最終話 女流名人への道

 影山映莉が巻き起こした凄惨せいさんな事件から、早いもので3ヶ月が過ぎた。都田千恵が将棋をやめた理由を聞いた美化は退院後、宮古田カルチェに弟子入りを懇願した。


 美化の中に芽生えた強い思い。


 それは元々持っていた『女流棋士になる』を遥かに越えた高み、『女流名人になる』に書き換えられていた。


 それほどまでに都田千恵が将棋をやめた理由は壮絶だった。高校最強の実力を持ち、女流棋界での活躍も期待されていた彼女の突然の低迷と失脚。


 美化は都田千恵が成し得なかったいただきに、彼女を連れて行きたいと思ったのだ。


 『自分の将棋を変えたい』


 都田千恵の将棋のエッセンスを取り込むことで、彼女と共に戦い、頂点に駆け上がりたい。カルチェは数日悩んだ後、美化の願いを聞き入れた。


 現在、その頂点に君臨するは、都田千恵の実の妹。都田奈々女流名人!


 都田千恵が将棋をやめるきっかけを作ったその人物が、美化は許せなかったのだ。



 パチンッ!



 宮古田カルチェの棋力は10年のブランクをまるで感じさせなかった。現役バリバリの美化の将棋を、しなやかに可憐にねじ伏せる。 


「さっきの弱気な手はなに?」


「ちゃんと自玉の詰みがないか確認しなさいっ!」


「そんなんじゃ高校ナンバー1にはなれないわよっ!」


 美化は高校最後の全国大会で、圧倒的な実力を見せつけて優勝することが、無名の自分が女流棋士になる為には必要不可欠であると分かっていた。


 宮古田カルチェの指す将棋には、今までの自分には無いものが溢れていた。普通に女流棋士のレベルに到達している。美化は日々、感動の中で彼女との対局を重ねていった。


 7月。鈴姫高校将棋部の部長として、美化は部を全国に導いた。そして全国大会の個人戦決勝の舞台に辿り着いていた。


 相手は昨年の優勝者、陽志ようし端麗たんれい学院3年、辻岡つじおかるみ。無論、彼女も女流を目指している者のひとり。



「よろしくお願いします」


夜露死苦よろしくお願いします」



 辻岡るみ。その美しい見た目と相反した、超攻撃的スタイルが特徴。あまりの強さについた異名は『狂想きょうそうのアフロディーテ』


 ついに、高校ナンバー1を決める決戦が幕を開けた。


 パチンッ!


 先手、辻岡るみ、7六歩。 


 パチンッ!


 後手、渕山美化、8四歩。



(ここまで危なげなく勝ってこれた。決勝は予想通り、狂想のアフロディーテが来た。全国には影山レベルがゴロゴロいるし、辻岡さん相手に今の私の将棋でどこまで戦えるんだろう?)


 初の全国。初の決勝。


 相手は全国大会優勝者。


 宮古田カルチェとの対局を重ね、実力が跳ね上がったのは間違いない。とはいえ、自分の力がどの程度なのかは分からずにいた。


 とにかく、今、目の前にいるのは前大会覇者。自分の実力を測る物差しにはちょうどいい。美化はそう思いながら指し手を進めていた。


 戦型は辻岡るみの先手せんて中飛車なかびしゃに対し、美化が居飛車いびしゃで迎え撃つ。


 辻岡るみの攻める振り飛車びしゃを、美化は冷静にいなし続ける。そして、42手目。ついに攻めあぐねる狂想のアフロディーテの隙を突く一手が炸裂ッ!


 そこから辻岡るみは何もさせてもらえなかった。全国の決勝とは思えないほどの大差でボロボロに負けたのだ。


 その対局を見ていた者は言った。


 『残酷の居飛車』だと。












 渕山美化は、その決勝の圧倒的な内容を認められ女流になる為の登竜門『研修会』へ入ることが決まったのだった。


 





















──────3年後





 美化は女流棋士になっていた。


 そして今、盤を挟み、向かい合うのは都田奈々女流名人。そう、宮古田カルチェこと都田千恵の妹、その人である。


 生粋のしゃ党であった美化は、研修会に入ってからも、カルチェとの定期的な対局を欠かさなかった。


 そのうちにカルチェの指す、独創的な飛車びしゃも指しこなせるようになっていった。


 そして美化が女流棋士デビューを果たすと『カルチェ流振り飛車』は女流棋界に旋風を巻き起こした。


 美化は勝って勝って勝ちまくった!


 そして辿り着いたのだった。


 女流名人の座を争う盤の前に。












「都田奈々女流名人。どうも。渕山美化です。よろしくお願いします」


「ついにきたわね。カルチェ流。どこかでみたような陳腐な将棋ですけど……」


「ふぅ……」

(都田奈々! カルチェさんが将棋をやめるきっかけを作った実の妹。人の命よりも将棋を優先するってだけあって頭のネジが一本外れたヤバさと威圧感がハンパじゃない! ビビったら負ける……!)


 美化は震える左手の親指で、右手の合谷を押さえていた。


「えーっ、それでは渕山女流二段の先手でお願い致します」


「はい! お願いします」


「お願いします」


 カシャ! カシャ!……パシャ!


 女流名人位5期、女流棋界のくろ薔薇ばらの異名を持つ才華さいか、都田奈々と、『カルチェ流振り飛車』と『残酷の居飛車』そのふたつを使いこなし強敵、難敵を次々とぎ倒す脅威の新鋭、渕山美化との女流名人の座をかけた五番勝負は大注目で、マスコミの数も多かった。


 カメラのシャッター音がなんじゅうにも鳴る中、美化は初手を指した。


 パチンッ!!


 渕山女流二段、7六歩。


 カシャカシャカシャ!

 カシャ!カシャカシャカシャ!

 カシャ!














 ─────1ヶ月後








 





「早くっ! 早くっ! 行くよ〜! 美化ちゃ〜ん♡」


「是露先生っ! 待って! 待ってぇ〜!」


「遅れると宮古田さん怒るからっ!」


「カルチェさんだけじゃ済まないですよっ! ミサさんも『遅刻なんて礼儀がなってない』とか言いそうだし、ルウラさんだってお腹空くと激おこですからっ! 超ヤバまる〜!」




 バタンッ!




 美化は助手席に乗り込んだ。


「ではっ! 渕山美化『新・女流名人』誕生記念パーティーに出発進行だっ!」


「は〜いっ♡」



 ブウウウウンッ!!


 ブゥーンッ!!



 





 椿原是露のディープマリンブルーの愛車は、美化の大のお気に入りだ♡



 合谷    完



















─────────────


 これにて合谷完結です。


 長きに渡り愛読して下さったみなさん、本当にありがとうございました。


 無事に最後まで書ききり、妄想をちゃんと作品として仕上げる事ができました。読んで下さった方の応援のお陰です(涙) 感謝してもし足りないです。


 そんな感謝の気持ちを込めて、合谷の外伝を新たに書こうと思っています。


 内容はやはり、宮古田カルチェの過去のお話です。なぜ、将棋をやめてキャバ嬢をやる事になったのか?妹、奈々との確執とは?に迫りたいと思っています。


 気長に待っていてもらえたらと思います。また、近況ノートで進捗状況などもお知らせしますね。


 それでは、またっ!

 

 えくれあ♡でした。

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合谷 えくれあ♡ @331639

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