餅を数える

簪ぴあの

第1話

 お正月が終わって、三学期の始業式の日。

「きっこちゃん、お疲れさんやったなあ。」

「とこちゃん、久しぶり。近所やのにちっとも会えへんかったなあ。」

小学校三年生の私達が、まるで、おばちゃん達のような会話だ。

「ほんま、冬休み、もうちょっと、なごうしてくれへんかったら、疲れがとれへんわ。」

「きっこちゃんとこは、相変わらず大変やな。本家に集まって餅つきしてはったもんな。ぎょうさん、お餅、丸めたんやろ。親戚の分も。」

「とこちゃんとこは、合理的でええなあ。餅つきは家族だけでしたほうが楽しいで。」

「まあ、うちは、ちょっとわけありやから。せやけど、きっこちゃんとこかて、十分わけありやのにな。」

「今回もやらはったわ。」

「おばあちゃんの、餅数え。」

「せやで。お皿と違うで。お餅、数えはるんや。」

「皿は怖いやん。お菊さんの怨念がこもってるもん。」

「せやろか。お餅にかて怨念、こもってるで。ほんまは、お前のとこにはやりとうない、やりとうないって……」

「きっこちゃんのお父さんはほんまやったら、跡取りで、本家に住むはずやったんやな。それが、赤ちゃんの時に実のお母さんが亡くならはって、今のおばあちゃんがお嫁に来やはった。今のおばあちゃんに二人子供ができはったから、きっこちゃんのおとうさんは、結婚して、近くに分家しやはったんやろう?」

「そうや。でも、お父ちゃん、俺が長男やて威張ってるから、話がややこしいねん。『遠慮せんかてええ、米、機械つこうて作ってるのは俺や、お前ら、餅、いっぱい食べ。』て言うもんやから……」

「それで、どないしたん?」

「弟の武志が、お餅食べてしもてん。つきたてで柔らかいさかい、お腹はこわさへんけど。よりにもよって孝子おばさんとこにて、おばあちゃんが分けたとこから。」

「そら、えらいことや。おばあちゃんにしたら自分の娘のとこにたくさんやりたいわな。」

「武志はまだ四歳やろ。あの子に事情がわかるわけもないし……おばあちゃんが孝子おばさんとこのお餅数えて少ないのがわかったから、大変やってん。あわてて隠したわ。」

「何を?」

「両手にお餅持って、口のまわり、粉だらけになってる武志を私の後ろに隠してん。」

とこちゃんはお腹をかかえて笑った。

「たかが、お餅のひとつやふたつ、何やねん、ほんま、継母っていけずやなあ。きっこちゃん、おつかれさん。」

うちの事情をよく知っているとこちゃんはいつも慰めてくれた。

 そのうち、おばあちゃんの生んだ息子の弘志さんがお嫁さんをもらって、うちの家と本家はだんだん疎遠になった。餅つきも、とこちゃんの家のように家族でするようになった。


 それから二十年後、父の継母のおばあちゃんはあっけなく亡くなった。畑から歩いて帰る途中、車にひかれたのだった。

 お葬式には三歳の娘を連れて参列した。継母らしく、なさぬ仲の父の娘である私の結婚式には出席しなかったし、子供が生まれても知らん顔だった。

 農家に後妻として嫁ぎ、ぜいたくな暮らしとは縁遠く、死に化粧で、口紅をひきながら孝子おばさんが泣いていたのが印象的だった。


 私の娘はお餅が大好物。今は、スーパーで簡単にお餅が買える。夢中でお餅をたべる娘を見て、あの人は、自分の子供や孫達にお餅を食べさせてやりたかっただけなのだろうと思う。


 お菊さんと一緒にしてごめんね。


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