第3話

 それじゃあ準備はいいかい皆。


 「ええ。私は聖銀鎧ミスリルプレートでなんとか耐えられますわ」

 「アタシも大丈夫っすよハカセ!でも呼吸だけはちょっとの間我慢して下さいね?」


 二人はそう言ってくれるが、流石にこれは緊張する。あまりにも危険な行為だからだ。この手に握られた『杖』は、この生物が蓄積して排出した毒物の塊。質量から考えて、相当の年月を歴て蓄積されたものだろう。そんな物が直接胃液に落とされれば何が起きるか。それこそ考えるだけで吐き気がする。だが、それでもやるしかない。僕もこんな所で死ぬ訳にはいかない。行くよ、ミネバ君。


 「はいッス、ハカセ!」


 杖を眼下の闇に向かって放り投げる。

 少しすると猛烈に周囲の食道壁が蠕動し始め、大量の唾液が上から流れ込んできた。やがて穴の底から地鳴りのような音が鳴り響き、猛烈な異臭が漂いだした。


 「……まさしく、地獄そのものですわね」 


 眼下から、黄色い胃液がマグマのように押し寄せてくる。

 同時に、ミネバ君の粘液が僕の全身をすっぽり包む。同時に粘液がほんの少し硬化して淡い光を帯び始めた。ミネバ君の完全拒絶形態だ。この光に包まれるのはこれで何度目だろうか。僕の全身を包むミネバ君の体から、直接彼女の声が伝わる。

 

  『大丈夫ですよ。絶対に守ってあげますからね、ハカセ』


 瞬間、凄まじい轟音と衝撃が僕達を襲う。

 大量の胃液と共に、放射線を描いて天空高くへと放り出された。

 遠くに、星の丸みが見えた。


 ◇


 「あああもう最っっ悪ですわ聖銀鎧ミスリルプレートも教皇庁から賜った天使の絨毯もお気に入りのティーセットも全部おじゃん!全部ゲロまみれ!一体いくらすると思ってるんですの!?」


 「へーんだこんなとこにそんなもん持ってくるのが悪いんでしょ命を拾っただけありがたいと思ってハカセに感謝しなよ、それともアリスの命ってティーセット以下なの?」


 目を覚ますと、また二人がワイワイと和やかな舌戦を交わしていた。

 この光景も一体何度目だろうか。僕はあと、何度この光景を目にできるだろう。

 次こそ死ぬかもしれない。何故、僕はこんな事を繰り返している?


 「あっ、ハカセ!目が覚めたッスか?意識ははっきりしてます?ここは何処だか分かります?アタシの名前、覚えてます?」


 ああ、覚えているよ、ミネバ君。


 「良かった。なら今度の探検も成功ですね。次はどこに行きます?南の大氷河でも西の大砂漠でも、どこでもいいッスよ。どこへでもお供しますからね、ハカセ」


 ……うん、そうだね。どこへでも行こう。

 君とだったらどこへでも行ける。君とだったら、どこだって良い。

 僕だけでは辿り着けない場所がある限り、僕達の旅は終わらない。

 今はそれだけで充分だ。

 

 起き上がるために手を差し伸ばす。

 ミネバ君がプヨプヨとしたその手で満面の笑みとともに握り返す。

 太陽の光がミネバ君の透明な体に透けて、キラキラと水面のように輝いていた。


 ◇


 後日談として。

 報告のために帝国に帰還すると、街の本屋で「ゲロ博士VS女騎士」が

重版出来となっていた。彼女の未来に神の祝福がありますように。

 

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

巨獣体内探検家リグ・マイヨール 不死身バンシィ @f-tantei

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ