巨獣体内探検家リグ・マイヨール

不死身バンシィ

第1話

 僕は巨獣体内探検家のリグ・マイヨール。

 読んで字の如く、巨獣の体内に潜入して様々な成果物を持ち帰り世と人を潤す事を目的とする非常に公益性の高い職業であり、国からも承認を受けている。

 先日も、北方大山脈に棲まう鉱山竜マイン・ドラゴンから竜脈結石ドラゴンストーン(一部の大型竜の体内で生成される石。主に大腸で見つかる)を持ち帰る事に成功し、その偉業を讃えられ皇帝に謁見まで果たしたのだ。


 「でもお城には入れてもらえなくて、野外に特設謁見所作られて皇帝のお顔が見えないくらい距離開けられたッスよね」


 ……それはまあ、仕方ないよ。どれだけ洗っても謁見の日まで臭いが落ちなかったのだもの。僕も君も石も。


 「いやーまさか大腸が複数ある生物なんて想像もしなかったスねえ。クソデカ石を横行結腸からエンヤコラセと押していって、ようやく肛門についたと思ったら別の大腸から大量のウンコが押し寄せてくるなんて」


 うん、その発見は我が国の巨大生物学に多大な進展を齎したらしいからね。僕も奮闘ふんとうした甲斐があったというものだよ。


 「んでその功績を認められて見事、極東の秘境における巨大生物群調査という大任しまながしを仰せつかったんスよね」


 ミネバ君、済まないがもう少し言葉を選んでくれないかな涙が出るから。


 「良いじゃないッスかどこに飛ばされようとも、ずっとアタシが側にいてあげますからねハカセ!」


 この、僕の体に纏わりつきながら独白モノローグに絡んでくるのが助手のミネバ君。一見ノリが軽いだけのアホ娘のように思えるかもしれないが、彼女はある特殊なスキルの保有者であり、僕の調査において欠かせない存在となっている。

 例えば、今僕がいる場所は現在調査中の巨獣の体内、正確には食道壁である。その有様はさながら死火山の噴火口であり、上を仰げば遥か遠くに口からと思しき小さな光がチラチラと見え、下を覗けば底も見えない奈落の闇である。そして食道なので当然のように壁面は唾液で濡れており、壁も非常に弾力があり登山具の類を一切受け付けない。そんな場所で僕が暢気に自分の人生を振り返っていられるのも彼女のスキルのおかげというわけだ。

 

 「うへへへへ、そう改めて言われると照れちゃいますねぇ、でも普段からもっと感謝してくれても良いんスよ?」


 そう言うとミネバ君はゲル状の体をぐねんぐねん揺らしながら体液を火照らせる。

 いやこんな不安定な環境であまり揺れないでくれ。それと接合面は大丈夫かな?壁の唾液が多くなってきたように感じるけど。


 「まだ全然余裕はあるっスよ、ただあんまり唾液の分泌量が増えてくると押し流される可能性もありますねぇ。ハカセこそ三時間はアタシの中にいますけど大丈夫っスか?」


 そう。僕は今、スライム娘であるミネバ君の体内に潜り込むことで辛うじて生存を果たしている。寝袋に顔だけ出してぶら下がっているような状態である。必然、彼女の胸部から顔を出すことになる。僕がまだ駆け出しだった頃、フィールドワーク中に遭遇した巨獣の体内で彼女と出会えなければ、今の僕はなかっただろう。


 「こうしてハカセをくるんで巨大生物の体内に入るのも、もう何度目になるっスかねえ。ハカセもすっかりアタシの粘液に慣れてくれたようで何よりっス!でもあんまり癖にならないでくださいね?」


 軽口を叩きながら彼女は壁に接合した背中部分の粘液を操作して壁面をジリジリよじ登っていく。この粘液こそが数多のスライム族の中でも彼女だけが保有するスキルである。この粘液は非常に多様性に富んでおり、彼女の意思一つで自由に硬度や粘度を操作できるだけでなく、接触した他の液体との融和、吸収、防護、侵蝕等を可能とするのだ。


 「それにしても、登っても登っても出口が見えませんねえ。今回のは今まで潜ってきたヤツらと比べても一段とデカいっスけど、なんなんですこの生物?またドラゴンですか?外から見た時はデカすぎて何がなんだか分からなかったんスけど」


 うん、本国では巨獣と言えば大半が竜だったからね。だが、極東では一味違う。

簡潔に言うとこれは鹿だよ。現地ではオオアマツノというらしい。


 「シカ?あの四本足でツノが生えたウマみたいな?」


 うん、鹿は極東では神の使いとして崇められていて、その頂点に立つのがオオアマツノだ。その足腰は大地に深々と差し込まれ、さながら大木の根のように栄養を吸い上げ、同時に数多の恵みを森に齎す。まさしく森の神と言ったところだね。我々が外から見たのは地に横たわった胴体とそこから伸びる首という訳だ。


 「はぇえ~、妙に縦に長い山かそうでなきゃどデカイ大木かと思ったんスけど、これも生き物なんスねえ……んで、今回のミッションは何なんスか?体の調査はいつも通りとして、今度は何を持ち帰るんです?」


 それなんだが、今回は『体内に刺さっているかもしれない聖剣』だそうだ。なんでも遥か昔、帝国が国土を統一する前の戦乱の時代。一人の勇者が自国に勝利の旗を翻すべく、遠く彼方にある世界樹の根に刺さった伝説の聖剣を求めて極東へと旅立ったという伝説があるそうだ。そして勇者は多くの仲間を従え困難な旅路を踏破し、ついには聖剣に辿り着き引き抜いたのだが、その瞬間神の怒りに触れその命を落としたという……


 「なんで死んだなら伝説が残ってるんスか?」


 仲間が逃げ帰って報告したらしい。で、僕が今回の潜入の前にオオアマツノ発見の報を本国に送ると、その伝説の実態調査と成果物を持ち帰れと返信が……


 「国一番の勇者が死んでるのに?」


 ま、まあそれだけ僕が皇帝陛下から能力を見込まれているって事さ!

 どのみち真偽の怪しい伝説、本国としても物のついでなんだろう。「ありませんでした」と報告すればそれ以上とやかく言われる事もないさ。


 「それなんスけどね、ハカセ」


 なんだいミネバ君。


 「剣は見つからないんスけど、は見えましたね」


 いつも陽気なミネバ君が珍しく心底嫌そうな声で指差したその先には。


 「あら御機嫌よう、ウンコ博士と愉快なお仲間さん。いつ見ても笑える珍妙なお姿ですわね」


 聖銀ミスリル全身鎧フルプレートに身を包んだ金髪縦ロールの女騎士が、魔法の絨毯でプカプカ浮かびながらティーセットを広げ紅茶を嗜んでいた。


 

 




 

 

 


 

 

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