4 夏帽子
「お母さん怒るかな~」
彩子ん
「花火、最後まで見ちゃったもんね」
私は、彩子の顔を覗き込みながら言葉を続けた。
「しかも、人多すぎて中々電車乗れないし」
と。
「何がおかしいのよ?」
覗き込んだ私の顔は、ニヤけていたらしい。彩子は口を尖らした。
「だって、チークが光ってるんだもん」
「はいはい。あなたご自慢のリップはソースに負けてるけどね」
あれ? 潤ってない?
「一人で大丈夫?」
「はい」
「気をつけて帰ってね」
彩子の家に着くと、浴衣はそのまま荷物だけを取らせてもらって帰ることにした。
彩子ママ、にこやかだったな。あれなら彩子、怒られそうにないかな。
そう思いながら自宅に向かう私の中で囁きが聞こえた。
『どうでしょう……』
「え?」
『彩子パパが怒るかも知れませんぞ』
「あ、そういえば、お父さんもう帰ってるかな。やば、書置きしてこなかった」
『おっと。それはいけませんね。今頃誘拐事件と騒がれているかも』
「いやそれはないだろうけど、帰ってくるのが遅いって怒られるかな。リアライズ、ちょっと連絡しておいてよ」
『は?』
「は?」
『何故わたくしが』
「だってお父さんに創られたんでしょ? 連絡方法ぐらいあるんじゃ」
『とくには。セルフサービスでお願いします』
「じゃあ、スマホで連絡するからいいけどさ」
家までは、もう15分ぐらいで着く距離だった。でも、ちゃんと連絡したよという既成事実はあった方がいい。
「お父さん? 今日友達と祭り行っててさ、もう帰るから。
うん、うん。
ご飯は家で食べる。
あ、あとAIには連絡手段付けておいた方がいいよ。
ほいじゃあ」
「ただいま」
「時子、早かったな」
リビングに入ると、テーブルには駅弁が並んでいた。
「お、浴衣着て行ったのか」
「うん。お姉ちゃんの借りたの。それより、私その牛肉御膳ってやつ食べるから置いといてよ」
部屋に一度行き浴衣を脱いでからリビングに戻ると、お父さんはインスタント味噌汁の袋を持って立っていた。
「味噌汁一個しか残ってないけど、時子飲むか?」
「う~ん。いらない。お父さんにあげるわ」
「そうか」
「お祭りで少し食べたからこれで十分だし」
お父さんはお味噌汁を入れると、私の前に座って小籠包入り中華弁当を食べ始めた。
「ねえお父さん。もう帰って来たからAIはOFF?」
「うん? そういえばさっきも電話で言っていたけど、AIって何の話だ」
「え? お父さんじゃないの?」
「だから何が」
「作ったの?」
「PCのこと? なんにも触ってないけど」
「そ、そう。だったらいいんだけど」
あれ、どうしよう。今までのって、幻聴?
「お風呂入ってくる」
食べ終わると、お父さんにそう言い捨てて慌ただしくお風呂に入った。
シャンプー、リンス、トリートメント……保湿成分入り脱毛クリーム!
「いけね」
湯船に浸かってボーっとしていると、前からいたかのように並んでいる脱毛クリームが目に入る。
私は、お風呂場から出るときすっかり存在を忘れていた脱毛クリームを持って部屋まで上がった。
やっぱり夢じゃないよね。私一人なら、脱毛クリーム買おうなんて思わないし。
「おーい。リアライズさんいますかー」
『はいはーい』
「いるのかよ! お父さんが帰って来たから消えたとかかと思ったよ」
『はて?』
「なんだ、その“不思議ですよ”みたいな態度は。不思議なのはこっちの方だよ。お前は結局何者なんだ」
『私はリア……』
「それは分かったから。で、消えないの?」
『そうみたいですね』
「いいや。もう明日考える」
正体がお父さんではないと分かり気持ち悪かったけど、疲れていたので寝てしまった。
「暑い~……暑い~」
『目覚めましたね』
怪しい声が断定してくる。
「うなされてるんだよ!」
私はハッキリとキレた気持ちを込めて答えた。
「ああ、もうすっかり目が覚めた。夢落ちじゃなかった」
『夢落ちがよかったのですか?』
「……まあ、どっちでも」
お父さんは、もう仕事が始まったようで家にいない。
「髪でも切りに行くか」
朝食を済ませると、まだ午前中だというのに日差しが強い中美容院まで行った。
「どのぐらい切る?」
フレンドリーな美容師に聞かれると、特に考えてなかった私は無意識に答えた。
「バッサリ」
「いいの? ちょっと髪痛んでるけど、気にするほどじゃないと思うよ」
私自身も何でそう言ったのか分からない。けど、言っちゃったしまあいいかなと思った。
「はい!」
髪を切り軽くなった私は、鼻歌を歌いながら家に帰った。
「おかえり」
玄関に入った瞬間、目の前にお姉ちゃんがいたので驚く。
「おう!」
「“おう”じゃない。勝手に私の浴衣着やがって」
お姉ちゃんが、帰ってきていたのだ。
「ああもう。浴衣使うんだから、シワにならないように置いといてよね」
「それがー、しまい方分からなくて」
「って、あんたさ。その髪」
お姉ちゃんが、少し驚いたように私の髪を見る。
「うん?」
「振られたの?」
「え!」
「だって昨日、祭り行ったんでしょ? 男と」
「うん。男っていうか、クラスメート4人で?」
いまどき、失恋で髪切ったりとかしないだろ? と思ったけど、そう思われてるのかな?
「お姉ちゃん、ここ暑いから部屋に戻っていい?」
「んん」
私は自分の部屋に入ると、鏡で髪を凝視した。
う~ん、確かに短い。私史上一番短いかも。
「ねえ、リアライズ。ツナもなかなかいい奴だったし、宗太郎にももっ回チャンスをやろうと思うんだ」
鏡とのにらめっこをやめ、麦わら帽子をかぶると窓の向こうを見ながら私は微笑んだ。
「ねぇ、リアライズ?」
終わり
だれおま天の声と私の夏 深川 七草 @fukagawa-nanakusa
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