1話 小学生に「普通」という言葉の意味を理解させるには俺を見せるのが1番手っ取り早い。

普通。ひらがな3文字でふ、つ、う。


辞書的な意味で言うと「いつ、どこにでもあるような、ありふれたものであること」


その「普通」という言葉には嘘がある。

例えば、だ。


日本人にとって箸を使って食事をすることは何の変哲の無いことだ。

だが、西洋の人間からすると「特別」であり、箸を使って食事をすること自体珍しい非日常なイベントなのだ。

つまり、だ。

これは「普通」の定義である「いつ、どこにでも」という点に反しているのではないだろうか。


世界にはこれと似た様なことが蔓延りまくっている。

過去の人間からしたら今の人間の常識なんて非常識も甚だしいし、性差や年齢差──いや、そもそも、一個人によって「普通」の「常識」なんて幅広く存在している。


その癖して、大人は「普通に勉強しろ」とか「常識的に考えろ」とか「周りを見ろ」とか、全く嫌になるよな。


ああ、ちなみにだが、俺、佐藤俊輔は自らが圧倒的普通少年であると自覚している。

身長、172cm。体重、58kg。50メートル走、8秒。偏差値、53。趣味、ゲーム。

もし仮にこの国に「国民才能ランキング」なる物があれば、俺は間違いなく5000万番目くらいだろうな。上から数えても下から数えても。



「おい、佐藤、起きろ!」


いや、それにしても6限ってホントに面倒臭いよな。後少しで帰れるってのに、そんな時に限って脳は50分を数時間だと勘違いしやがる。


「おい!」

んー、さっきのもそうだけどこれ、俺に向かって言ってるのか?


その問いの答えは、2秒後に訪れたこちらに向かってくるズシズシとした足音が示してくれていた。


「何度言ったら分かるんだ、お前は!眠るくらいなら家に帰れ!!」

耳元で放たれる肉食動物の雄叫びの様な声と空想に耽っていた俺は現実に引き戻される。


「んー、さーせん」視線を上にあげながら答える。「全く、何がさーせんだ!何回言ったらわかるんだ?お前は!」


ウホ、やらかした。顔を上げた先では、時代錯誤の極まった熱血体育教師の五里谷、通称ゴリラが、鬼の形相でこちらを睨みつけている。「俺の授業時間に寝るのなんてお前くらいだぞ!」


そうだった、そういえばこの時間は人一倍素行に厳しい体育教師のゴリラが担当している保険の時間だった。


「いえ、寝ていた訳では無く机に伏していただけといいますか……」

「そんな言い訳が通る訳あるか!!」

周囲のクラスメイトのクスクスという笑い声が聞こえる。


一応俺の主張は事実ではあるんだが、ここは素直に引き下がった方が賢明だな。


よし、ここは笑いに持っていくことでクラスの雰囲気を和ませ、その勢いで教師の怒りを収めれたら最高だぜ、という魂胆の元、「とことんまでふざけ切ったら一周まわって許されるんじゃないか作戦」を実行しよう。


「はい、すみませんでした。放課後、校庭を逆立ちしながら10周で許していただけますか?勿論反省文を書きながら」

これ以上無い程、ド真面目なトーンで言い放ってやった。


クラス中がドッと笑いに包まれた。女子達は目を見合わせながら甲高く笑い、男子達は手を叩きながら馬鹿笑いしている。


そして、当のゴリラも「ガッハッハッ」と大笑いしている──え?マジか。とことんまでふざけ切ったら一周まわって許されるんじゃないか作戦がまさかの成功したのか?


が、そんな訳もあるはずが無く。


ガシャーンと俺の机が蹴り飛ばされるのと同時に、教室の笑いが止まった。


「どうやらお前は本当に反省が必要な様だな!!授業が終わったら生徒指導室に来い!!!!」


一際張り上げられた声でゴリラはそう言い放った。結局ダメなのかよ。1回油断させておくのずるくないか?てか唾飛んでるし。


俺はそこまで突き抜けた馬鹿ではないので、その後は真面目に授業を受けた。フリをした。学校の教科書というものも、読み物としては案外面白い。残りの時間を消化するには十分なエンターテインメントとなり得た。

そしてチャイムが鳴り、起立礼着席のルーティンが終わる。相変わらずご立腹の様子のゴリラは、教卓から退く前に、「忘れてないだろうな」と言わんばかりの蛇睨みを向けてきた。あー怖い怖い。


ふう。それにしても、この授業終わりの満足感というやつは不思議なものだ。教師が話した内容はまるで頭に入っていないというのに、「授業が終了した」という事実だけで、まるで重大な作業を遂行したかのような満足感を得ることが出来る。

ふっ、これが偏差値53たる所以っ!


そんなおふざけはおいておいて。

さっきから、座席の後方から、好奇とも侮蔑ともどちらも混じらない、今まで味わった事のないような筆舌に尽くし難い強烈な視線を、絶え間なく向けられている様に感じるのは、ただの気の所為なのだろうか?




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