大便場

高黄森哉

サラリーマン

 私めが、発展途上国へ訪れたのは、ビジネスのためであります。資本主義経済を取り入れたばかりのこの国は、外資の獲得のために、海外資本への優遇を行っているのであります。そこで、我々、日本セラミックが駆け付けたのであります。


 私めは仕事を終えると、ホテルに案内されました。そこはとても貧相に感じました。通訳によると、ここは国で一番のホテルなのだそうです。気になったのは便所だけがやけに綺麗であったことでございます。


 さて、暑いこの大地に焼かれ体がぬるぬるしていた私めは、通訳と土地を回ることにしました。大蛇が出るという夜までは、まだまだありましたし、この国の風俗、すなわち土地柄を知りたくなったのです。


 通訳が案内したのは、この国の文化をよく表すという、ある建物でした。それは銭湯に見えました。私めは喜びました。丁度いいところに、いいものがあったと。それに、私めの祖国と同じ文化があることに親近感を覚えました。


 暖簾をくぐると、フロントがあります。これは、ホテルのそれより百倍豪華なものでありました。中は涼しく、清潔でありました。私めがこの国でみた何よりも綺麗な場所です。


 男湯のほうへ案内されます。そして、脱衣所で着替えます。通訳は私に、抵抗はないのですか、と尋ねました。私は、日本にも同じ施設があるのです、と返しました。彼によると、ここへ来る外国人の多くは、この国の文化に不快感を示すそうです。


 私は脱衣所のくもりがちな半透明の戸を引きました。そのとき、私めは、眼の前に広がる、光景に卒倒しそうになったのです。巨大な広場、その真ん中にあったのは、大浴槽、ではなく、大便所であったのです。


 巨大な円の周りに男が並んでおります。円は漏斗状となっていて、絶えず水が流れております。ですから、匂いなどは微かにしかしません。香水などが焚かれているのも一つの要因でしょう。


 私めは、驚きましたが、次第に受け入れる気持ちが出てきました。よくよく、考えれば、銭湯だって変な文化です。人へ裸を見せ、同じ湯を共有すること、それは恥ずべきことであります。多くの文化では個室で独りで済ませるものなのです。排せつとどこまで違いがあるのでしょう。人の残り湯をに全身に塗る行為より、直接的な接触がない分、衛生的かもしれません。すっきりする、という点でも似ています。


 それに文化が受け入れられた時のあの喜びを知っています。私めは彼らにとっていい人でありたく思いました。それに、喰わず嫌いはいかがなものですか。体験せず、批判するのは、愚の骨頂であります。


 私はヘリから体を突き出して排泄をしながら、通訳へ様々な質問を投げかけます。この文化の成立はいつか、下水はどこへ通じているのか、混泄はあるのか、衛生面は大丈夫なのか。


 質問を通して分かったことは、この大排泄場の成立は古く紀元前に遡る事、下水は一か所に集められ日光消毒の後に肥料にされること、混泄はありしばしば性交の場になること、衛生面は厳しく管理されていること、であります。


 私は排泄場を回りました。様々な形式の便所がありました。ヒノキの便所、壺つまり汲み取り式便所、和式洋風便所(ジャグジーのような扱いでしょうか)、集団式便所、温式便所、乾式便所、肉便所、変わったところでは滝の便所がありました。



 私めは近く祖国へ帰ります。そこで、この風習を持ち帰ろうと計画しています。わが社にも協力願いします。出来上がった暁には、来店排泄祭を開きましょう。日本で営業するには、ある注意書きをしなければならないでしょう。それは銭湯で見られる違反行為と同類なのです。全く違わない迷惑行為です。そういうこと銭湯でする客は、我が店でも、違反をするに決まっています。

 



 ――――――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

大便場 高黄森哉 @kamikawa2001

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る