綺羅星を含む海
鳳濫觴
ある夢の話
世界は三つ。
一つ、人の住まう世界。文明を築き、思い出を繋ぐ世界。
二つ、獣人が住まう世界。大きな木々がきらめき、空に触れることができる世界。
三つ、その二つを結ぶ水中世界。最も広く、最も深い。ここの住人は様々な生き物に変身できた。
人の世界軸と獣人の世界軸は隣接していた。互いにそれを理解しているが干渉はしなかった。というよりも、できないと言うほうが言い得て妙。
しかし、水中に住まう不思議世界の人間は、そのどちらの軸にも往来できた。
※
私は世界の端にある、大きな池に向かった。空から雨が染みだしたので、水面は湖のようになっている。こんなに広い水面は久しぶりだった。
私と無口な相棒は池に飛び込む。水中は水面よりはるかに広い世界が広がっていた。砂糖水を解かしたように光を含んでいる。
まるで海原のようで、背の高い水草が緩やかな水流に揺蕩い踊っている。そのはるか下にはキラキラと石ころが煌めいていて、小人たちの家が見えた。
水草は蓮の葉のように大きく広がり、その下は水質が違うのか濃い青になっている。私たちはその上の薄い緑色の水の中を泳いでいた。
空からはキラキラと星屑のような光が差し込んでいる。しかし、遠くのほうは深い夜のように濃い紫から紺色をしていた。
濃い紫の中にライトを照らしながら進む赤い電車が小さく見えたような気がした。
私たちはしばらく体をくねらせ、心地よく泳ぎ進めた。その先に目的地があった。そこを上がると泥がこびりついたどぶの中だった。
水から上がった私たちの体は黄土色のチョッキを着た二十日鼠だった。臭いは気にならなかった。
コンクリートの蓋の隙間からまぶしい光が差し込んでいる様子から、この世界はどうやら昼間だと言うことがわかる。
そのまま進んでいくと民家のダイニングキッチンについた。
体はいつの間にかどぶねずみサイズになっていたので、小さなウサギに見えなくもない。すると、その家の家長と思われるライオンに見つかってしまった。
直立し質のいい服を着ている。他の気配はない。怒っているようなそぶりはなく『何をしているのか』と聞いているようだった。もう一人がライオンに何かを伝えている。その間、私たちは人の姿をしていた。
姿を二十日鼠に戻し、リビングへ向かうとそこには人間の老婆がカウチに座っていた。部屋を跨いだときに世界軸が切り替わったようだが驚きはしなかった。不思議な世界の住人からしたら、こんなのは日常茶飯事だった。
しかし、人間の老婆は何か騒いでいる。ライオンを目の前にしたときはなかった気配が複数人増えていた。老婆のいるリビングに人が集まると、私たちを捕まえようと追いかけてきた。
玄関横から家を飛び出し門をくぐると、目の前の側溝に飛び込んだ。コンクリートの蓋がなかったので、傘の柄が槍のように飛び込んできたりしてとても危険だった。
いつの間にか二十日鼠は私たち二匹から四匹に増えていた。おそらく、あの家に潜んでいた不思議世界の住人だろう。全員でどぶの奥の泥水に飛び込んだ。
あんなに暗く湿って汚かった泥水は、あの海に繋がっていて、中に潜るととてもキラキラとしていて美しかった。他の三人はすごい勢いで下層の水へ行き水草の影の中を泳いでいる。私も必死に下層へ行くが中々追い付きそうにない。どうやら仰向けに泳ぐのが正解らしい。
今の姿を見ると 顔や手は人間だが体が長くその先には四枚のヒレ。人魚ではなく妖怪の類いだろう。
しばらく泳いでいると水が少し暗くなってきた。夜になろうとしているのだと思う。いつの間にか水草はなくなり辺りには雑草が生えているくらいになっていた。
遠くから警笛が聞こえる。ライトを照らしながら真っ赤な電車が迫ってきていた。散り散りに電車を避けるがまるで生き物のように私たちを追いかけてくる。運転手はいないようだ。しばらく追いかけまわすと飽きたのか赤い電車は深い夜の水に帰っていった。
綺羅星を含む海 鳳濫觴 @ransho_o
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます