第4話 礼儀と常識と積み重ね
おれの持つ装備に傷をつけ、追加料金を膨らませるつもりか……!
目的は防具であり、命ではない。だが、防具とは命を守るために付けているものだ。
だから命を狙えば必然的に防具が前に出る……、それを理解している破壊屋は、殺意のない攻撃でおれの命を刈り取ろうとしている。
殺意がない攻撃は、やはり感知しにくい――。
スキルを頼っていなければ、既に傷がついていただろう……。
「ちょ、パトリクス!?」
「レノ、大丈夫! まだ防具に傷はついていな、」
「――違うの!」
レノが見ているのはおれの後ろ……、スリングショットによって放たれた鉛玉が、ぶら下がっていたある魔物の巣を落としていたのだ――。
黒と黄色の配色を持つ、昆虫型の魔物が、穴だらけの巣から次々と這い出てきて――。
ブブブ、と不快な羽音を響かせながら、空中を埋めるほどに滞空している。
……彼らが見ているのは、おれと、レノだ――。
巣を落としたのがおれたちだと勘違いしているのか!?
「違う! おれたちは――」
言葉が通じるはずもない魔物は、刺激を与えられて怒り心頭だった。
浅い階層の魔物は攻撃しなければ襲ってこない――ただし。
刺激を与えてしまえば、浅い階層だろうが関係なく、攻略者は死ぬ――容赦なく襲われて。
羽音が連続する。大音量でダンジョン内に響く音がさらに重なり、やがて巣から出てきた一際大きな魔物が指揮を執り、高音の鳴き声を発して――。
周囲の魔物が一斉に動き出した。
まるで嵐である。
大群が突撃してきた……おれとレノを巻き込むように――だが。
なぜか、おれたちのことを意識していながらも、スルーした…………え?
彼らが向かった先はおれたちの背後……。やがて聞こえてきた野太い悲鳴は、恐らくは、破壊屋、なのか……?
彼ら魔物は、巣を落とした敵が誰か、把握していて……?
「…………」
勘違いしていなかったのか……。
おれたちが原因じゃないと知っていて――。
「パトリクス……?」
「レノ、怪我は?」
「大丈夫、だけど……この魔物たちは……」
「……助けてくれた? でも、どうして……」
すると、足下を歩いているのは、別の魔物だった。
丸まって転がる、優しい心を持つ魔物である。
虫型の中でも比較的、見た目に嫌悪感を抱きにくい種類だ。
「う、」
それでもレノは嫌そうだったが……。
「おまえが、教えてくれたのか……?」
地面を這う魔物が、触覚を左右に振ってくれた。
頷いた、のか? 少なくとも反応はしてくれたらしい。
どうやら魔物の中でもネットワークがあるらしく、この人間は安全、あの人間は危険と、情報を共有しているのかもしれない……。おれたちがダンジョンをマッピングし、共有しているように――魔物たちも人間を見ているのだ。
魔物に優しい人間は襲わない。
……積み重ねた小さな挨拶が、ここで活きてきた。
「……ありがとな」
体を撫でると、魔物の体がほんのりと熱を持ち、さささ、と壁の隙間に潜っていった。
「ね、ねえっ! 魔物、もういった!?」
「うん、いないよ。……レノ、助けてくれた子にその態度は失礼じゃ、」
「無理! まだ無理だからもう少しだけ時間をちょうだい!!」
言って、ぎゅっとおれの腕を掴むレノは、さっきから恐怖を誤魔化すために手近にあるものを拳で叩いているのだが……、レンタルしている防具なんだけど、気づいてなさそうだ。
あー、これも追加料金になるだろうけど……まあ、序盤で傷ついてくれれば、遠慮なくこの先も傷つけることができる。
レノはきっと「追加料金がまた追加されるでしょ!」と言うだろうが、死ぬよりはマシだ。
レノが期待していることは、自分の身を守ってくれる強い攻略者なのだろう……、それがおれ、なのだろうけど……。期待に応えるためには結果、防具を傷つけることになる。
防具かレノか。どちらを優先して守るかと言えば、レノである。
たとえレノ本人から「防具」を優先しろと言われても無理だ――できない。
守るものを守る。
道具の意味を殺すようなことは、おれにはできない――それこそ損である。
誰かを守ってこそ、防具なのだから。
その後、マッピングされていなかった横道を見つけ、その先で見つけた宝を持ち帰って換金し、一時的なお金持ちになったおれだったが――、レンタル店に防具を返しにいった時に、店主であるミサキに言われた一言は、分かっていながらも、かなりのショックだった。
レノは膝から崩れ落ちている。
おれは笑うしかなかった……あはは、働き損だなあ。
「……うん、溶けてぼろぼろ、使いものにならないから――買い取りだね」
収入以上の出費で、まあ、いつものように借金が増えた。
―― おわり ――
節約! ダンジョン攻略! 渡貫とゐち @josho
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