あい鍵~『鍵』後日談~

三毛猫マヤ

あい鍵

朝、寝苦しさに身動ぎして目を覚ます。

「おはよ~、ナギちゃん♪」

くぐもった声がお腹の辺りから聞こえてきて視線を向ける。

もぞもぞ布団がうごめいてから、ひょこり。

チンアナゴよろしくお姉さんが布団から顔を覗かせる。

いや、近い近い近い!!

眠気が一気に吹き飛んで、内心焦りながら目を閉じて深呼吸。気持ちを整える。

と、頭に疑問符が浮かんでくる。

『あの……お姉さん?』

「あたしのことはナミちゃんって呼んでって昨日言ったでしょ~。もうあたしたち、、じゃぁ、な、ないん…だから……」

自分で言ってて恥ずかしくなったのか、言葉の後半がもしょもしょとなり、布団にのの字を書き始める。

白く細長い指先が布団に埋もれながらうねうねと螺旋を描いている。

指先に見とれそうになるのを堪えて訊ねる。

『そ、それよりも、私の部屋に入れるんですか?』

ぴたっ。うねっていた指先がピンとダーツみたいに突き刺さる。

昨日私は合鍵を回収して、施錠をして眠った。なのにナミは布団の中に潜り込んでいる……。

「えへ♪」

冷や汗をかきながら微笑みかけてくる。

『質問に答えてください』

「ん~?」

ほっぺたに人差し指を乗せてこてんと傾げる。さっきの態度から図星なのはバレバレなのに諦めが悪い。そしていちいち動作があざと可愛いなぁ、チクショウッ!

一目惚れだった自分にとって、その破壊力は絶大だった。

胸がきゅぅっと縮こまるような感覚と同時に頬が熱を帯び始める。

顔を背けながら、横目でちらりと見据え、手を差し出す。 

『んっ!』

「へ?」

『んっ!んっ!』

なんか某アニメの少年がクラスメイトに傘を突きつけるやりとりみたいになってしまった。

「お手?」

わんと吠えて、ナミが手のひらを重ねる。

『違う!……て、ちょ、手のひらをさわさわしないでください!』

「わ~、ナギちゃんの指すべすべ~、小ちゃくて可愛い~♪頬擦りしちゃおーっと」

だ~か~ら!近いこそばゆい、近い気持ちいい、近いあざとい、近い可愛い、近い好き好き大好きっ!!

寝起きそうそう感情の触れ幅が酷すぎて、混乱しそうになる。いや、混乱してる、うん、混乱してることにしておくことにしようと思います。ということで混乱した世迷い事という設定でよろしくお願いします。

『あ…んぅっ……、も、もう、やめて!それより鍵はどこですっ?!』

「合鍵?欲しいの?」

『当たり前です。出してください』

「はい♪」

チャリッ。

『ふう』

ようやくナミのさわさわ頬擦り攻撃から解放され、残念な気持ち……ないない。うん、ないよ。だから、ないってばよ!

ひとつ息を吐いて鍵を見ると、少し形が違う……ような……?

「あたしの愛鍵だよ。英語でいうとラヴ・キー。これでいつでも遊びに来られるね!」

『なんでそうなるんですか!この部屋の合鍵ですよ!!』

「え?あー、そっちかー」

『ほら今、そっちって!そっちって言いましたよねぇ?!』

「な、何のことぉ~?阿蘇ッチって言ったんだよー、阿蘇ッチ。阿蘇山を模したゆるキャラだよ、こんな感じの~」

指先で布団にうにょうにょ描いている。

『そんなウソに騙されませんよ!早く返してください!』

「ナギ~っ!ナミ~っ!起きろー!朝ごはん出来てるぞ~!」

階下からお母さんが呼ぶ声が聞こえてくる。

「お、ごはんごは~ん♪」

これ幸いと、ナミがするりと布団から抜け出してゆく。

『あ、コラ!まだ話は終わってない!!』

急いで追いかけようとして、布団に足を引っかける。

『わっ!』

「おっとと、危ない」

転びそうになったところをナミに抱き付く形で受け止められる。

「大丈夫?」

『う、うん。その…あ、ありがと…』

「ふふ、どういたしまして♪」

そのまま、ぎゅうっとハグされる。

ふわりと、ナミから甘い花の香りがする。

…いい匂い……もっと……近くで……。

胸の音がトクントクンと速度を増してゆく。

私はナミをより強く感じたくて、そっと背中に手を這わせて、きゅっと抱き寄せた。

ううぅ……。

うまく言葉にならない表現が胸の辺りで渦を巻いている。

あるいはこの想いが、『好き』や『愛してる』という意味なのかな……?

言葉にしてしまえばそんな簡単な表現しかできない自分がもどかしかった。

ナミの暖かく柔らかな膨らみに顔を寄せると気持ちが安らいで来る。眠気に似た心地よい感覚が訪れてくる。

ナミが櫛でとかすように私の髪をすいている。

気持ちいい……このままずっと、こうしていたい……。

ふと、ナミとハグしたまま眠ったら気持ちいいんだろうなぁと、思った。

『あ、あの、あのね……な、ナミ……ちゃん』

「なぁに?甘えた声なんて出したナギちゃん」

優しさに僅かな意地悪を含んだ声音に息が一瞬つまり、かぁっと熱を帯びる。

否定したいけど、そうするとその感情を自分が認めてしまうことになってしまう。

でも、そう感じている時点で手遅れだった。

『その、こ、今度……こうやって、ハグしたまま……ナミちゃんと、ね、寝たい……』

「……」

僅かな沈黙……それがすごく長く感じる。

耐えられず、声をかける。

『ちょ、ちょっと、だ、黙らないで。な、何とか言ってよぅ……』

「……んー、ま、いーけどさぁ。条件があるかな~」

ふふんとナミが意地悪な笑みをする。

『じょ、条件って?』

「…私がその時にチューしても止めないこと」

『え?ええっ?!な、何その条件』

「嫌ならしてあげなーい」

つーんと、顔を反らす。

このままだと、この話が断られてしまう気がした。

む、むうぅっ。

焦りと恥ずかしさに悶えそうになりながら、数時間前にファーストキスを奪われたことで、僅かな勇気を得て、強がって見せた。

『べ、別にぃ、へ、へーきだし!』

「そう?じゃあ、今夜また来るね♪」

『え?今日なの?』

「ん?だめかな?」

『だ、だめじゃあ……な、ないけど』

その、こ、心の準備とか……。

――ガチャリッ!!

「おい、いい加減起きないと、遅……」

ドアを開けたお母さんが私たちを見る。

正確には抱き合っている姉妹を。

「あ、あんたたち……っ!!」

『お、お母さんっ!!こ、これは……』

あせあせとナミから離れて固まったお母さんを見る。

と、お母さんがナミの前に立ち、左手を大きく掲げる。

ナミが叩かれる!

そう思い、ナミを庇うように間に入る――パチンッ!!

大きな音が響いた!

あれ?痛くない。不思議に思い目を開いた。

「わーい!」

「いえーい!」

うれしそうに微笑むナミとニヤニヤ顔のお母さんがハイタッチをしていた。

え?ハイタッチ??

「お母さん、あたしやったよ!!ナギちゃん落としたよーっ!!」

「おう、やったなー!昨日アタシに宣言した通りにやってのけたか!栗の入った赤飯炊いてあるから食べようぜ!」

「わーい、栗入りおせきは~ん!」

そして今度は、グータッチ!

『…えーと、こ、これは、ど、どういうこと?』

唖然とする私を見て、ナミが満面の笑みでピースサイン☆



「ナギちゃん、これで家族コーニンだね♪」







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