エピローグ
多種多様の青色が揺らいで混ざる。幻想的な雰囲気に揺れる黒髪はゆらゆらと青色を吸収して、凜然と佇んでいた。光の幻影と魚影が淡い色のワンピースに写り込んで、この世のものではないかのように荘厳だ。
それをじっくりと眺めて、それからシャッターを押した。一度押せば、後はもう歯止めがきかなくなる。フラッシュのない独特の明暗が混ざった世界にいる雪は、光源であるかのように眩しい。
「佳臣」
その光がこちらへと向き直ってくる。魚影が頭上を通り抜けていった。水族館の中の雪は、いつもとまた違って綺麗だ。響いているのか。くぐもっているのか。水族館独特の音響に届けられた声も好きだった。
「どうした?」
「撮ってないで見よう」
「見てるよ」
「一緒に見るの」
「分かったよ」
拗ねたような意見にカメラを下ろして、雪の隣に立つ。
特別製の水槽のガラスは頑丈なものらしい。静かな雰囲気を壊さないのに、こんなにも強いものがあるのだなと悠々と泳ぐ魚たちを眺める。ぐるぐると泳ぐ回遊魚は、時々他の魚に突っ込まれて散ってはまた集まっていた。
「美味しそう」
「感想が直接的すぎる」
「そろそろお昼だもん」
「お腹空いた?」
「レストランあるんだよね?」
「海鮮丼あるってよ」
「人のこと言えない」
くつくつと笑われて、一緒になって笑う。
「もう行くか?」
「あっちに聞いてから」
雪の視線が水槽から離れて、少し違う場所で水槽を覗き込んでいる金髪の二人に流れた。ユマの隣に並ぶ隼人は、いつかと同じようにアピールを繰り返しているのだろう。まったく意に介さないユマに奮闘しているのは想像に難くなかった。
「じゃ、聞いてくる」
くるりと踵を返そうとした俺の腕を雪が引く。見下ろすと、ただ引かれた腕が絡み合って、雪の身体が寄り添ってきた。柔らかい塊が触れて、少しだけ慄く。
「もう少し、二人でいい」
「そう?」
「うん。……腕、邪魔?」
「いや? でも、こっちのほうがいい」
するりと腕を引き抜くと、雪の肩へと腕を回した。雪が一瞬身体をこわばらせて、それから擦り寄ってくる。温もりが気持ちいい。
心底、浮かれているなと思う。思うが、こうして素直に気持ちを開け放てるようになってきたことが嬉しかった。バカップル上等だ。ユマが一番近くで茶化すものだから、だんだん慣れて開き直ってきていた。
開き直らせるという点において、ユマはかなりの力を持っていたようだ。結果的に、俺たちにはよい効果をもたらしたのであるから、天使の恩恵だと言うことにしてやってもいい。
俺たちは肩を寄せ合って、ひっそりと鑑賞に浸った。その後ろ姿を、隼人が写真に収めていたことを知るのはそれから数分後のことだ。
俺の隣には、やっぱり天使のような少女が笑っていた。
天使の願いは叶わない めぐむ @megumu
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