第16話 団欒 その3
階段前に立ち尽くす里弦は、ドアを閉めて目を閉じて深呼吸をした。
「何が起ってんだよ…」
目を開け、天井を見上げる。電気の付いてない廊下は、リビングの灯りが曇りガラスのドア越しに差し込み、目を凝らせば奥まで見える程の薄暗さだ。
“あのガキの声が聞こえた直後だ……”
考えれば考える程に奇妙で信じ難い事ばかり。本当に自分以外の全ての事実が書き替えられたとしか思えない。変化が起こる直前、アラルの声が聞こえていた。何を言っていたかと思い出そうとしたその時──。
『良い家族だな。そこに留まるのは勝手だが。そのまま居座ればお前の所為で全員死ぬぞ?』
不意を突く様に全く同じセリフを喋るアラルの声に里弦は、驚きのあまり息を詰まらしながら目を見開いた。
「て、テメェ!どこに居やがる!?」
里弦は、歯を食い縛り眉間にシワを寄せて慌ただしく周りを見渡した。壁伝いに足を進めてトイレを開けるも見当たらない。舌打ちをして階段を見上げる。
『そんな事しなくても、どうせ会える』
まるでデスゲームの司会者の様に、姿も見えずどこから声がしてるかも分からず戸惑う里弦は、アラルの言葉にまさか!と思った。一瞬脳裏を過るあの二人。
“死んだ筈じゃないのか!?”と、思うもそれを主張出来る余裕は無く。
「はぁ!? お、おい待て!まさかテメェらからこっちに来る気か!? じゃあ、全員死ぬって…それだけは止めろ!」
背筋が凍る思いだった。それにアラルも殺したはずだった。再び混乱し始める頭を何とか、考えを纏めようとする。
里弦は、嫌な予感に震え始める歯を剥き怒鳴る様に声を荒げた。
「テメェは誰なんだ!?お前は死んだはずだろ!? ここの奴らは関係ねぇんじゃねぇのか!?」
『黙れ。我からお前に言える事は、そのままお前がその場に留まると家族は死ぬ。と、この世界で勝手な事はするな、だ』
聞けば聞く程にその声は、アラルの声で間違いなかった。しかし、何かが違っていた。その違和感が、アラルとは違う気持ちの悪さを際立たせていた。
「テメェ…! ふざけてんじゃねぇぞ!次は確実にブッ殺すからな!!」
ドン!と行き場の無い拳を壁に叩き付ける。しかし、その時には既に声はすっかり消えていた。
「兄貴!!」
背後で梨紗の声が聞こえて里弦は、驚きながら振り返った。冷や汗を額から滴たせる里弦を梨紗は、心配そうに見つめていた。
「大丈夫…? 廊下で突っ立って。顔怖いよ?」
どう言う訳か、梨紗には里弦のさっきまでの声や物音は、聞こえて無かったらしく。
里弦は、散々アラルを探そうと動いたつもりだったが、梨紗から見ればリビングを出てから、一歩も動いてなかったらしいのだ。
さっきから不自然な事ばかりが起ってる。何が何だか理解が追い付かない。だが、アラルの発言は呪いの様に里弦の脳裏に染み付いていた。
“ここに居たら家族が死ぬ? この世界で勝手な事をするな?馬鹿馬鹿しい!”
結局分からない事が多すぎて苛立ちが募るばかりで、里弦は、無意識に梨紗をこれでもかと睨み付けていた。
「あ、兄貴…? そんなに、プリン食べたかったの?それともさっきポケットに手入れたから?」
突然、睨まれた事に梨紗は、怯む事はしなかったが、申し訳なさそうに肩を落とした。その様子に、里弦は我に返り「え、あっいやちっ違う! その、少し考え事を…」と辿々しく焦り言葉を詰まらした。
それでも、梨紗は落ち込んでる様子に里弦は、咄嗟に愛希の仕草を真似した。梨紗の頭に手を乗せて「ご、ごめん……」と顔を逸らしながら言った。
一瞬驚いた梨紗は、徐々に口角を上げて「にへへ、変な兄貴ぃ」と少し小馬鹿にする様に笑った。
「…っ! うっせぇ」
梨紗の柔らかな笑顔に里弦は、何故か恥ずかしさが沸き上がり、頬を赤くしながら
“アイツ等が何をどうするのか知らねぇけど……。来るなんて一言も言ってない……でも、それ以外に考えられ無いだろ!”
そんな事を考えながら里弦は、リビングの壁を探る様に辿りながら全体を見渡して何か不自然な所は無いか?と目を細める。
「どうした?一?」「ちょっと大丈夫なの?」
案の定。力と愛希が心配そうに声を掛けてくる。里弦の後を追う様にリビングに入って来た梨紗は「何な兄貴変だよねぇ? でもね!さっき頭撫でられたんだよ~!」と笑顔で台所の冷蔵庫前に立つ愛希の元に駆け寄った。
いくら他人とは言え、この家族が死ぬ何て考えたくも無かった。見落としが無い様に、壁に掛けてある似顔絵や時計にカレンダーの一つ一つを指差しながら、何か無いか?と内心の焦りが出ない様に見渡す。
「あっ…!」
ふと、里弦は愛希が持っていた銃の存在を思い出して、一目散に振り返って愛希に足早に近付いた。
愛希は、透明なコップに入った見た事の無い透き通る金色の液体を飲んでいたが、突然近付く里弦に驚いた様子で「ど、どうしたの?」の少し警戒する様に聞いた。
「か、かーちゃん!持ってた銃は何処にある!?」
愛希は、不審そうに眉を潜めて「…一? 大丈夫?」と言ってコップの液体を飲み干すと隣の梨紗を守る様に抱き寄せた。
梨紗も愛希と同じ様に不審そうに「兄貴、やっぱ変だよ?」と愛希にしがみ付いた。その時だった。
「動くな…」と背後で低い声がし、里弦は声にならない声を漏らして飛び上がりそうになりながら振り返って裏拳を放った。
バチン!
後ろに居たのは、エアガンの機関銃を構えた力だった。
機関銃を弾かれて
「そ、それは……」
流石に行動が軽率過ぎた!と反省するも、どの様に説明すれば良いか分からず、口を
「…ご、ごめん。その、ちょっと……悪い夢、見てた……」
声の震えを隠そうと尻すぼみする里弦の言葉に眉を潜める力は「そうか…。どんな夢を見たのか知らないけど…まぁ座って落ち付いたらどうだ」と言うと持っていたエアガンの機関銃を里弦に差し出した。
機関銃を受け取った里弦は、少し溜め息を着いて促されるままにリビングのソファーに座り。真剣な眼差しで機関銃を見つめていた。
すると、視界の外から透明なコップを持つ手が伸びて来た。驚き直ぐに顔を上げると梨紗が心配そうに「りんごジュース、飲む?」と聞いて来た。
一瞬何の事かと、キョトンとした里弦だが、コップの飲み物を差し出されたのだと理解すると、奪い取る様にコップを受け取り、見た事も聞いた事も無い未知の液体を一目散に一気に飲み干した。
「っはあああ! な、何だこれはぁ!?」
自分の行動に気付いた時には、コップの中は無くなっており。目を丸くする里弦は、戸惑いながら梨紗を見上げた。
初めての味と嗅いだ事の無い甘酸っぱい匂いを放つ黄金の飲み物は、美味しいと言う初めての感覚が分からない里弦にとって。決してマズく無いその飲み物は、思わず涙が込み上げる程に感動的体験だった。
「一、本当に大丈夫? そんなに怖い夢だったの?」
愛希が心配そうに隣に座って来た。向かいには力が座り「梨紗、父ちゃんにもりんごジュース入れてくれるか?」と言った。
梨紗は、さっきの仕返しと言わんばかりに背後に回り、里弦の頭を撫でながら「え~、自分で入れなよぉ」と唇を尖らした。
里弦は「俺は大丈夫、大丈夫だから…!」と言いつつ涙を拭い“この人達は、絶対に死なせない!”と、心に刻む様に強く思った。
ピンポーン!
途端、インターホンが部屋中に鳴り響いた。
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