第2話

 あのねえアリス君。確かに我々は因縁浅からぬ仲ではあるが、紳士の顔を見るなりウンコ博士はないだろう。仮にも名家の子女ともあろうものが。


 「そうっスそうっス、大体こんなクッサいケモノの中で鎧着込んで紅茶飲んでるヤツに珍妙とか言われたくないですぅ香りも何もあったもんじゃないでしょそのティーセット常に持ち歩いてるんですかそんなもんより他に常備するものがあるんじゃないですか常識とかバーカバーカ!」


 「お黙り、おっさんを体内に仕込んだスライムが騎士に人の道を説くものではなくてよ!貴方がたの筆舌に尽くし難いおマヌケぶりを少しでも和らげようという淑女の社交術が分からないのですかこの田舎者が!田舎スライムが!」


 ミネバ君と和やかな舌戦を交わしている彼女はアリステラ・フォン・ワーグナー。

帝国と教会の両方に席を置く聖騎士パラディンであり、その有能さで困難な任務を数多く達成してきた女傑だ。その筈だけども、どういう訳だかある時期から僕のフィールドワーク中に頻繁に顔を合わせることが多くなり、いつの間にか競合相手ライバルのような仲になってしまった。

 僕達をモデルにした絵物語「ウンコ博士と女騎士」は子供達の間で中々の好評を得ている模様。かわいそうに。


 「それでその社交界の華がなんでこんな僻地でプカプカ浮いてやがるんですかアレですか左遷ですかついに我々のお仲間入りですか誰が辺境の流刑者だコノヤロー!」


 「私は教皇様からの特命でここにいるんですのよ、とある羊飼いが天の御遣いから聖なる杖を授けられ、それを持って東方へ巡礼の旅に出て神の樹に辿り着き杖とその身を天に還したという聖典の一節が」


 ふうむ、どうやら我々の知る勇者の伝説の別バージョンらしいね。教会なりの翻案というわけだ。


 「やっぱり左遷されてんじゃん」


 「お黙り、そんな筈がありませんわ!その証拠に、こうして杖は見つけてありましてよ!」


 言うと彼女は背に差していた身の丈程の棒を掲げた。確かに一見杖のようだが独特なフォルムで、下部に鍔のような形状が見受けられ、ともすれば剣のようにも見える。見た目よりもかなり重いが材質を見ると金属だけではないように見える。もしやこれは……


 「なんか伝説の割にはバッチいなぁ。アンタこれどこで見つけたんです?」


 「この巨獣の麓に刺さっておりましてよ。これにて任務達成ですわと思い引き抜いたら急に目の前が真っ暗になって気付けばここに」


 図らずしも彼女によって伝説は再現された訳だ。そして発見場所がそこだということは、これはやはり。ミネバ君、済まないがその杖の成分分析をお願いできないかな。


 「ええーこれのっスか、なんか汚いんスけどぉ。ハカセの頼みなら我慢しますけど」


 「お待ちなさい、誰が渡すと言いましたの。これは私が直々に教皇へ」


 別に取りはしないさ、分析が終わればすぐに返すよ。それに、僕の考えが正しければ、これが現状を打破する唯一の手段になる筈だ。


 「現状を打破ってどういう事ですの、ここがどこか分かって目的も達成している以上、あとは上に見える出口から帰還するだけでしてよ」


 うん、その上から見える光なんだけどね、よく見ると点滅してるように見えないかな?


 「え?」


 「あー、そういえば一定のリズムで見えたり消えたりしてるっスね、どうしてなんですハカセ?」


 うん、恐らくアレは弁だよ。


 「またウンコの話ですの!?」


 違う、便ではなくて弁。食道弁だよ。アリス君は口から飲み込まれたから気付かなかったんだね。知っての通り、弁は上から入るものを通し、下から出る物を防ぐためのものだ。今僕達が迂闊にあの弁から外へ出ようとすれば、これほどの図体の巨獣が持つ弁だ。その開閉力も洒落では済まない。ペチャンコにされるか、助かっても下の胃酸に落とされるだろうね。


 「うぇ、それ本当なんスかハカセ」


 「そ、そんな。というか貴方達はどこから入ってきたんですの?上が駄目なら下から抜ければ」


 僕達は巨獣の胴体と首の境目、人で言えば横隔膜辺りに開いていた穴から入ってきたんだ。だが、僕の予想が正しければもうそこは使えない。それを確認するためにもミネバ君に成分分析を頼んだんだ。

 

 「分析結果出ましたよハカセー!」


 ありがとうミネバ君、それで結果は?


 「ええっとスね、まず植物繊維セルロース。そこに鉄と銅、錫、亜鉛が混じって、後は水銀、ヒ素、アルカロイド類やアマトキシン類なんかの有機化合物も含まれてたっスよ!」 


 うん、殆どが自然界に存在する毒物だね。恐らくこれは消化物の内、腸内へと送り込まれずに分離され排出された結晶のようなものだろう。


 「……どういう事ですの?」


 非常に優れたシステムをこの生物は有しているという事さ。知っての通り、この生物の下半身は地中に埋もれている。即ち肛門も地中にある。従って排泄物も地中に排出される訳だけど、これはその中で腸にも大地にも通したくない物質だけ固めて、腹部前面に開いたあなから胃酸と共に放り出したものだ。アリス君は僕達より先にここに辿り着いて杖を拾って飲まれた。その後で僕達がその穴から入ったんだ、なら最早その穴は閉じられているだろうね。


 「それじゃあもう出口はどこにもないということですの!?まさか、この私がこんな場所で最後を迎えるなんて……」


 「ええーそれはいくらなんでもイヤっスよハカセ、なんとかならないんスか?」


 勿論なんとかするとも。既に鍵は手に握られている。

 食道弁を下から開く方法なんて、一つしかないからね。

 

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