レンタル座敷わらし始めました
源公子
第1話
「残念ですが、そちらのご予算でお望みの物件は、どこに行っても難しいと思います」
不動産屋の言葉に、客の夫婦はうなだれた。
「やっぱり俺らの年収じゃ、一戸建ては無理か」
「だってアナタ、社宅取り壊しで出なきゃなんないのよ。
ふたりめだってすぐ生まれるし、庭付きの家で育てたいってあなたも言ってたじゃない。少し位無理したって……
あっ!真理子うろちょろしないの。すみません、まだ小さいもんで」
「お待ちください、ある事はあるのです。
相場の半値以下の『訳あり物件』ですが」
「『訳あり物件』って、人が死んだとか、幽霊が出るとか言う曰く付きの……」
「はい。前の持ち主は一家心中、その前は夜逃げ。
前の前は食中毒で一家全員亡くなっています。
ですが元の持ち主の家富菊蔵さんは大金持ちになり、百二十歳で天寿を全うしました。
災いを避ける方法があるのです。
当社では、レンタルで専属の福の神を用意しております。
先程の方たちはそれを放棄したため、不幸を呼び込んでしまったのです」
「福の神? そんなもの、本当にいるんですか」
「いますよ。お嬢様には見えてらっしゃるようです、
先ほどから遊んでおられますから。
心の綺麗な人や、小さな子供には見えるのです。
ご紹介します『座敷わらし』です。座敷わらし君姿を見せて」
「キヤーッ、な、なんです、あの鼻水たらした赤鬼みたいな顔した汚い子供は。
真理子、離れて! 側によっちゃダメ」
奥さんが悲鳴をあげた。
「失礼な! そう言って座敷わらしを追い出したから、前の方たちは不幸になったんです。
座敷わらしのいる家は栄え、去る家は家人が皆滅びるのです。
一戸建て、庭付き、座敷わらし付きで、一年間だけ格安の賃貸契約になっております。お試しになりますか?」
「アナタ、ど、どうしよう」
「ウゥッ、よし、一年だけ契約します」
◇
3ヶ月後、夫婦は引っ越すと言ってきた。
「なぜです? いいことばかりだったでしょう」
「そうとも、宝くじが当たったんだ。3億円だ!
もう一生働かなくたって暮らしていける。
前に夜逃げした家族がいたと言ってたよな、俺たちもそうさせてもらうよ。
毎晩変な音立てて家中歩き回って、あんなきみの悪い化け物屋敷とはこれでおさらばだ」
鼻息も荒く、ご主人はそう言った。
「ほんと、ずっと気持ち悪いの我慢してたけどもう限界。
お泊まりに来た娘の友達があいつ見て、『お化けの家の子』って娘は学校でいじめられたのよ! 慰謝料欲しい位だわ」
奥さんは吐き捨てるようにそう言い、夫婦は帰っていった。
「座敷わらしの去った家には災いが来るのに。あの人達どうなるのかな」
隆がため息をつく。
「持って半年。アイツら大金が災いを呼ぶのを知らないんだ。
菊蔵爺ちゃんみたいな人はそうそういないんだよ。
真理子が可哀想だ、オイラと離れるのを嫌がって泣いてたよ。
親が馬鹿なせいでワリを食うのは、いつも子供なんだ」
座敷わらしのオイラは答えた。
前の家に嫌気がさして、家を出てとぼとぼ歩いていたオイラを、不憫がって家に入れてくれたのは菊蔵爺ちゃんだった。
心の綺麗なじいちゃんにはオイラの姿が見えたんだ。
だからオイラはこの家で草履を脱いだ。それからずーっとじいちゃんと仲良く暮らした。
じいちゃんが死んで、家で一人ぼっちで座っていたら、不動産会社から空き家の調査に来たのが隆だった。
隆は鼻水たらしたオイラを見るなり、病気だと思って慌てておぶって病院に連れて行った。そこで初めて、オイラの姿が自分にだけ見えているのに気がついたんだ。
隆とはそれ以来の付き合いだ。隆はオイラを心配して、座敷わらし付きであの家を売る努力をし続けてくれている。
「なんでみんな嫌がるのかな、座敷わらし君可愛いのに」
「欲まみれの奴には、オイラは鼻水たらした赤鬼の幽霊みたいに見えるんだよ。
それに、オイラ本当に元は幽霊なんだ。
古い家では、その家で死んだ子供の魂は神になり、毎晩家中を歩き回って、悪いものが入らない様に結界を張って守るんだ。それが座敷わらしなんだよ」
神になっても一人は寂しい、友達が欲しい。
大人になっても座敷わらしが見える、心のキレイな友達が。
「人間だったの?じゃあ人間だったときの名前を教えてよ。
だって『座敷わらし君』て、なんか呼びにくいし、よそよそしいから」
隆は知らない。名前を教えると言う事は強い絆を作る。
その時座敷わらしは家ではなく人に付く福の神となり、その人間を一生幸せにする。それは名を呼ぶものが死ぬまで続くのだ、菊蔵爺ちゃんの時のように。
隆なら良い――だからオイラは口を開いた。
「いいよ、オイラの名前はね……」
了
レンタル座敷わらし始めました 源公子 @kim-heki13
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