第111話 運命の赤い糸

「どうでもいい、どうでもいい、どうでもいい、どうでもいい……!」


 苛つき気味にサバイバルナイフを上下に振りながら、狂気の影山映莉は2人に近づく。


 是露は意識朦朧の美化を守りながら、広い庭の方へ後ずさった。


「おいおい。王子様気取りかよ? 椿原是露! 俺はあんたを殺したい衝動がさぁっ! 抑えらんねぇよっ!!」


 影山映莉はサバイバルナイフの刃先を是露に向けた。


「影山さん。落ち着くんだ」


「はあぁあ!? 俺のみーちゃんの心をさあ! たかだかゲームの話で盛り上がっただけで、あっさりかっさらいやがってっ! タイミング最っ悪っなんだってっ! 残酷のネル・フィードなんてなければっ! すべてうまくいってたっ! 完璧なはずだったんだっ!! それをぉ……!」


「分かった。ちゃんと話そう。君から美化ちゃんを奪うようなことはしないよ。だから落ち着いて。ナイフを渡すんだ。ねっ?」


 是露は影山映莉に優しく語りかけた。だが、是露は分かっていなかった。今、目の前にいるのが、パーフェクトくそ鬼畜モンスターだということを。


「先生、本当? みーちゃんを取らない?」


 モンスターはその姿を『可愛い女の子』に変えて言った。


「当たり前だよ。そうだ! 今度ね、日帰り旅行に行く予定だったんだ。3人で行こうよ」


「私も行っていいの……?」


「うん。だから、ナイフなんて持ってちゃだめだ。ほら、貸して」


「ごめんなさい。私、本当に……」


 そう言いながら、ゆっくりと是露に近づく影山映莉。ナイフを是露に渡す動作をした。







 グサアッ!!






「うああっ!! なにをっ?」


 影山映莉はナイフを是露の手に渡すことなく腹部に突き刺したっ!


「はあ? 日帰り旅行? 行かせるわけねえだろ。馬鹿か」


「か、影山、さん……」


「あはははッ! くたばれっ! 椿原是露ッ! ざまぁみろっ!!」




 その時っ! 勢いのいい車のエンジン音が影山家に向かい、坂を登ってくるのが聞こえたっ!




 ブゥゥ──────ンッ!!



 キキィッ!!!


 ガチャッッ!!





 赤の愛車で宮古田カルチェが到着。


 石階段を駆け上がり、錆びた門扉を抜け、影山家の広い庭へとやって来た。


「なによこれっ……!?」


 坊主の影山映莉。腹にナイフが突き刺さりうずくまる椿原是露。その後ろには意識朦朧の渕山美化。


「ルウラーッ! 救急車呼んでッ!!


「了解っすー!!」


 宮古田カルチェは頭が混乱しながらも、素早く救急車を呼ばせる冷静な判断を下す。そして、影山映莉を睨む。


「影山さん。あなたがやったのね?」


「だったらなんだよ。ひっこんでろって、ババアは!」


 そのの一言に宮古田カルチェはブチ切れた。




 ──────ズドォッ!!



 見事な回し蹴りが影山映莉のみぞおちに炸裂した!


「げはっあっ! な、なにすん……」


 続けて前屈まえかがみになったところへ顔面蹴りっ!!



 ──────ドカッ!



「ぶはっっ!!」



 ドサッ!!


 影山映莉は鼻血が噴き出す顔を押さえながら仰向けに倒れた。


「私はババアではないわ。訂正しなさい」


「くそ、くそ、くそおっ! どいつもこいつも俺とみーちゃんのを邪魔しやがってぇっ!!」


「運命の赤い糸? まったくそうは見えないわね。どちらかと言えば、ネバネバでうっとおしい蜘蛛くもの糸じゃない? 今の美化さんを見れば分かるわ」


 そう宮古田カルチェが言った瞬間、美化は目を覚ました。目の前には腹部にナイフが刺さり、血を流す是露。


「是露先生! やだやだっ! なんでっ! なんでっ!?」


「美化さん! 下手に動かしちゃだめよ! 今に救急車が来るからっ! そっとして!」


「は、はいっ、で、でもっ! どうしたらっ……!」


 美化は地面に両手をついてうなれた。


「み、美化ちゃ……ん」


「是露先生っ!!」


 美化は是露の正面に回った。


「美化ちゃんが、無事でよかった。も、もう、大切な人を失いたくない……」


 それだけ言うと、是露は意識を失った。


「先生っ? 先生っ!! 救急車、はやく! 早くしてえっ!!」


 そんな2人を見ながら、影山映莉はゆっくりと立ち上がった。


「まったく見せつけてくれるね。こっちの方こそ長年の計画がぶち壊されて泣きたいよ……」


「警察も呼ぶ。自首しなさい!」


 強い口調の宮古田カルチェに、影山映莉は鼻血まみれの顔で言った。


「バカなことを言うなよ。僕はね、みーちゃんと一緒になって死ぬ予定だったんだ。神聖な儀式が行われるはずだった。それなのに」


「そんなことはもう無理なんだから諦めなさい。あなたを待っている世界は決して暗闇ではないわ。さっさと目を覚ましなさい!」


 宮古田カルチェのその言葉を聞いた影山映莉はニコッと笑った。


「宮古田カルチェ。あんた思ってたよりいい人だったんだね。びっくりしたよ」


「そんなこと自負してるわ」


 影山は是露に寄り添う美化を見た。


「みーちゃん。君と友達でいられた数ヶ月は本当に夢のようだった……」


 そう言って、影山映莉は庭の花壇の方へ歩いて行く。


「か、影山……」


 美化はそれしか言えなかった。もっと声をかけたかった。しかし、声が出なかった。ただひたすら、気持ちを落ち着かせる為に、是露の教えてくれた合谷を、爪が食い込み、血が滲むまで抑え続けることしかできなかった。

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