第17話 瓦解


 ピンポーン!


「あら?こんな朝早くから誰かしら?」


 鳴り響くインターホンの音に里弦は、背筋が凍り付く様な悪寒を感じると同時に違和感を感じた。


“何でわざわざ、自分の存在を知られせるんだ…? アイツ等じゃないのか? それとも、あの政府の奴らみたいに油断を誘おうとしてるのか…?”


 固まる里弦を他所に、愛希が「はいはい」と言いながら立ち上がった瞬間──。


「なっ!?バカ待て!行くな!」


 里弦は、咄嗟に腕を伸ばして愛希の腕を掴んだ。

 あまりにも突拍子な里弦の行動に驚いた愛希は「きゃっ! ちょ、ちょっと!?何なのよ!?さっきから!変よ!?」と小さな悲鳴を上げながら不機嫌そうに不安げに顔を歪める里弦を見つめた。


 ピンポーン!と、再びインターホンが鳴り響く。


「一。何を怖がってるんだ? 母さんは座ってると良いよ。ボクが見て来る」


 不思議そうに里弦に顔を向けて歩き出す力。

 里弦は「っ!? お、おい!行くな!!」と腕を伸ばすが力の腕を掴む事は出来ず。

 ソファーから立ち上がった里弦は、愛希から手を離すと涙を浮かべながら駆け足で力の元に駆け寄った。


「あっ!コラ一!大人しくしてなさい!」


 愛希の声に振り返る事無く、力の腕を掴んだ里弦は「勝手に行くんじゃねぇよ!」と声を震わした。その様子に困惑する力は「…どこにも行かないよ」と言って、廊下前のドア横の壁に取り付けてある小さなモニターを付けて、外の様子を見た。


「はい、どうかされましたか?」


 力の言葉に里弦は「ズッ!ズズッ!」と鼻を啜りながら、モニターに目を向けた。


 外には───懐中電灯を持った初老の男性警察官が立っていた。


「あ!こんな朝早くに申し訳ございません。実は、昨夜の深夜帯から起こってる大規模な電磁障害及び停電の件についてお話に参りました」


“誰なんだ…?このジジィ? アイツ等……じゃない、のか…?あの服…まさか政府の人間か…!?”


 画面に映る男性をこれでも睨み付ける里弦を他所に力は、世間話でもするかの様に喋り出した。


「それはそれは、御勤めご苦労様です。今出ますので少し待っててくださいね」


 その言葉に里弦は「バ…っ!」と声を詰まらしながら力を押さえようとしたその時。


「いえいえ、ここからお話させて頂きますので大丈夫ですよ。まぁ、話言うても、少し質問にしたりするだけなんでね。お時間はそこまで取りませんよ。出来るだけ手短に終わらせる為にご協力下さいね。…えーっと、ご家族の中にペースメーカーやICD、その他電子機器を入れて居られる方や今現在、病院で治療を受けて居られる方は居ますか?」


 外の警察官は、手元の資料を捲りながら言った。

 政府の人間なのは、間違い無いのだろうが、とても自分の知ってる姿とは、掛け離れてるその様子にとても人を殺しに来たとは、思えず里弦は「いえ、居ませんね」と答える力の横で拍子抜けと言わんばかりに呆気に取られていた。


「そうですか。では、携帯電話及びテレビ、その他の電子機器の異常はありますか?」


「あぁそうですね。携帯の充電が殆ど無くて、電波も繋がりません。あと、テレビも付かないし。それと、照明が点滅しますね」


 警察官は、力の言葉を念仏の様に呟きながら必死にメモを取っていた。すると、部屋の奥から「ラジオもダメ!だけど固定電話は、雑音酷いけど繋がるよ!」と梨紗が言った。


「ラジオも…と。ほぉ!固定電話は使えるんですね!それは良かった! いやほんとに良かった!」


 メモを取り終えると警察官はそう言って、にこやかに歯を見せた。

 まるで、自分の事の様に嬉しそうな様子に里弦は、心配して損したと胸を撫で下ろすと同時に力から手を離した。


“何が全員死ぬだよ。俺が殺す訳でも無ぇし。このジジィに殺せる筈が無いじゃねぇかよ!クソガキが”


 すると力は、何か察したかの様に「もし、よろしければ何方かにお電話、掛けましょうか?」と言った。

 その発言に警察官は、驚いた様子で「え!?いえいえ!そ、そんな!とんでもない!ご気遣いありがとうございます!」と言いつつも名残惜しそうに「いやぁ、孫がね。心臓病でね…」と少し肩を落としながら言った。


「そりゃ心配でしょう。電話番号を教えてくれたら掛けますよ?」


 力の言葉に梨紗は、待ってましたと言わんばかりの勢いで「はいはぁい!」と意気揚々と電話を持って来た。


 優しく語り掛ける力に警察官は、遠慮を見せながらも「え!?あ…良いのですか? それでは、お言葉に甘えて……」と言った。


 里弦にとって、まさに開いた口が塞がらない出来事だった。人がこんなにも協力し合ってる。


人間お前達は、そんな事する生き物じゃないだろ……?”


 里弦は、目に映る全てが信じられなくて終始唖然としていた。


 電話越しに雑音に塗れた元気な子供の声を聴くと警察官は、涙目になりながら「ありがとうございました。本当にありがとうございました!」と深々と頭を下げて家の前から居なくなった。


「それで…一?どうしたんだ?」


 モニターを消すと力は、真剣な眼差しで里弦に振り返った。

 里弦は、戸惑いを隠さずに露わにしながら縮こまった。


「それは、その……」里弦が目を泳がして言葉を探すも見付からず黙っていると「ねぇ、何があったの?」と愛希も一緒になって里弦に質問をした。続いて梨紗も真剣そうな表情で頷いた。


“結局こうなるのかよ……!”と、里弦は唇を噛んだ──途端──。


 パン!と言う音共に照明が消えた。一瞬にして、暗くなるリビング。窓から外の夜明け前の、青い空の仄かな光だけが差し込む。


 梨紗は「え!?何!?怖い!」と言って、愛希にしがみ付いて電池が表示されたスマホの黒い画面の灯りを頼りに周りを照らした。


 突然の出来事に息を飲む里弦は、梨紗が照らすその光を頼りに周りを見渡す。だが、暗さに目が慣れてない所為か、全く見る事は出来なかった。


「しょ、照明が壊れたみたいだな」


 力は、里弦を含めて三人を抱き寄せて安心させる様に言った。


“違う!アイツ等だ…! こうしちゃ居られない…!! もうこうなったらこの人達を助ける事が最優先だ!”


「おい!早く逃げるぞ!! 後で全て話す!!だから今は逃げる事だけに集中しろ!!」


 里弦は、焦りを隠す事無く声を荒げた。その瞬間────。


 バン!!


 玄関のドアに何かが強くぶつかる音が響いた。


 立て続けに起こる異常と鳴り響く音に「きゃぁ!」と梨紗は悲鳴を上げて今にも泣き出しそうな声で「ねぇ!嘘で所!?一体何なの!?」と叫んだ。


「は、早く!!逃げるんだ!!」


 里弦は、力の腕を払い退けて怒鳴る様に言った。しかし──。


 愛希は、何も聞こえて無い様子で「大丈夫よ!」と怖がる梨紗を顔を強張しながら抱き寄せていた。

 腕を払い退けられた力も同様に何事も無かった様子で「くそ…!何がどうなってるんだ…!?」と言っていた。


「な、なにやってんだよ!? とーちゃん!!かーちゃん!!梨紗!!」


 自分だけが存在しないまま事が進んでる様子を眺めている。まるで、家族では無く、から拒絶されてる様だった。


 バァン!!


 玄関からさっきより大きな音が響いた。焦る気持ちをそのままに里弦は、必死になって三人に逃げる様に言った。


 しかし、どれだけ呼び掛けても腕を引っ張り体を揺らしても。三人は、里弦に対して一切の反応を示さなかった。


“このままだと……皆殺されちゃう…!”


「な…なぁ!皆はや────」


「うわぁっ!!」


 泣きながら必死に声を出す里弦を遮る様にモニターを付けた力は、悲鳴を上げた。


 里弦も思わずモニターを見て声にならない悲鳴を上げながら思わず尻餅を着いてしまった。


 モニターには、人の顔がへばり付いていたのだ。それも、さっきの警察官だ。鼻が折れてるのか不自然にまがりカメラには、血が付いていた。

 警察官は、ゴリゴリと骨が削れる音を鳴らしながらゆっくりドアから離れた。足の骨も折れてるのか、変に曲がっていた。


 里弦は「はぁ!はぁ!はぁ!」と過呼吸気味になっていた。警察官は、目を瞑ってまるで寝てるか様な姿だったのだ。咄嗟に脳裏を過る。ここに来る前に見た光景。操られてるかの様な人々。


 里弦は、吐き気を覚える程の悪寒を感じたその時、自分が持っていた銃の存在を思い出した。


「…! やる、しか無ぇ…!」


 ガジャァアアアアアアン!!


 ガラスが割れる音が玄関からした。その音に梨紗は「きゃぁあああ!!」と大きく悲鳴を上げてその場にうずくった。


 モニターに目を向ければ、ゾロゾロと警察官以外にも近隣住民がゆっくりと歩いて来ていた。ゾンビ映画何て生易しい物じゃない程の計り知れない恐怖。


 一か八かと言う思いで里弦が立ち上がった途端──。


「初めまして。手荒な真似で申し訳ないね。出来る事ならお茶の一つでも用意して歓迎し、是非のお話を聞きたかったところだよ。でも…残念。ここは、君の居るべき世界では無いのだよ」


 いつの間にか、リビングに入って来た血塗れの警察官は、振り返り、里弦を見下ろしながら、怪我だらけの姿とは裏腹に落ち着いた口調で言った。


「あ…ああぁ!うわぁあああああああ!!!来るな!!来るなぁあああああああ!!!」


 完全に不意を突かれる形で里弦は、パニック状態に陥っていた。腰が抜けて思う様に立つ事が出来ず、駄々っ子の様に銃を振り回す事しか出来なかった。


「た、助けてくれぇええ!!」


 里弦は、恥じらいも無く悲鳴を上げ、力の足にしがみ付いた。


 しかし──。微動だにしない家族に違和感を感じ。背筋が凍る思いで、里弦は、震えながら見上げれば。力は、首の座ってない様子で警察官と同様に眠ってる様に里弦を見下ろしていた。


 体が硬直して、上手く力が入らず里弦は「あぁ、あぁぁあああ…!」と嗚咽を漏らしていた。全身の力が抜ける様で尿が漏れる。


 ガシッ!と横から強い力で右手首を掴まれて、里弦は過呼吸気味になりながら恐る恐る横目を向ければ、座り込んでいた梨紗が首の折れた人形の様に頭を垂らしていた。


「昔から君達には世話になったよ。何の因果か…またこうして人間君達と関わる事が出来るなんて……考えたくも無かったさ」


 梨紗は、そう言うと掴む力を強めた。途端、骨が砕かれ潰される衝撃に。ゴキッゴリッと瞬く間に右手首にめり込む梨紗の手に。里弦は「うぎゃぁああああ!!!」と絶叫しながら咄嗟に銃で梨紗の顔を殴り上げた。


 腕から手が離れて後ろ向けに倒れる梨紗を見届けると、震える足で立ち上がり里弦は「ご、ごめん…ごめん!!」と泣きながら言うと右手首が潰れた事に気付く事無く。三人を振り払って警察官を突き飛ばして。家を飛び出した。


 既に家の周りには、人の壁が円形に並んでいた。


「あぁぁあああ!うあぁああぁぁあぁああ!!」


 完全にパニック状態になっていた里弦は、一目散に人の壁に走り突っ込んだ。裸足に小石が刺さってもお構いなしに分銅の様になった右手で殴る様に振り回して一心不乱に人の壁を掻き分ける。


 誰一人、一切里弦の進行を止める事も無い事に疑問を感じられる筈も無く里弦は、必死に壁を抜けて、開けた道路を見た瞬間、梨紗を傷付けた事がフラッシュバックする。後ろ髪を引かれる思いが溢れ、里弦は叫んだ


「はぁ!はぁ! クソ!クソクソぉおおお!!」


 喉を震わし、涙と鼻水で顔を汚しながら走る里弦。空は、太陽を知らないだった。

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Extinction・Escape 丫uhta @huuten

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