la musica è fantastica!

水神鈴衣菜

音楽の魔法

 ある日、スマホを見るとしばらく動いていなかったグループチャットから久しぶりに連絡が届いていた。

『お久しぶりです。突然なんだけど、みんなでホール借りて演奏会できるなら、やりたい?』

 本当に突然だなと思いつつ、もし演奏会ができるなら、いつぶりになるのだろうと思い返す。チャットのトーク履歴を見ると、前回は2年ほど前だったようだ。もうそんなになるのかと時の流れを感じながら、私はすぐそこに横たわっている私の長年の相棒をちらと横目で見た。

 飴色の艶のあるボディ、ぴんと張った弦、くるんと丸まった頭の部分。いつ見ても可愛い。大きな舞台で音を鳴らすのはなかなか出来ない体験だ。久しぶりにやりたいと、先程から何件か追加されているメッセージに、私もそのまたひとつを増やした。


 チェロという楽器をご存知だろうか。正式名称はヴァイオリンセロ、その名の通りヴァイオリンの仲間である。とは言ってもヴァイオリンよりも体が何倍も大きく、低く太い音が出るのだが。

 私はこの楽器を長らく弾いている。いつもは独りで、家で練習するばかりであるが、一応有志のオーケストラに参加している身だ。先程の連絡は、そのオーケストラのメンバーから。人数が集まったら、そこそこ大きなホールを借りて演奏するそうだ。

 どうだろう、人は集まるだろうかと少々心配していたが、あっという間にメッセージは何件も来、演奏に十分なメンバーが揃った。ホールは予約がなかなか難しいが、大きい方が取れたらいいなと期待していた。


『大ホール取れましたよ!』

 満面の笑みが見えそうな、そんなメッセージが送られてきたのはそれから数週間後。半年後に予約が取れたらしい。安心する一方、もう半年しかないのだと今から緊張してきてしまう。久しぶりの大舞台、頑張らなくては。


 曲を決め、皆で合わせて、というのを何度も繰り返して本番に備えた。メンバーは相変わらず上手だし、綺麗で豊かな音を奏でる。すごいと心で思いながら、こうして集まれることの素晴らしさを噛み締めた。

 そうしていつの間にか時間は過ぎ、もう本番、ステージ前。袖で待っていると少々緊張してきてしまう。大きく息を吸って、はあーと長く吐く。本番では楽譜の8割弾ければ上々だ、という私のモットーを思い出しながら、大好きな相棒を抱えて光が溢れるステージへと、仲間たちと一緒に向かった。


 * * *


 正直に言って本番の間のことはよく覚えていない。覚えているのは吹き抜ける優しく涼しい風と、指揮者の満面の笑み、全身に受ける拍手の波。

 あのホールは、音が返ってくるのだ。比喩のように聞こえるだろうが、本当に。指揮者が出てきた時の拍手の後、心地の良い音が飛んだ後、すっとホールにある涼しい空気が演者のところまで届いて、私の頬をすっと撫でていく。とてもいい瞬間だった。

 時折私も観客としてこのホールにやってくる時があるのだが、その時もこのを感じて、音が空気を震わせるものだというのは本当なのだと気付かされていた。そしてまた今回も。暑い舞台上が少し冷えるような、そんな気もするのだった。


 ラスト、某大きなオーケストラを真似て、観客も一体となって『ラデツキー行進曲』を演奏した。いつもより皆テンションがあがっていたのかテンポが速くなってしまったが、駆け抜けようという気持ちが皆一緒になって、終わり方がとても気持ちのいいものだった。わっと溢れる拍手。全員で立ち上がり、観客の方へお辞儀する。なぜだか涙が溢れそうになった。

 演奏は一瞬だった。時間を早める魔法にでもかけられてしまったかと思う程に。楽しかったし、お客さんも楽しんで帰ってくれたかなと思って、笑顔が止まらなかった。大成功としか言いようがない、そんな本番。私自身の演奏は楽譜の5割もきちんと弾けていたか危ういくらいであったが、全体として満点なのだからそれでいいだろう。

 音楽は魔法だと思う。人の感情を操る魔法。楽しい曲を聴けば楽しく、悲しい曲を聴けば悲しくなる。そして音楽を奏でる、そして聴く時間もまた、魔法に溢れた時間なのだなと思った。素敵な時間、また経験したいなと思いながら、本番後仲間たちと健闘を称えあった。

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