老いらくのはつ恋

ヤチヨリコ

老いらくのはつ恋

 これは生涯に一度とないような、はつ恋だと想う。

 「最初が肝心なんです」と、山本さんは言う。いままで恋愛なんかしたことない癖に、気取ってそういう風に言うのだ。

「そういうものなんですか」

「そういうものです」

 爽やかな風が吹く。タンポポやシロツメクサや水仙が歌って、蜂や蝶が舞い踊る。

「いい日和ですね」

「いい日和です」

 石造りの道を行く。二人で行く道、歩く道。幼い私に老いた彼。

 しわくちゃでペンだこのできた手に、太っちょな私の指を絡めようとすると、するりと抜け出されてしまった。

「まだ、ね。まだまだです」

「そういうものですか」

「そんなもんです」

「恥ずかしいのですか」

「手を繋ぐ 昔恥ずかし 今は懐かし」

「字余りですね」

「字余りです」

 いつも固く結ばれたその口元を綻ばせて彼は照れくさそうに笑う。

「真波さんは短歌を詠んだことはありますか」

「学校の授業でなら」

「もし、さっきの続きを詠むとしたら真波さんはどうしますか」

 私はしばし悩んだ後、こう続けた。

「老いた貴方と 幼い私」

 私は山本さんと会う日はいつもこう考える。いつまで彼と過ごせるのだろう、と。

 とはいえ、まあ。今日のような小春日和の気持ちいい日を過ごせるのなら。とりあえず、そこに山本さんと共に私が歩んだ時間があるのなら。

 私はそれでいい。そう思っている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

老いらくのはつ恋 ヤチヨリコ @ricoyachiyo0

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ