第15話 団欒 その2
一階のリビングに連れ出された里弦は、まるで捕虜の様に両手を縛られて尋問されていた。
飲み物が目の前に置かれた、ローテーブルの反対側には、両親が座ってる。梨紗は、まるで審判の様にローテーブル側面に座って「あでっ」と言いながら母親から受け取ったエアガンを不慣れな手付きで銃口を顔にぶつけて構えていた。
「それで、何であんな事をしたんだ?」
父親が、真剣な表情で里弦を見つめながら聞く。里弦は「何でって…」と口を噤んだ。すると、バンと母親がローテーブルを叩いて「こっち見なさい!」と言った。
とても、合わせる顔が無い。それだけじゃくなく、出される質問に対してもどう答えるべきかすらも分からないのだ。
ビビィ…!
リビングの照明が不気味に点滅した。
不安そうに照明を見上げる梨紗は、一向に喋らない里弦の様子に痺れを切らしたらしく。「あ、兄貴? 全員の名前、分かる?」と言った。
里弦は、小さく頷いて「妹は
「自分の名前は? 一じゃないの!?」
梨紗は、不安げに顔をしかめて身を乗り出した。しかし、里弦は、俯いたまま歯を食い縛り、決して、そうだ。とは言い出せなかった。
「一? 君は一じゃないじゃないのか?」
梨紗と同じ質問を父親の力が眉を潜めながら言う。違う、俺は一じゃない。とは、とても言えなかった。顔を逸らす様に頷く里弦に母親の愛希は、幾分かショックを受けた様で頭を抱えた。
「何なのよ…? 一じゃないなら貴方は誰なの? あたしには、貴方がただの記憶消失とは、思えないのよ。貴方の本当の名前は分かるんじゃない?」と、ローテーブルに乗り出す様に里弦の顔を覗き込みながら言った。
怖くなる程に鋭すぎる愛希の発言に里弦は、隠せないし誤魔化しも効かないと思い、何とか重い口を開けた。「全部、話す…」
◆
一橋は、泣きながら自分の知ってる事を話した。自分の名前、出生。死んだ両親。生きて来た世界。一度、殺された事。そして、アイツ等の事。
「俺の事は許さなくて良い! でも助けてくれぇ!!お願いだぁ!! さっきもあのガキの声が聞こえたんだよ!! このままじゃ……」「───黙れ!!」
里弦は、無様な程に顔をグシャグシャにしてローテーブルに身を乗り出しながら助けを懇願した。しかし、里弦の言葉を遮る様に愛希は、声を荒げた。
「そんな訳の分からない事を聞かされて…はい分かりました。何て、出来る訳ないでしょ!? それじゃあ!一は!? あたし達の子供はどこに居るのよ!?」
愛希は、顔を赤くしながら里弦の胸ぐらへ手を伸ばす。だが、力に止められて「あなた、何でよ…ひっく…! はじめは…」と力に泣き付いた。
「な、何言ってんのさ…っ! そんな筈無いじゃん! 何かの悪い夢だよ!きっと兄貴は寝ぼけてるだけだよ!! きっと病気なんだよ!! ねぇ!兄貴ぃ!!」
梨紗は、必死な発言に反して、徐々に里弦から距離を離していた。
そして、梨紗も力の傍に寄り、力は梨紗も抱き寄せて「はじ……里弦さん、この家から出てってくれ…お願いだ…!僕達家族に関わらないでくれ…!」と静かに、怒りに震える声で言った。
その言葉に里弦は、声を押し殺しながら泣いた。その時──頭の奥が微かに熱くなり始めると同時にビジジジィ!と照明が激しく点滅する。
『良い家族だな。そこに留まるのは勝手だが。そのまま居座ればお前の所為で全員死ぬぞ?』
最早アラルの言葉に気を示す事も出来ない程に意気消沈していた。涙すらも枯れ切った里弦は、倒れそうになりながらゆっくりと立ち上がった。その瞬間。
「何でぇ~!?充電してたのにゼロなんだけど!?」と慌ただしい足音と共に梨紗の声が背後から聞こえた。
「ぇ…?」
里弦は、思わず声を漏らして振り返った。台所横の自室から梨紗は、ヘアブラシで寝癖を直しながら出て来ていた。
どういう事だ?と直ぐにローテーブルの向こうに目を向ける。
そこには、誰も居なく、部屋から出て来た梨紗と見比べて唖然とする里弦と目があった梨紗は「おぉ!? 早起きぃ!めっずらぁ~! あ、兄貴?スマホ貸ぁして!」と珍しい物でも見るかの様に近付くと里弦のポケットに手を入れた。
「っ!? 何すんだよ!」
あまりにも急な行動に里弦は、梨紗の手を払い退けて下がりローテーブルに
ドジン!とテーブルの上に尻餅を着く里弦に梨紗は「えぇ…そんな驚かなくても良くない? ちょっとショックなんだけど?」と唇をとんがらした。
「おいおい、まだ朝早いんだから大人しくするんだ。……ダメだな。充電も出来て無ければ、電波も無いな…」
力の声が聞こえて振り返った。力は、ローテーブル横のソファーに座り目を細めながらながらスマホを見ていた。頭から血も流してなければ怪我をした様子も無い姿に唖然とする里弦を他所に。力の隣に座る愛希は「ほんとねぇ。テレビも付かないわよ」とリモコンを片手に力に凭れてテレビの画面を不服そうに眺めていた。
“何が起ってるんだ…!?”
遂に気でも狂ったか?それとも夢なのか?と顔を
一番近くのスマホを不服そうに見つめる梨紗の頭に腕を伸ばして、手を置く。
「わっ!?な、何?兄貴?」
頭の丸み。髪の毛の一本一本の感覚。髪越しに確かに伝わる体温。困惑の声を漏らし顔を向けて来る梨紗に現実だと里弦は、確信した。
まるで、自分以外の全てが再配置されたかの様な空間に戸惑いが隠せない。里弦は、梨紗から手を離して、見渡しながら、言葉を詰まらしながら聞いた。
「な、なぁ!お、俺が分かるか!?」
里弦の発言に三人は、一体誰に聞かれてるんだ?と顔を見合わせてから「何言ってるんだ? 一?だろ? どうしたんだ?眠いんならもう少し寝てても良いんだぞ?」と力は、言った。
予想していた訳では、無かったが、当たり前の答えが返って来た。里弦は、あまり家族を刺激しちゃダメだ。と自分に言い聞かせ。
「え……あ、うん。そうだ。俺は、は…一だな。と、トイレは何処にある?」
とにかく、落ち着くために一人になる必要があった。
里弦の発言に更に首を傾げる三人。「ねぇ、大丈夫?熱は?」と愛希は、立ち上がって近付くとピタッと里弦の額に手を当てた。
「無いみたいだけど…調子悪いなら大学休んで良いのよ? 日数は、大丈夫なんでしょ? お腹は空いてる? まぁ、なんか電気コンロも使えないから昨日買ったパンとかしか無いけどね。あ、確か冷蔵庫にプリンとゼリーがあった筈だから、後で持って行ってあげようか?」
愛希が冷蔵庫の事を話した途端、梨紗と力が顔を上げて一斉に手を上げた。
「あ~!ダメ!そのプリンわたしの!!」
「同じくそのゼリー多分、父ちゃんの。トイレは、階段前にあるぞ」
二人の様子に愛希は、腕を組み見渡して呆れ顔で溜め息を着いた。
「あんた達ねぇ~! 梨紗はともかく、あなた?確信が無いなら言わないで!」
全くの日常の風景だ。懐かしさを感じつつも初めての家族の温もりに里弦は、思わず「ぷふっ」と吹き出した。
「大丈夫。お腹は空いてない。とーちゃんありがと」
自分の親を呼ぶ事がこんなにも恥ずかしいとは、思わなかった。里弦は、赤くなる顔をすぐに背けて隠れる様にリビングから出て行った。
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