2 夏休みと学校
学校に着くと自分のクラスに直行した。
『ここが時子の教室ですね』
「うん」
ドアを開け教室に踏み込んだ瞬間、
「おお、涼しい」
久々に声に出した言葉は独り言である。
「おそいよ」
しかしそれに、教室で一人待っていた
「ごめん。めっちゃクーラー効いてるじゃん」
「時子が遅いからじゃん」
『彼女が陸上部のお友達ですね』
「そうだよ。彩子っていうの」
こっちは、頭の中で答える。
『ジャージを着ていますが、顔や手は確かに日に焼けていますね』
「ここまで焼いたら私なら痛いわ」
で、彩子に戻ってと。
「それで彩子、OKそう?」
「うん。着付けはお母さんがやってくれるって」
「よかった。急な話で着付けやってくれる人いなかったらどうしようかと思ったよ」
『着付けとは、ひょっとしてお祭りですか?』
「そうだよリアライズ。お祭りは知ってるんだ」
『当然です。それで彩子さんとの打ち合わせとはお祭りのことなのですね』
「そうそう。もう明日なんだよ。お母さんはおばあちゃん
『しかし、着付けの話だけなら学校まで来なくてもよいのでは』
「ここからが本題だって」
「時子。何、ボーっとしてるの?」
「いや何でもない。ちょっと頭の中が忙しいというか」
「はぁ。で、
「もちろん」
『そう言うことですね』
「おい! 急に察しが良くなったなリアライズ」
『わかります。ダブルデートですね』
「ああ、微妙に正解」
『では、三角関係ですね』
「そこなんだよな~。私も彩子も宗太郎狙いなわけ」
『やはり、缶詰みたいな名前の殿方は嫌ですよね』
「違うって。ツナは
「時子?」
「はっはい」
「絶対にお母さんには、男子と行くって悟られないでよ」
「分かってるって。だからこうして暑い中、学校まで来たわけだし」
そうして、彩子と作戦会議をしている最中である。
「たのもー」
教室のドアがザーっと開いた。
「ドッジボールやろうぜ」
「お前らバカか」
私は、ドアの前でボールを抱え立っているそいつらに答えた。
『あの女子たちは?』
「みんなクラスメートだよ。なんで夏休みなのにゾロゾロいるんだよ」
『嫌いなんですか?』
「な訳ないじゃん」
『“たのもー”だなんて、ツナかと思いました』
「いや、ツナは男だから」
『結局、校庭に行くんですね。しかも酷暑の』
「おお。受けてやった」
『しかし、文化部対運動部では分が悪いのでは?』
「やっぱ? でも文化部の方が数多いし、吹部とか体力あるから平気じゃない?」
早速始めるが、意外にも問題はチーム割ではなかった。
『時子いま、見逃しましたね』
「まあね」
『ほら時子! 2時の方向、距離530に』
「なんだよ530って」
『ロックオンされています。回避してください』
「ムチャ言うなよ」
そして結末は、
「コラ! お前ら、熱中症アラート出てるんだから校庭で活動するんじゃない」
激高した先生の一撃で、敵味方なく全滅したのであった。
『いよいよ買い出しですね』
「買い出しって。明日の夜にはお父さんが先に帰ってくるし、今日の夕飯ぐらいだけどね。どうしようかな」
学校を出て、ショッピングセンターに向かっていた。
「ってかさ。さっきうるさいよ。集中できなかったじゃん」
『ドッジボールのことですか? あれは時子が下手なのでサポートしたのですよ』
「いや、サポートになってないし」
『しかしあれでは勝てません。身体能力の低さを機転でカバーして、そこそこ戦っていたメガネの子をまず倒すべきでした。それから、人の後ろに隠れるために走り回っていたあの子はボールが取れないと分かるので後回しで平気でした』
「勝ち負けじゃないの」
『と、申しますと?』
「いい? あのさ、友達付き合いっていうかクラスメートの間にもルールみたいのがあるわけよ。同じ人を狙ったり、逆に無視したりとかしちゃダメなの」
『勝負というのは字のごとく、“かち”“まけ”を決めることですよね。やるからには勝ちを狙うことは当然では?』
「そうだよ。ガチならね。リアライズ、答えはひとつじゃないんだよ。ダンスだって勝敗を競うときと楽しむときがあるでしょ」
私、いいこと言った。
『時子』
「うん?」
『信号機のない横断歩道を渡るときは、右を見て左を見てもう一度右を見て手を上げながら渡るのです』
確かにショッピングセンターへ行くには、ここを渡る必要がある。
「お前、話逸らしただろ?」
『お前ではありません。リアライズです』
「へぇー」
『どうしたのですか?』
「小学生じゃあるまいし、手を上げるなんて恥ずかしいよ」
『おやおや。小学生にもできることができないのですか?』
ちきしょう。やればいいんだろ。
私は、手を真っ直ぐ上にこれでもかと伸ばすと、白魚のような肌を運転手たちに見せつけるようにして華麗に横断歩道を渡った。
ショッピングセンターに入ると、冷蔵庫のように寒いスーパーへ向かう。
『食品は後の方がよいのでは』
「ただでさえお祭りでお金使いそうなのに、服や靴に回すお金なんてないよ」
『では、あれで増やすというのはどうですか?』
「宝くじかー。AI的に当たりそうってこと」
『いえ。計算上は悲惨なものです』
「じゃあ勧めるなよ。そだ、計算が得意なら競馬とかの方がよくない?」
『確率的にはそうですが、時子では買えません』
「お前を創った親父が競馬で儲けた話も聞かないけどな」
『では、他のお店へは行かないのですね?』
「しつこいな。何か欲しいものでもあるの?」
『いえ。私としてはありませんが、時子にはドラックストアーをお勧めします』
「お勧め? 薬局? なんだろ。日焼け止めもナプキンもまだあるよ。もったいぶらないで正解教えてよ」
『正解とは言いませんが、カミソリか脱毛クリームを用意されては』
「ああ? 私そんなに毛深い?」
『いえ。濃くはないのですが、横断歩道を渡るときTシャツの隙間から見えたので』
マジ? 意地になって手を挙げたとき、腋が見えたの? そんでもってあいつらは白魚のような腕ではなく、その腋を見ていたっていうのかよ……。
「いや待て。リアライズは私の目を借りて風景を確認してるんだよね? 何で私の腋が見えるのさ?」
『気がついてしまいましたか』
「え? 俯瞰モードとかあるわけ?」
『ありません。俯瞰モードではなくシミュレーションモード3Dを使い、浴衣を着たときの見え方を計算したのです』
「あー。つまり見えてなかったのね」
『特定はできませんが、今回は見えていた可能性は低いと思われます。ですが明日、浴衣で同じ状況になったとき見える確率は89%、ツナが引く確率は71%と考えられます』
「その確率はどこからきたんだよ! 大体、そんな統計があるなら宗太郎の方を教えてくれって話」
『では、ドラッグストアは行かなくて……』
「行くわ。ここでお金使うの痛いけど行くわ」
こうして買い物を済ませると家路につくのであった。
『夕飯はキムチだけですか?』
「だってー。お金予想以上に使っちゃったからさ」
テーブルの上にはパックキムチとプリン、保湿成分入り脱毛クリーム、ピンクの潤いリップがある。
米を炊飯器にセットしてスイッチを押す。
「きゅうり~、もやしぃ、ニンジン、たまご」
冷蔵庫の中身を読み上げる。
『肉が欲しいですね』
「ない!」
『では、そこの油揚げに焼き肉のたれを使って、ビビンバもどきを作ってみては』
「おぉ。どうやるの?」
『きゅうり、もやし、にんじんは耐熱容器に入れて電子レンジで3分温め……カットしてからですよ』
「わかっとるわ」
『水分を切ったらごま油、鶏がらスープとあえてください』
「OK。油揚げは炒めてタレかけるだけかな」
『はい』
そして……。
炊き立てご飯に、お肉風油揚げ、なんちゃってナムル、市販のキムチ、加えて卵の黄身を中央に載せる。あと、お父さんがお母さんが作ってくれないときによく飲んでいるインスタント味噌汁を付ける。これが野菜が大きくて生みそで普通にうまい。
「夕飯の完成じゃ!」
もぐもぐ もぐもぐ もぐもぐ?
『どうですかお味は?』
「うーん。普通? ちょっといまいち?」
『やはり厚揚げであるべきでした』
「分かってて油揚げでやったわけ?」
『わたしはAIなので味については分かりません』
「おい! ここまできて今更かよ」
『肉がない時点で諦めてください』
「諦めてプリン食うわ」
『もう丼の中は空ですけどね』
「うるさい」
私は皿洗いをしながら、AIよりも食洗器が欲しいと思った。
「あのさ、お風呂入るけど」
『どうぞ』
「どうぞじゃなくて、見えるんだよね?」
『リアライズは優秀なので、時子が見える範囲だけではなく全てを数値化できます。色々思うところはあるかと思いますが、後の祭りです。祭りは明日ですが』
「あっそ」
「プっはぁー!」
お風呂上り、台所で麦茶を飲む。
「思った以上だわ。見て、腋つるつる」
『はいはい。あんなの産毛みたいなものですからね』
これから剛毛になるのかな……。
「ほいじゃあ明日も昼まで寝れるし、ゲームでもすっべ」
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