第112話 奇跡

 影山映莉は花壇に美しく咲く、季節外れの向日葵に向かってゆっくりと歩いていく。


 その時ッ!!


 ガチャッ!!


 その様子を見ていた井戸上ミサが、車から飛び出してきて信じられないくらいの大声で叫んだッ!


「カルチェエエ────ッ!! 影山をすぐに抑え込めえっ!! 早くっ!!」


「え? あ、はいっ!」


 カルチェが一瞬気を抜いていた間に、影山映莉は数メートル離れた季節外れの向日葵の横に立っていた!


 花壇のレンガに隠れて分からなかったが、足元には影山映莉の母親が横たわっていたのだ。


 もちろん、もう息はない。


 影山映莉は、母親に突き刺さっていた包丁を引き抜いて、自分の首に突き立てていた。


 カルチェは慌てて駆け寄ろうとしたっ!


「来るなぁぁあっ──────!!」


 影山映莉は首に包丁を突き立てたまま叫んだッ!


 その場にいた全員が固まった。


「僕は……みーちゃんを殺して自分の物にしようと計画した……でも、見事に失敗。もう生きてる理由もない。両親も殺してしまった……」


 ピーポー……ピーポー……ピーポー…


 遠くで救急車のサイレンの音がする。あと数分で到着するだろう。


「小6の夏休み。丸坊主にした僕を見て母は泣き崩れ、父は激怒した。殴られもした。あの日、君に出会わなかったら……僕はもっと早い段階で両親を殺していたと思う。みーちゃん……君は僕の太陽だった。そして僕は……その太陽を見続ける……季節外れの……向日葵だった……」


「影山……だめだよ……影山……」


 季節外れの向日葵越しに見えた影山映莉の顔は……紛れもなく、友として過ごしてきた彼女だった。


「みーちゃん……ありがとう。君に出会えて幸せだったよ。さようなら」


「だ、だめっ……か、影山ッ!」


 美化は、影山映莉の最悪な行為を制止しようと必死に声を絞り出した。しかし、それはあまりにも弱々しく、悲しいほどに意味をなさなかった。


 その刹那、影山映莉は自分の首に、包丁を勢いよく突き刺した。



 ブシャアアアアッ!



 影山映莉の頸動脈からの大量の出血で、あたり一面は血の海と化した。悲しげに咲き誇る、季節外れの向日葵も血しぶきで赤く染まった。そして、冷たい母に折り重なって影山映莉は息絶えた。美化はあまりの出来事に気を失ってしまった。



 2分後、救急車が到着。


 椿原是露、渕山美化、影山映莉の3名が病院へ搬送され、到着後まもなく、影山映莉の死亡が確認された。


 そして、ショック状態の渕山美化には精神安定の為の点滴が施され、重傷の椿原是露には緊急手術が行われたのだった。



















 そして、数日が経った。




 渕山美化はあまりのショックな出来事に見舞われた為、未だに入院を余儀なくされていた。口もろくに聞けず、ただひたすらに眠り続ける。なにも考えられない、満身創痍の状態だった。










 そしてさらに数日が経った。










 美化の容態はだいぶ回復。


 そして、今日は宮古田カルチェがお見舞いに来ていた。


「どう? もう、喋られるのよね?」


「はい……なんとか……」


「是露先生の事、聞いた?」


「いえ……怖くて……」


「そう……」


「カルチェさん。教えて下さい。是露先生は……無事……なんですか?」


「聞きたいの?」


「はい……覚悟は……できてます」


「分かったわ。教えてあげる。是露先生は…………無事よっ!」


「そ、そうなんですね! よ、よかったあ……」


「なんか、腰に巻いてたコルセットのおかげで……致命傷は避けられたんですって!」


「コルセット……? あっ! 是露先生、腰が悪いんだった!」


「それが幸いしたわね!」


「………で、影山はやっぱり……」


「そうね、あの出血では……病院には運ばれたけど……既に……」


「私は……どうしてあげたらよかったんだろう……」


 美化の瞳から、ポタリ、ポタリと静かに涙がこぼれ落ちた。そんな美化に優しくカルチェが話しかけた。


「影山さんはあなたに恋をしていたのね……」


「まったく気づかなかったし……トランスなんとかなんて……」


「トランスジェンダー? そうなの?」


「はい……影山は自分は男だって……言ってました。小学6年の時から私の事が好きで……あんな事……」


「そういう事……そうね、環境によっては悩みすぎたり、自己嫌悪になったり、時には影山さんのように自ら命を絶ってしまう人もいる。それは現実にある話なのよ」


「ぐすん……」


「影山さんが犯してしまった今回の件。それに関してはLGBTは特に関係はないと思うけど」


「そ、そうです……か?」


「彼女が普通に男性として生まれてきていたとしても、今回の様に行き過ぎた行動をとってしまっていた可能性はかなり高かったと思うわけよ」


「そっか……性別の問題じゃなくて……人としての問題って事なんですね……」


「そういうことよ。誰もが陥る可能性はあるわ。それだけこの世界には闇が蔓延ってる。美化さんが今こうして生きているのは奇跡的な事かも知れないわね……」


「奇跡……?」


「そうよ。前にあなた言ってたわよね? 残酷のネル・フィードを手に入れてから運命が変わった……みたいな事……」


「あっ……確かに残ネル買ってなかったら、是露先生ともカルチェさんとも会うことはなかったって……言いましたね」


「そう、その残ネルを美化さんが購入しなかったら……影山さんの今回の計画は……なんの問題もなく……遂行されていた……という事になるのよ」


「そ、そっか……」


 美化は唇を噛みしめた。


 残ネルを買い、ハマりにハマって肩が凝り、整骨院に行き、椿原是露の存在を知り、恋をした。それが影山映莉の計画の歯車を狂わせた。


 は嫉妬し、苛つき、冷静さを欠く。


 そして鳩や猫を殺し、それを公園に遺棄するという異常行為に走り、結果、現場にスマホを落とすという失態をおかす。


 そのスマホを拾ったのが、井戸上ミサ。その彼女と引き合わせてくれたのが宮古田カルチェだった。


「本当に……奇跡ですね。なんとか……影山を救える奇跡が起こせたなら……よかったのに……」


「美化さん……」


「初めての……友達だったのに……親友に……なりたかったのにっ……こんなのって……う、ううっ……」


「そうね……思いっきり泣きなさい」


 カルチェは美化にハンカチを手渡した。そのハンカチからは仄かに香水の香りがした。






 美化は泣いた。


 思いっきり泣いた。





















「んはぁ……」


「大丈夫? 美化さん」


「つらいですし、寂しいです。でも……生きてかなきゃ……影山映莉の分まで」


「そうね。美化さん。その気持ち大事よ。忘れないようにね」


「本当に……いろいろあったな……」


「私とも出会っちゃったものね」


「なんか不思議……なんであの宮古田カルチェが私のお見舞いに来てるの? って感じ」


「最初……かなり睨まれた記憶があるわ」


「当たり前ですよ。私の恋路を邪魔する女。宮古田カルチェ……でしたからね」


「そ、それはこっちのセリフよ! JKなんかに邪魔されてたまるかって……最悪の気分だったわ」




「ははは……」「ふふっ」



 2人は目を合わせて笑った。


 そして、美化はおもむろに言った。


「ねぇ……、ひとつ聞いてもいいですか……?」


「千恵さん? ふふっ……なあに? なんとなく分かったわ……」







「都田千恵は……なんで将棋……やめちゃったんですか?」








「ふふっ。やっぱりそれ? はぁ……そんなに聞きたいの?」


「はい」



「そう……長くなるわよ? 覚悟はいいかしら?」


「はい。是非……聞かせて欲しいです」



 宮古田カルチェは窓の外の景色を眺めてから話しを始めた……。







「そうね、あれは私が17歳の……


























  エンディング曲

 「風と丘のバラード」














 美化の病室からは桜並木がよく見えた。ヒラヒラと舞う桜の花弁はなびらが、まるでなにもなかったかのように景色に色を添えている。



 初めての友と過ごした輝いた日々。


 運命的な初恋。


 大人の女性への嫉妬と憧れ。


 そして、友との別れ。


 その中で手にした新たな宝物。


 友の存在の大きさ、恋の与えてくれるものの尊さ、人と人との繋がりの大切さ。


 これからも、様々な経験を吸収して美化は美化らしく、なにがあろうと攻めの一手で自分の道を切り開き、成長していくだろう。


 強く、生きていくだろう。




















 ─────────────


 合谷、お読みいただきありがとうございました。


 作者のえくれあ♡です。


 エンディング曲の「風と丘のバラード」は私の大好きな曲です。是非、フルで聴いてみて下さい。YouTubeで聴けちゃいますので。


 さて、カルチェさんが自分の過去を語り始めた所で終わりとなってしまいましたね。実は……まだ続きがありまーす!


 次回が合谷の最終回となります。


 果たしてどのようなラストになるのか?楽しみ待っていて下さいね!

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