3 夏祭り

「よっしゃー!」

『家を出る前から気合が入ってますね』

「まぁあね~」

『まずは、彩子さんの家で着付けですね。忘れ物はありませんか?』

「うん。浴衣、帯、コーリンベルト、伊達締め、下駄、巾着が入っとりました」

『入っとりました?』

「これでセットっぽいよ」


 ピンポーン

「来たな時子」

「ちょっと早かった?」

 彩子について行くと、彩子の部屋ではなくリビングに案内された。

「麦茶でいいかしら? 暑い中来たから少し休んでからがいいわよね」

 彩子ママはそう言うと、麦茶とどら焼きを出してくれた。

「それじゃあ彩子、先にやっちゃいましょうか?」

「うん」

 どら焼きを頬張りながら、彩子がお母さんに着付けをしてもらっているところを眺める。

(ありゃー私一人ではできないわ)

『体、堅いですもんね』

(彩子はうすいピンクなんだ。プリントされてる花はなんて花なんだろ)

『時子は何色が着たかったのですか?』

「それじゃあ、そろそろ時子ちゃんもやる?」

「はい。お願いします」

 私の番になると、彩子は準備をしてくると自分の部屋に戻ってしまった。

「随分落ち着いた色ね」

 紺色の浴衣を見てママさんが言った。

「おかしいですか?」

「そんなことないわよ。ピンクとか水色とかかなと想像していたの」

「お姉ちゃんのを借りてきただけなのでよくわからないんですけど」

「確かにアイボリーの帯に赤い金魚で、ちょっとお姉さんぽいわね」

 そんな会話をしていると、上半身にこれでもかとあった生地は綺麗に伸ばされ帯に隠れた。

「こんなもんかな」

 こんなもんって、ママさんちょっと感動の域です。

「あの彩子、彩子さんにも見せてきます」

「はいはい」

 帯がきついわけではなかったが、私はたぶんリビングからペンギンのように彩子の部屋に向かっていた。


「彩子~、見てみて」

「おお、いいじゃん。なんかちょっと、かっこよくてずるくない?」

 そう言う彩子を見ると、もっと“ずるくない?” がそこにあった。

「いやオメーさんの方がすこぶるずるいじゃねーか」

「ええ、うっそ~」

「チークつけてんのか? 眉も書いてるじゃねーか」

(微妙だけど)

『微妙ですね』

「疑われっぞそれ。ママさんに疑われっぞそれ」

『時子、必死ですね』

「このぐらい平気だって。時子もつける?」

「いいわ! 私には潤ってる感じに見えるリップがあるから」

「そう? それじゃあそれ、塗り終わったら行こっか」

 クソ~、彩子のやつ軽く流しやがって。

「そだね」

 そして、履きなれない下駄を履くと、二人揃ってぎこちない足取りで駅に向かうのであった。

(ママさん気づいてるんじゃ)

『気がついてますね』


 夕方。夏の陽はまだ厳しい。

 改札を出て駅舎前で待つと、周辺は人が多く日陰から追い出されそうだ。

「よう!」

 一本遅い電車できたと思われる男子二人は、すぐこちらに気づく。そして第一声、宗太郎がそう言った。一方横にいるツナは、恥ずかしいのかひょっこり頭を下げ小さな声で「ども」と言ったようである。

「二人とも早いね」

「なれない浴衣だから余裕を持ってきたの」

 宗太郎の言葉に、彩子が浴衣をアピールするように答えた。

『どちらがツナですか?』

 お前ら浴衣を褒めるならここだぞ! と思っていた私の頭の中から声が聞こえた。

(うるさいな。なんでリアライズはツナ推し何だよ)

『どっちなんです?』

「二人とも浴衣でくるなんてビックリだよな、ツナ」

「ああ、霜月しもつきさんはピンクで可愛いし、藤堂さんは青で綺麗だよね」

(ギョ!)

『なるほど。話を振ったさわやかスマイルセンター分けが宗太郎で、目線をちょこちょこそらしている刈り上げがツナですね。しかし、ギョ! とは、時子は失礼極まりないですね』

(違うって、ツナがこんな気の利いたこと言うと思ってなかったんだよ。心の声だから許してよ)

「ありがとう! うれしい」

(やべ。リアライズのせいで彩子に先こされたわ)

「宗太郎たちも……」

(二人とも、Tシャツ短パンスニーカ。褒めるとこねえよ。どうしよ)

『時子、ふたりはクラスメートですよね?』

(うん)

『では……』

「宗太郎たちも、見ない間に背が伸びたんじゃないの? ちょっと大人っぽくなったかも」

 リアライズに教わったセリフを復唱した。

 ナイスフォローだよリアライズ。初見なのに。

「じゃあ、屋台でも見に行く?」

「「うん」」

 恥ずかしそうに話す宗太郎に、私と彩子の声が可愛く被った。


 参道を歩き並ぶ屋台を見渡しながらリアライズに話しかけた。

(ねえ。なんで二人がクラスメートだってわかったの?)

『他に可能性がありますか? 名前を呼び捨てにしていましたし、年下を相手にしているとも思えません』

(そう言われるとそうだね。他に出会いとかないし)

『しかし時子』

(うん?)

『中学生の男子が浴衣を着てくるのは少しハードルが高いと思われますし、甚平ではラフすぎます』

(うん)

『服装以外で褒める準備をしておくべきでした』

(リアライズ、AIっぽいね)

『彼ら二人をまとめると、TTということです』

(シャツの部分だけでくくってやるなよ)

「やっぱり混んでるね。金魚すくいとかやる?」

「小学校の時は、何も考えないでやったけど家に持って帰っても飼えないよな」

 宗太郎と同じで金魚すくいをやってみたいような気もするけど、ツナが言うように持って帰れない。

「じゃありんご飴でもとりあえず」

 彩子の提案に乗っかりりんご飴を買っていると、最後ツナだけパイン飴を選んだ。

「なぜパイン」

「こっちの方が美味しそうに見えたからなんとなく」

 宗太郎の突っ込みに、ツナがそう答えた。


 飴は長持ちするとはいえ、花火までは時間がある。

「ガッツリしたもの食べたくない?」

と、宗太郎が始めれば、

「たこ焼き?」

と、私がいい、

「お好み焼き?」

と、彩子がいい、

「フライドチキンじゃね?」

と、ツナがいう。

『やきそば』

 心の中で誰かが言った。

 ああ、考えるとますます腹が減る。ソースの呪いかな。一人だけ違うけどな。

「じゃあ、藤堂さんの意見に賛成」

 へぇ? ツナなに言ってるんだよ。

「たこ焼き?」

 聞き返す宗太郎にツナが答えた。

「そそ。だってたこ焼きならシェアできるじゃん」

『あれれ。時子、勘違いしました?』

(な訳ないだろ)

「じゃあさ、からあげも買ってシェアしよ」

『』

(だって、たこ焼きだけじゃ足りないでしょ)

 場所がなくて囲んで食事とはいかなかったけど、器を回し合ったその距離は特別だった。


 そして大きな音が響く。

 四人並んで見上げる空に花火が広がった。

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