金糸雀の館

星宵 湊

金糸雀の館

目が覚めると見知らぬ洋館のソファーに寝ていた。高級品なのだろうがカビ臭い。この洋館は放置されていたのか所々に埃が積もっている。しかしソファーの前のローテーブル。そこにに置かれた鳥籠だけは埃を被っていなかった。


___ピロロロ、ピロ


「これは……カナリアか?」


いつかのテレビで見た美しい声で鳴く金糸の鳥。

カゴの中のカナリアが泣いた。

その時、ガッガッ、、、と扉を叩く音がした。その音は徐々に激しさを増していく。ジリジリとカナリアのいる鳥籠を抱え後ずさる。

咄嗟にソファーの裏に隠れたのとほぼ同時に一際大きな音とともに扉が壊された。

カナリアはなおも泣き続ける。お願いだから静かにしてくれと思いながか鳥籠を抱えできる限り小さくなる。しかしカナリアの声が聞こえていないのか化け物はこっちに気づくことなく化け物のズル、ズルと何かを引きずるような音が遠ざかった。

完全に音がしなくなってからソファーと壁の隙間から顔をだす。どうやら化け物は破壊した扉から部屋を出ていったようだ。そしてあの化け物の姿がなくなるといつの間にかカナリアは泣き止んでいた。


「アレが戻ってくる前に逃げないと……」


化け物が消えたのとは異なる扉から逃げる。幸いなことにこの扉に鍵はかかっていなかった。その扉を慎重に開けっ化け物がいないのを確認すると急いでその場から逃げる。広い洋館の中を出られる場所はないか探して駆け回る。


誰かいないかと、廊下の両側に位置する部屋を適当に開けるがどこにも人はいなかった。

それらの部屋の間取りと内装は少しずつ異なっているがどの部屋の窓の横には必ず鳥籠に入れられたカナリアの絵画が飾られていた。


そうしているうちに階段を見つけその階段を駆け降りた。その先で見つけた窓を覗くと外は暗く見えずらいが地面が近いと分かった。


「ここは一階か…?なら窓を割れば!」


近くにあった花瓶を置いた台を勢いよく窓にぶつける。しかしとても硬い壁を叩いたような感覚が伝わってくるだけで割れそうにない。

思わず舌打ちをしてしまう。


「どこかに玄関があるはずだ。そこから出られるかもしれない」


焦りを抱えた自分を落ち着かせるようにそう言い自身の勘のみを頼りに玄関を探す。


玄関を見つけたがやはりというべきなのか、予想していた通り鍵が掛けられていた。


「クソッ」

「ん?なんだこれ……」


それは扉に書き殴られていた。


“望むものを与えれば望むものを与えよう”


その文字に触れると黒い文字は掠れ、手に煤のようなものが付いた。


「どういう事だよ、、、」


他に何か手掛かりはないか周辺を探す。

文字ばかりに目が行っていたが扉には翼を広げて空を飛ぶ鳥の彫刻が刻まれていた。

そういえば今まで見た全ての部屋に鳥がこに入れられたカナリアの絵画があった。この洋館の主人はカナリアが好きだったのだろうか。

自分が持っている鳥籠に目を向ける。カナリアの真っ黒な瞳がこちらを見つめていた。

その時またカナリアが泣き出した。


「まさかまた化け物が来るのか?」


ここに隠れられそうな場所はない。遠くからズル、ズル、と化け物が近付いて来る音がする。

まずいかなり近くに来ている。

一番近くにあった部屋に入る。

心臓がうるさく拍動する。


ふと鍵穴から廊下が見えることに気付いた。そこを覗くと目の前を黒いナニカが通過したのが見えた。

鍵穴からは全体が見えないが、アレが動いている時の不気味な音は脚のようなモノを引き摺っている音だと分かった。

まただ、目覚めた部屋のときと同じくカナリアが泣くとあの化け物が来た。

もしかしてカナリアはあの化け物が近くにいると泣くのか?


取り敢えず化け物の姿が見えなくなり緊張から解放さる。ほっと息を吐くと徐々にその場が見えて来る。


「なんだ?羽か?」


今までの部屋とは異なりその部屋はかなり暗かった。

よく目を凝らすと部屋のそこらかしこに羽が落ちているのが見えた。その一つを手に取る。暗くてよく分からないが黒い羽か?

取り敢えずその羽はしまっておく。


電気は付かないのかと辺りを見渡すと壁に燭台を見つけた。

運のいいことにライターを持っていたためそれを取り出し蝋燭に火をつける。

これで少しばかり明るくなったはずだ。


明るくなったところでふと、手を見ると真っ黒になっていた。煤のような物で汚れたようだ。もしかしてと思い黒い羽を取り出した。取り出した羽には煤がかすれたところから黄色が現れていた。


「まさかこれ、カナリアの羽か?」


望む物ってなんだ?得られるっていうのは“俺が”得られる、だとしてだとして渡す相手は誰だ?

ここには自分以外は誰もいなかった。ならあの化け物がのことか?

でもあの化け物の望む物ってなんだよ。


___ピロロ、ピロ


カナリアが歌うように鳴いた。

まさか、また化け物が近くにいるのか。


ドン、ドンっと扉を激しく叩く音がして思わず後ずさる。

どうやら扉を開けられないようで壊そうとしているようだ。少しでも時間を稼ぐために部屋にあった棚を扉の前に動かす。


これでしばらくは大丈夫だろうがあの扉以外にこの部屋から出られる場所はない。

窓には鍵がかかっている。さらには壊そうと椅子を思いっきりぶつけるがやはりびくともしない。


ドンッ!と一際大きな音がする。

まだ扉は持ちそうだがこのままではマズイ。

思わず後ずさるとトンっと、背中が何かにぶつかった。その拍子にひらりと布が落ち、この部屋にはミスマッチな鏡が姿を現した。


布のお陰なのかそれは一切埃を被っていなかった。しかし金縁に施された羽の装飾はまたしても黒く汚れている。

試しに手で拭って見るが落ちない。

しかしその中に一つだけ汚れが落とされ、元の色らしい金色をした装飾を見つけた。


なぜ一つだけ綺麗なんだ?

その時、ふと先程拾った羽を思い出した。


装飾の羽は13枚。部屋を見渡すと落ちている羽は12枚で持っている羽を合わせれば13枚。

そのうち綺麗になっているものはどちらも1枚。

まさかと思いつつ近くに落ちていた羽を拾い、煤を拭う。

さっきまではいくら拭っても取れなかった黒い汚れが消えて鏡の縁には金の羽が現れた。


この羽が鏡の装飾に反映しているようだ。

鏡を壁から外す。ずしりと重いが外すことは簡単だった。

どこかおかしなところはないか探す。一見、煤が取れた綺麗な鏡でしかなったが裏には謎の模様が刻まれていた。

唐草が中心を避けるように円を作りその周りには花や葉が描かれている。

この模様は一体なんなのだろうか。


その時、カンカンと音が鳴った。その音の発生源はカナリアのようだ。

まるで何かを伝えるかのように何度も嘴で檻の上部をつついている。


「上?」


天井を見上げるとそこには鏡の裏に描かれていたものと全く同じ模様があった。

そしてそれらを見比べると共に机の上に置かれた鳥の置物が目に入った。

そうだ、確かこれも鏡の装飾にあった。

まるで部屋と鏡が対応しているかのようだ。


「この部屋のものを装飾と同じように置けば何かが起こる…のか?」


鳥の置物を基準に天井の模様を確認しつつ羽を置いていく。


「鳥と反対の場所に一枚。そこから左右に7枚づつ」

「…これでいいのか?」


最後の一枚を置くが何も起きない。

しかし、羽で型どられた円の内側に足を踏み入れた瞬間、地面が消えるような感覚がして暗闇へと落ちた。


遠くで扉が破壊された音がした。




「い"っっ、、はぁ、、?どうなってんだよ」


落ちた先はホールのような広い空間だった。

壁には至る所に絵画が飾られてる。

それらのどこかしらには必ずカナリアの姿が描かれている。


「そういえばアイツはっ⁈」


いつの間にかカナリアが檻ごと消えていた。手に跡がついてしまう程しっかりと握りしめていたというのに。

その代わりかのように手の中には一本の鍵があった。


「どこの鍵だ?」


何の変哲もないシンプルな鍵だ。

どこかの扉の鍵なのだろうかとホール内を見渡すがそれらしきものはない。

もしかしたらまた天井に何か、、、と思い見上げるが変わった様子はない。

古めかしいシャンデリアが吊り下げされているだけだった。


ホールの中を歩き回り絵を一つ一つ見ていく。どの絵にもカナリアが描かれている。


「ッ!」


ゾワリと背筋を撫でるように悪寒が走った。

今、目が合わなかったか?


いや、そんなこと起こり得ない。

はず、、なんだ……。

ここは化け物がいたようにおかしな世界だ。もしかしたら本当に…



___絵の中のカナリアと目が合ったのか…?



『___、___』

「うわぁッ!なんだッ⁈」


どこからか声がした。

掠れていてがさついた声だった。言葉となっていない唯の音。なぜかそれは助けを呼んでいるかのように聞こえた。


耳を澄ませ、声のする方へと行と二つの絵の前に辿り着いた。

このどちらかの絵から声はしているようだが分からない。どちらからも声がしているように聞こえる。

これ以上はどうやっても分からないと絵に目を向ける。

片方には外の木に止まるカナリアが描かれ、もう一方には檻に入れられたカナリアが空を見あげる姿が描かれている。

前者の目はどろりと昏いものがある。それに対して後者はそれを感じない。

その目には既視感を感じた。


「あのカナリアか⁈」


そうだ、さっきまで一緒にいたあのカナリアと似ているんだ。

その絵に向かって勝手に腕が伸び、指先が絵に触れた瞬間腕を引いた。

一瞬であったがそれで十分だった。指先にはざらりとした布ではなく硬く冷たい金属が触れた感覚がした。

じっと、その絵を見ているとそのカナリアが一点を見つめていることに気が付いた。

その視線の先はこの洋館に来る前から肩に掛けていた斜め掛けバッグだった。

これに何かあるのかと考えるがこのバッグ自体には変わったところはない。

では中に入っているものになにかあるのだろうかとバッグの中を漁るとホールに落ちた時に持っていた鍵が目に溜まった。


「これか?」


それをバッグから取り出す。

そしてふと一つの考えが頭をよぎった。

玄関の扉に書かれた文章。あれをカナリアが書いたとしたら、もしかしたら……


さっき絵に触れた時にした金属の感触。あれがこの檻に触れた感触なのだとしたらこの檻を開けられるかもしれない。


そんな荒唐無稽なことを考える。もしかしたらの可能性を考えて鍵を絵に伸ばした。

鍵は絵に触れるとその中に沈んでいき絵の中の鍵穴に入った。

鍵をを回すと重い感覚とともにガチャリと音が鳴った。そのまま鍵を引くと檻が開いた。


絵のはずのカナリアが羽ばたき、絵から飛び出した。

カナリアはぐるりとホールを一周するように飛ぶと唖然として固まっている自分の肩に止まった。


そして鳴いた。


___ピロロロ、ピー


カナリアのいた絵が扉の絵へと変化した。

扉は開いているがその先が黒く塗りつぶされていてどこに繋がっているか分からない。


その時、もう一つの絵が動いた。

最初は気のせいかと思ったが徐々に激しく動きガタガタと音を立てる。その衝撃で壁から外れ、地面に落ちて止まった。


まだ何かあるかもしれない。

その絵から距離を取る。するとその絵からドロリと黒いナニカが溢れ出てきた。

手の形をしたそれはこっちに向かってくる。

避けようとして気付いた。

コイツは自分ではなく、絵を狙っている。

この絵を壊されればここからでられなくなるかもしれない。

しかしこの絵の先がどこに繋がっているのか分からない。

化け物の手が眼前に迫る。


「あー、クソッ。どうにでもなれ!」


覚悟を決めてその扉に駆け込んだ。

扉を抜けた先は洋館の一室だった。


ひとまず全く知らない場所ではなかったことに安心したのも束の間、同じ絵の扉を通って化け物の手が伸びてきた。

それに驚き掛け出す。廊下に出て全力で走るが化け物との距離は遠くならない。どれくらい走り続けていたか分からない。

息が上がってきた。


どこか見覚えのある廊下を走り、しばらくして気が付いた。

まずい、この先は玄関だ。

他に逃げられる道はない上に玄関の鍵はまだ見つかっていない。

追い詰められた。


気付いた頃にはもう遅かった。引き返すこともできない。

助けが来ないか、体当たりしたら開かないかと現実逃避にも近しい考えが頭をよぎった時だった。

美しい歌声を奏でるカナリアは玄関に向かって一直線に飛ぶ。


「待て!まだ扉が……!」


扉にぶつかってしまう。そう思い静止しようとしたが間に合わない。カナリアはその速度を上げて扉に向かった。


そして扉に衝突______しなかった。


カナリアの小さな身体はそれよりも小さな鍵穴に吸い込まれるようにして消えた。


___ガチャリ。


扉の鍵が開く音がした。


背後からは化け物が迫っている。

考える間も無く扉に手を伸ばしドアノブを捻る。

容易に扉は開き、その勢いのまま外へと転げ出た。

洋館を出た先は閑散とした森だった。


「出れた、、、そうだ!化け物はッ」


自分を追いかけてくる存在を思い出し後ろを振り返るがそこには何もいない。

自身を追いかけていた化け物のみならずさっきまで閉じ込められていた洋館すらない。

そこにあったのは暗い洞窟だった。

洞窟の奥からよく知った声がした。


___ピロロ、ピロロ


美しい歌を奏でるその鳥は金糸の翼を広げ、天高く飛び去った。





♢♢♢


「ねぇ、あの噂聞いた?」

「50年以上前に封鎖された炭鉱の近くの洋館はに化け物が出るらしいよ。」

「でもね、どこ探してもそんな洋館は見つからなかったんだって」

「その化け物はむかーしの炭鉱で死んだモノたちの亡霊で、その洋館に連れられた人は亡霊が望むものをあげないと洋館から出られずに仲間にされちゃうんだって!」





___あの亡霊カナリアたちが望んだもの。それはきっと、自由だ。

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