の命を救ったヒーローになったのかも知れない。


しかし、実際はそんな実感はほとんど無かった。


もし、私が線路に降りた時、足を挫いて立てなくなったら。柊を引っ張るのに時間がかかったら。ホーム下から少しでも身体がはみ出ていたら――


陽葵にとってあの出来事は死なずに済んだ出来事という印象でしかなかった。


いつも「死にたい」と心の何処かで思っていた私が実際に死を目の前にすると恐怖に支配されると気づくと情けなく感じた。


生きていく自信も無いくせに死ぬ勇気すらも無いなんて、



あぁ、なんて自分は弱い人間なんだ――



掴みどころのない悲しみのような感情が陽葵の心をくすぶる。


よく考えると柊が線路に落ちたのは私のせいなのかもしれない。


頭がいたいと言っていた柊を私が無理やり引っ張って走らせたから――



私のせい――?



私が柊を――



陽葵は自分を責めることすら出来なかった。


空虚感に支配された身体は呼吸をしていることすらよく分からなかった。



『ねぇ、どうしよう』


陽葵はしばらく経つと同盟のみんなに助けを求めた。


今、思ってることをすべて吐き出した。


誤字ばかりで文法もぐちゃぐちゃな陽葵の言葉を他の2人は「うん」「そっか」と相づちを打ちながら静かに聞いてくれた。


聞いてくれるだけで陽葵の心は軽くなった。


同盟のみんなだからこそ励ましたり、慰めたり、アドバイスをしなくていい。


これが友達。いや、仲間というものなんだ。


この同盟は陽葵にとって前を向いて生きるための大きな支えとなっていた。


『とにかく今は柊の無事を祈って連絡が来るまで待とう』


陽葵は雨宮の言う通りに静かにその時を待つことにした。


その間、現実逃避をするためにスマホで面白そうな動画を漁りまくった。


なにかしていないと落ち着かなかった。


「あんた宿題は終わってるの? いつまで動画見てるの?」


お母さんは何回も注意をした。


その度に無視する私に呆れたのかお母さんは次第に何も言わなくなった。




『心配かけてごめん』


その日の夜に柊からLINEが届いた。


陽葵はその通知が届いた瞬間『大丈夫!?』と返信した。


『頭を何針か縫ってめっちゃ痛いw』


柊がそう言うとホームに上がった時に見たあの鮮やかな赤い色の血を思い出した。


『えぇ、大変ね。お大事に』海音は心配そうに言った。


『今、家?』雨宮が柊に尋ねると『いや、入院する』と答えた。


『え!? 入院!? そんなに酷かった?』陽葵の心に自負の感情が滲み出した。


『俺が倒れた原因がストレスによる立ちくらみらしくてさ、そんで色々あって鬱病って診断されたんよね。この傷が回復したら精神科に連れて行かれるらしいw』


『え、鬱病?』


私は最低なのかもしれない。柊が羨ましく見えてしまう。


いいな、同盟の人以外で心配してくれる人がいるなんて。


私も柊のように倒れて重傷を負ったら、海音のように自傷が親にバレたら、雨宮のように病気を抱えていたら――



みんな私を見てくれるのかな――?



自分でも本当に最低だと思う。3人に対するどす黒い羨望が溢れ出した。


『ごめん。ちょっとご飯食べてくる』


『おぉ、いってら』


陽葵はみんなに嘘を吐くとカッターと着替えを握りしめてお風呂場へと向かった。


多分明日は3人とも学校に来ないだろう。それじゃぁ、私だって。



みんなに追いつかないと――



陽葵はシャワーのお湯を冷水に変えて頭から被った。


冷水が陽葵の身体を纏った瞬間、予想以上の冷たさに思わず水を止めてしまった。


しかし、止めたら止めたで冷気が陽葵の肌を突き刺す。


学校を休むためだ。最後まで耐えないと――


そう自分にいい聞かせ、震える手でもう1回冷水を被った。


この時の陽葵は明日、学校を休まなければいけないという焦燥感に支配されていた。


まだまだ、このくらいじゃ熱なんて出ない。1秒でも長く浴び続けないと――


そう思いながら陽葵はカッターを握りしめた。


少しだけ、ほんの少しだけだから大丈夫。


私も海音みたいに強い人になりたいな――


カッターの刃を少し出して腕に当てると白い床にぽったりと大きな血塊が落ちた。


しかし、それは腕から流れた血ではなく、自分の経血だった。


陽葵は腕を切ることすら出来ない自分に嫌気が差し、浴室を出た。


ドアの隙間から洩れた冷房の冷気によって陽葵の身体は締め付けられ涙が出た。


リビングからはバラエティ番組を見て笑う家族の声が聞こえる。





この人達は何も知らない。




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