2話 超ライトノベル的少女

その後、いつも通りの事務作業的終礼が終了した。


流石にゴリラの言いつけを無視する訳にはいかず、言われた通りに生徒指導室に向かうことにした。


終礼後の校舎内は、一際騒々しい。

愚痴をこぼしながら部活の用意をする者、訳もなく友人と談笑を交わす者、職員室へ向かう教師を捕まえ質問をする者。


そんな多様な放課後を送る生徒達を尻目に、俺は廊下を闊歩する。

ウチの高校は2年生だけが旧校舎(本館から長い渡り廊下で繋がれた木造のボロ校舎)で、本館にある生徒指導室までは中々距離がある。

両面ガラス張りの渡り廊下に差し掛かると、ふと、校庭からどっと湧き上がる歓声が耳に入った。つられて窓から下を見下ろすと、サッカーゴールの脇で、誰かを取り囲む様に大きな人集りができていた。

なんだろう、またサッカー部がロングシュートでも決めたのだろうか。

自慢じゃないがウチの学校のサッカー部は県大会で玉座を争う程の有数の強豪チームだ。


まあ、俺自身が入部していないのでなんの自慢にもなっていないが。


と、そんなことを考えていると、窓際で2人並んでだべっている女子2人(リボンの色的に3年生だろう)の会話が聞こえてきた。


「何あれ、なんであんなに人集まってるの?」

「知らないの?1年の二階堂よ。ほら、あの色んな意味で有名な」

二階堂──その名前を聞いた瞬間、先程の歓声と人集りの理由に合点がいった。


二階堂姫冠。


何を隠そう、俺と同じクラスであり、入学初日からその圧倒的な存在感を放っていた女だ。

二階堂の詳細を知れば、万人がそれについて語りたくなるに違いない。そんな猛烈な印象を与えさせる奴だ。


まず言うべきはその圧倒的な美貌。

ここ日本では全く見慣れない、混じり気のない黄金のような派手な金髪。そしてそれとは対照的に、マリンブルーの静けさを感じさせる涼しげな碧の目。

本人から直接出生の話を聞いた事はないが、日本語の流暢さや日頃の立ち振る舞いからして外国人ではないのだろう。

だが、そんな国籍や人種などを超越した美しさがある。まさしく、「浮世離れした」というやつだ。


それでいて勉強もできてしまう。中間、期末、それと模擬試験と全てで全教科最高得点を獲得し続けている秀才。担任曰く「この高校が始まって以来の才女」だそうだ。


ここまで来たらお決まりではあるが、スポーツも万能で、色々な部活に顔を出してはプロ顔負けの結果を叩き出しているそうな。

完璧超人、なんて言葉じゃ形容しつくせない。控えめに言ってもヤバイよな。俺も最初は、こんなラノベのヒロインみたいな奴が現実にいるなんて信じられなかったよ。


そして何よりも──「姫冠」この2文字で何て読むと思う?

一般常識的に考えると、「ひめか」とか「きか」とかか?


違う、二階堂はクラス1発目の自己紹介の時にこう言い切った「私の名前は二階堂『ティアラ』変わった名前だけど、性格は至ってまともよ」と。そう、ティアラ。姫冠と書いて「ティアラ」と読むのだ。


だが、不思議とその名前を聞いてその場で笑う者は誰もいなかったし、「変わっている」と聞くことはあれど、それを嘲笑したり侮蔑するような声を聞いた事は少なくとも俺は1度たりともない。

それほどまでの評判と実力、そして圧倒的なオーラと他を寄せ付けない存在感があるのだ。


と、ここまで完璧なヤツの話をしていると、少なからずも不愉快な気分になるのは俺だけだろうか。


いや、勿論、俺自身が直接不快になるような事を何かされた訳では無い。それどころか、彼女は他人に対し決して傲慢な態度を取ることはないし、むしろ誰に対しても平等に接している様に見受けられる。


だが、その強烈すぎるが故の印象が俺を蝕むのだ。


つまり、だ。俺がどれだけ頭を捻ってもペンすら動かない問を彼女は1分もかからない内に正解してしまうし、割と脚力にだけは自身のある俺が、持久走でぶっちぎり1位を走っているのかと思えば、彼女は俺より2周回も早く回っている。ああ、文化祭か何かでクイズ大会が開かれた時、超絶マニアックな深夜アニメのクイズすらも問題が言い終えられる前に見事正解していた時には目を疑ったな。


まあ要するに、嫉妬だ。何をやらしても完璧な二階堂と、何をやらしても中途半端な佐藤。

自分という存在に圧倒的なプライドを持つ彼女と、常に薄い膜を通して殻の中から1歩引いて見ている俺。


「あー、考えるのやめよ」

首をブンブン振って、思考を打ち止める。


これ以上考えても精神衛生によくないだけだ。

まあ、そうは言っても二階堂とは2、3回必要最低限の会話を交わしたに過ぎない関係性なのだが。


そして、あっという間に生徒指導室の前に着いた。教室からの移動中に脳内で陳謝のシナリオを描く予定だったのだが、ひょんな事に思考リソースを割かれてしまった。


クソ、どうしたものか。いつもならお得意の虚言スキルでその場しのぎの弁論を即座に組み立てられるのだが、どうにも妙案が浮かばない。世界中の嘘つき達よ、俺に力をわけてくれーーー。


と、そんなことを考えていると、右肩を誰かに掴まれる感触を感じた。

いきなり体に触れてくるなんて何者だと思いながらおもむろに後ろを振り返ると──


「ねえねぇ、私がキミのことを助けてあげよっか?」


と、そこには得意げに仁王立ちしている金髪の美少女がいらっしゃった。


って。


「は?」


「は?じゃないわよ。私が、キミがこの場を乗り切る為の手助けをしてあげようかって言ってるの」


いや、そうじゃなくて。


「なんでここに二階堂姫冠がいるんだよ!!さっきまで校庭でサッカーしてたんじゃなかったのか??」


なんでこいつがここにいるんだ。しかもよりにもよってこのタイミングで。


「あら、私のさっきまでの行動を知っているなんて、私のことずっと見てたっていうの?それはそれで気持ち悪いわね」


「別に見てた訳じゃないし気持ち悪くもねえよ!」

慌てて抗弁するが、悔しいことに、現にさっきまでコイツの事を考えていたのは事実だ。


「その割にはやけに頬が赤い様だけど」


「き、気の所為だろ」


言われてみれば顔が熱を持っている気がする……


「ふーん、教室で見る普段のキミとは随分様子が違うみたいだね〜」


「語尾に(笑)を付けて喋るな!てかマジでお前は本当になんなんだ!いきなり出てきていきなり訳が分からない事を言ってくるし、一体何がしたいんだよ!」


あまりの情報量の多さに、頭がパンクしそうになる。

生徒指導室の前で手をこまねいていたら、いきなり、俺の思考を支配していた女が目の前に現れて、挙句の果てに俺を弄ってくる。


そんな意味不明な状況に頭を悩ませていると、室内から張り裂けんばかりの怒声が聞こえてきた。


「バカモン、佐藤か、さっきから部屋の前で大声で騒ぎやがって!油売ってないで、早く入ってこんか!!」


やべ、と思い、急いでドアノブに手をかける。

「まあ、詳しい説明は後ってことで。とりあえずほら、これ」

そういうと、二階堂は、丁度手のひらで収まるようなサイズの箱と、折りたたまれた紙切れを差し出してきた。


それを受け取ると、俺はかけ声と共に決戦の地(生徒指導室)へと足を踏み入れた。


──それと、さっきの二階堂の表情が終始、妙にニヤケ顔だったことへの追求は後で絶対にするとしよう。

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次話から不穏な空気が流れ始め、次の次の話から、タイトルとエピローグの回収を始める予定です。

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こんな世界なんて無くなっちゃえばいいのに。 @wazin9797

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