星渡り

@rua22

第1話

伸ばした手を振り払わないでください。

我々はただ、導きを乞うているのです。


塔の外壁にいくつも設置された大きな窓から、目を焼くような赤い光が差し込んでいる。星々をかたどった精緻なレリーフが、壁面に影を落とす。吹き抜けになっている塔の天井はあまりに遠いところにあり、目視することはかなわない。そこにはただ、赤黒い闇がうずくまっている。

日も傾きかけたこの時刻、祈りの塔にいるのは僕だけだった。硬質な静けさに息をつめ、そろりと膝をつく。所狭しと幾何学模様の彫られた、直径6メートルほどの円形の板――僕らの宇宙を模したもの。今朝も祈りをささげたそれに、僕は今一度頭を垂れた。

明日は特別な日だ。だから、いつにも増して星々には僕らを見守っていてほしい。

遠い空の彼方から、ようやく、父さんが返ってくるのだ。

父さんが空へ発つことが決まったのは、六年ほど前の事だった。白いフードをかぶった配達人が、これまた雪のように白い封筒を僕らの前に差し出した。僕らは悟った。家族の誰かが「星渡り」に選ばれたのだ、と。恭しく頭を垂れた両親の指先は震えていた。星渡りに選ばれるということは、名誉であると同時に恐ろしいことでもある。短くて五年間、長くて永遠の別れが当事者と周囲の人々に降りかかるのだ。

封筒の中に入っていた紙に自分の名前を認めた父さんは、どこかほっとした様子だった。

「母さんを頼んだぞ」

そう言って、僕の頭を撫でた。

そこから一年は忙しなかった。偉い人が入れ代わり立ち代わり、僕の家を訪れた。彼らは皆、この国の住人が星渡りに選ばれたことを喜び、父さんに様々なものを託した。どうか自分たちの代わりに彼方の「ボセイ」に届けて欲しい、そう父さんに願った。

星渡りとは、僕らが祈りをささげる星々の中でも、すべての始まりであり宇宙を創ったとされる「ボセイ」に、人々の祈りと僕らの星の発展の証を届ける者なのだ。手紙、書類、新たな発明品、そういったものと一緒に宇宙船へ乗り込み、ボセイを目指す。五年に一度、この星に住むどこかの誰かが選ばれる。そういう儀式である。

手紙が訪れてから一年後、僕と母さんは父さんを見送った。この五年間、心の中に常に不安が巣くっていた。父さんの一つ前に星渡りとして飛び立った人は、終ぞこの地をもう一度踏むことは叶わなかった。帰路の途中、宇宙船の反応がロストし、それきりだったのだ。しかし明日、予定通りならば、父さんを乗せた宇宙船はこの星に戻ってくる。もう一度会える。早鐘を打つ胸を押さえ、僕は祈り続けた。


晴れ空の下、基地の周りは人でごった返していた。皆、ボセイより戻ってきた鉄の船を一目見ようと押し寄せてきたのだ。そんな中、最前列の特別に用意されたスペースで、僕と母は今か今かと空を見上げていた。母の両手は跡が付きそうなほど、強く組み合わされている。やがて、はるか上空に一つの点が見えた。

「父さんだわ」

母がつぶやいた。点はみるみる大きくなる。その銀色の表面が日の光を照り返すのさえ目視できそうになったその時、あたりに頭の割れるような音が鳴り響いた。高い電子音――緊急時の警報。激しい光に目が焼かれる。熱い。何かが焦げる匂いがする。視界を浸蝕する白い虫食いが徐々に収まってきたとき、そこに広がっていた光景に、僕は絶句した。父さんを乗せた宇宙船が基地に突き刺さっている。ちらちらと赤い炎が惨劇の中心を取り囲み、黒い煙が空へとのびている。

「いやぁぁぁぁ」

母さんが悲鳴を上げてその場に崩れ落ちた。それに、何の反応も示せないまま、僕は目の前の光景を凝視していた。何かを叫びたい、のに、言葉も呼吸も喉の奥に張り付いてしまっている。血管が破裂しそうなほど、全身が激しく脈打った。周囲のざわめきが、ひどく遠い。そのくせ皮膚の感覚だけは鋭敏で、汗が首筋を這うのをやけにはっきりと感じる。

やがて、瓦礫の中で何かが動いた。大きな大きなコンクリートの塊が、持ち上がる。その下から伸びているのは、人の腕だ。重いコンクリートを持ち上げるには、あまりにも細い人の腕。間もなく、顔と胴が這い出す。もちあげられた巨大な瓦礫は、腕につき転がされるようにして横に倒れた。あらわになった瓦礫の向こう側には、何かに内側から食い破られたような、ひしゃげた穴の開いた宇宙船の側面が見え隠れしていた。五年前とほとんど変わらない姿を見せた男が、こちらに向けて手を伸ばす。距離が開いていても、僕と母へ伸ばされたものだとわかる。男はそのまま、基地の壁面を滑り降り、まっすぐにこちらへと向かって来た。

「会いたかったよ。二人とも」

ああ、父さん、あなたの目はそんなに青かったでしょうか。










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