電脳世界の僕たち2

ゴエモン

電脳世界の僕たち2


 生まれた時から私の国は戦争していた。国のために男は強くなり兵士として戦い、女は労働し奉仕し子を産み育てよが正義の世界だった。

 その戦争は終わり我が国は戦勝国として大いに躍進し、富国強兵をさらに推し進める政策をとった。

 やがて、私は国から定められた伴侶の子を産み育てた。

 そして、次の戦争では私の国は負け、ほとんど会ったことがない名目上の夫が戦死した。悲しくはなかった。国は荒れ、内戦が起きたせいで悲しむどころではなかった。

 ロクな仕事もなく女の私の出来ることはたかがしれていた。子供は兵隊として連れて行かれ、戦死したという電報だけが届いた。不思議と涙も出なかった。

 そんな内戦も終わった。一人の指導者が現れ国を一つにまとめ上げ強く導いたからだった。その指導者は世界に名を轟かせた。国内を恐怖と虐殺で支配した独裁者という不名誉な称号がついて。

 僅かな間は争いがなく落ち着いた。笑うことも泣くことも禁止され、ただひたすらに国に奉仕することを誓わされていたが。

 再び内戦が起き私は政府軍として戦わされた。その内戦は他国の介入により、反政府軍の勝利で独裁政権は終わった。私は戦犯として差別され冷遇された、泣くことさえ許されなかった。

 時が経ちそんな扱いが非道とされ、落ち着く頃に私は既に老婆と言われる年齢となり、身体も思うように動かない孤独な生活が続いていた。

 世間では老いた肉体は義体という人工的な身体に変える医療技術があるそうだが、私はなんら興味がわかなかった。

 暫くして意識を失った。気付いた時は病院だった。そう先は長くないと宣告を受けた。



 涙は流れなかった。



 私の心はようやく安堵に包まれたのだから。



 ◇    ◇    ◇    ◇    ◇



 電脳世界は素晴らしい。こんな美少女と出会いそして付き合えてしまうのだから。彼女と出会ったのは、電脳世界の学校だった。たまたま隣に座った女の子だったんだけど、あまりの可愛さに声をかけたのがきっかけだ。

 彼女はアンネといって子供っぽい性格だ。学校の帰りに寄るチェーンのハンバーガー屋でも、100円均一のコスメショップでも、UFOキャッチャーでとったぬいぐるみでも、見たこともない程の喜びにあふれた笑顔を見せてくれる。この前は河川敷を自転車二人乗りで走っただけでそれはもうはしゃいでいた。毎日を楽しそうに生きるところに僕はますます惹かれた。

 え? そんな彼女はヴァーチャルだって? そう思うだろ。でも違うんだなこれが。彼女はリアルに存在し、この世界のどこかに住んでいるんだ。年齢とか容姿はわからないけど、彼女はそれを気にさせない程に凄い魅力的だ。いつかタイミングが合えば会ってみたいな。たぶん驚くだろうな、僕はこれでも世界でちょっとは名のしれた若手アスリートなんだ。



 ◇    ◇    ◇    ◇    ◇



 電脳世界は素晴らしい。私は今幸せの絶頂を迎えているかもしれない。電脳世界では現実世界と同じ様に電脳世界での恋人を作るのが当たり前だ。それを嫌がるカップルも多いだろうが、蓋を開けてみれば皆んなコソコソやっている。しかし、私は現実世界では個人投資家として仕事一辺倒でそれなりの資産を形成するに至ったが、奥手な性格が災いし、いい歳までまともに恋人を作ることは叶わなかった。そんな悩み事を電脳世界のBARでマスターに打ち合けたら、カウンターに座っていた私と同じように奥手で美しい女性を紹介してもらい、とんとん拍子で付き合うことが出来たのだ。

 彼女はアンネという名で、美しさに慎み深く礼節をわきまえ深い教養と博学な知識を持ち合わせていた。最近の流行りや芸能事情は苦手なようだが、それはこの世界では当たり前だ。様々な国と文化をもった人間がやってくるのだから。もちろん彼女はヴァーチャルなんかじゃなく現実世界に存在する人だ。リアルではいったいどんな人なのだろうか?



 ◇    ◇    ◇    ◇    ◇



 電脳世界は素晴らしい。まさか本当に “のじゃロリ” 女子と付きあえるとは! 拙者は自他共に認める重度のオタクであってな、アニメマンガゲーム特撮なんでもござれの映画監督。そんな拙者が異世界ハーレムゲームの世界で知り合ったこのアンネというキャラは、おっと、この女子は “のじゃロリ” 言葉で会話をしてたでござる。拙者“のじゃロリ” 属性は性癖に直撃するほど大好物でして、ハーレムゲームなのにこの子メインで一心不乱で話しかけて付き合うまで見事にクリア! まあ、心の内では “はいはいよくある属性のキャラ” とどこかで思っておったら、プレイヤーの一人であったでござる。今思えば浮世離れしてるところがあったかもしれないの。

 リアル世界に “のじゃロリ” 言語を使いこなせる女性がいるとは興味津々であるな。

 


 ◇    ◇    ◇    ◇    ◇



 このアンネという女はリアルでは寝たきりババアらしい。もう余命宣告を受けあと僅かな命だと。


 ふざけんな。 


 最初の出会いはラリアットだった。いやラリアットだと思ったらネックブリーカードロップだった。

 なんの話しかと言うとストリートファイトのゲームの世界だ。ステゴロで街のチンピラ気分で殴り合うゲームだが俺はこれにハマった。そりゃもうハマった。その時出てきた対戦相手がコイツだ。いきなりやられてKOされた。

 この女は美しく身も心も強かった。何度か対戦するうちに、俺はこの女にハマり本気で付き合いたくなった。そして必死で口説き落とした。付き合ってるときは楽しかった。時にはお転婆な少女のように、時には、俺を包み込む大人の女性のように。なのに、しばらくしてからあのセリフだ。

 ふざけんな。そんなこたあ最後まで黙ったままフェードアウトすりゃいいものをよ。寝たきりババアと付き合ってたなんて思い出しただけで反吐がでそうだ。

 あ〜あ、冷めちまった。リアルに戻るか。スタジアムの公演も控えてるしな。アイドルなんて俺の性に合わないぜ──



 ◇    ◇    ◇    ◇    ◇



 電脳世界はなんて素晴らしいのだろう。こんな身体も動かず老い先短い老婆が、まだ自由に動けるなんて。あの頃では想像も出来ないほどの色んな容姿やファッションを楽しめるなんて。私は年甲斐もなく遊んだ。

 ある時は学園生活の青春を楽しみ、ある時は大人の世界を楽しみ、ある時は恋愛ゲームを楽しみ、ある時はスポーツを楽しんだ。どれもこれも私には新しく、眩しく、そして切なかった。

 そこで出会った男性達と恋をした。言われるがままに四人と付き合ってしまった。仮想の世界だからといって、いけないことだ。でも楽しかった。そして罪悪感を覚えた。

 医師から命が残り僅かであると知らされたとき、男性達に別れと自分が余命宣告を受けた身であることを告げた。

 落胆、放心、虚無、怒り。反応はそれぞれだった。それでも、自分がいる病院を教えてしまった。


 無理だとわかってる。

 駄目だとわかってる。

 誰も来ないとわかってる。


 一人でもいい。

 花の一輪でも手向けてくれたなら、なんて希望を持ってしまった。

 みっともない。電脳世界は残酷だ。こんな老いさらばえた女に希望を与えるなど。

 電脳なんて付けずにそのまま死ねばよかった。こんな私に、まだ生きたいなんて、思わせてしまうなんて──




 電脳世界よ



 さようなら



 ありがとう



 

 不思議と涙が溢れていた。


 



 ◇    ◇    ◇    ◇    ◇




「こんにちはアンネさん新しい体の気分はいかがですか? 動揺するのも無理はありません。意識を失ってから『過去謂れなき戦犯扱いと差別された人達に対する償い及び延命措置』にアンネさんは認定されましたので、こちらでとびきり上等の若くて綺麗な女性の義体を用意させてもらいました。見た目も動きも人間となんら遜色もなく、ご飯も普通に食べられますぞ。さて、ご報告がありまして、アンネさんの意識が戻らない間に面会のお客様がいらっしゃいましてね、皆様自称アンネさんの恋人と申しておりましたぞ。え? 皆様……とは? ええ、なにせ四人もおられましたからな」

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