だれおま天の声と私の夏
深川 七草
1 夏が来やがった
「暑い~……暑い……」
『目覚めましたね』
寝苦しさにうなされていると、やさしい声が断定してきた。
「うなされてるんだよ……」
私はむにゃむにゃと、しかし半ギレな気持ちを込めて答えた。
たぶん朝、いや昼前かも知れないけど。
ベッドで横になっている私の体はそこに埋まっているかのように重く、長く伸びた髪は顔に張り付いていた。深夜2時までゲームをやっていたのだからこのだるさは当然である。しかし、夏休みに入ったのだからと気にしてなどはいなかった。
『無理はよくありませんね』
「私の体を気遣ってくれているん?」
『いえ。無理をする方向がゲームだからよくないのです』
まったくその通りであった。
まだ寝ぼけているのだろうのか? 休みだし、夢でもなんでもいいけど永眠は勘弁である。
『そろそろ思いましたか? この声は何なんなんだ! どこから聞こえてくるんだ? そして貴様、どんな美少女だと』
最後の一言以外は確かに思った。私は一人、部屋で寝ていたはずである。そして。
『お父さんとお母さんはお姉ちゃんと一緒に田舎に帰ったはず。この家は今、私ひとりだぜヒャホーと』
そうそう、って、なんでお前が答えている。
『私は、AI。あなたのお父様、つまり謎の藤堂博士に創られた超AIの』
いや。謎の部分は博士の正体ではなく、何故おやじがAIを作れるのかでは。それに“超”はいるの? いらないの?
『リアライズと申します』
「あっどうも。私はその父の娘の
『TTなのですね』
「なんでイニシャルに。それにこんな可愛いのにTTじゃ伝わりにくいだろ」
『私のこともみなさんAIと約しますし』
「それはほら、
私は、右手を支えにしながら体を起こすと部屋を見回した。
やっぱりいない。
聞こえてくる声に方向性がないんだよね。それに恐怖を感じない。
「あんたどこにいるの?」
『もう気がついているかも知れませんが、あなたの頭に直接話しかけています。あなたの言葉も口に出さなくても私に届きますよ。それから、あんたではなくリアライズです』
「なるほど。テレパシーみたいな感じだね。さすが超AI。あと、私のことは時子でいいから」
今まで声に出していたのか、それとも頭の中で話していたのかは覚えていない。だけど、思うだけで伝わるらしいからこれからは口に出さないことにした。
「で、リアライズ。ご用件は?」
『はい。二つあります。一つ目は、中学生である時子が家で一人でも安全にいられるようにすること。二つ目は、社交性のある言動をするようにあなたに助言することです』
「えっと。一つ目は、実態がないのに守る。二つ目は、引きこもりや中二病のようなあなたでも安心サポートってことかな」
『はい。ほぼ合ってます』
「合ってますじゃねえよ! 口に出して話さなくても喉、渇くわ!!」
私は、ドアを開け部屋を出た。
『この先、下り階段です。注意してください』
私は引き返した。
『そこまで危険ではありません』
「分かってる。スマホを忘れたから取りに戻っただけ。あのさ、一々言わなくても平気だから。
『申し訳ありません』
素直だな。
『ある程度はプログラムされているのですが、時子の目を借りて見ている私としては初めての景色なもので』
テレパシーのようにやり取りできるのだから、目からの情報も共有できるのか……ちょっときもいな。
テーブルにスマホを置くと、親が心配して買い込んだパンたちの中から甘そうなチュロスを選び冷蔵庫からは牛乳を取り出した。
「ねえ。超AIさん。牛乳を飲むと背が高くなるってホント?」
古臭い逸話を振ってみてからチュロスをかじった。
『栄養の必要性を考えると飲んだ方が伸びやすいと思われますが、それより胸が大きくなりますよ』
「マジかよ」
思うと同時に、牛乳を飲む。
直接話していたら、この間のなさは実現できない。ビバテレパシーである。
『ただし、胸以外も大きくなることが予想されます』
「って、おい! ようするに太るだけかよ。女性ホルモンの影響とか科学的な答えじゃないのか?!」
『残念ながら。ただ、確実なこともあります』
「なん?」
『それはもう、お昼ご飯です』
時計の針は、12時を過ぎていた。
着替え玄関に向かうとリアライズが話かけてきた。
『髪を切りに行くのですか?』
「違う。学校行って、帰りに買い物するつもり」
『髪を切ると言ってませんでしたか?』
「覚えてない」
『先送りにするのはよくありませんよ』
「まあ、今日は予定あるし、そのうちね」
スニーカーを履き、クソ暑い外に出る。
「ちゃんと鍵閉めるで。お金も持ったで。日焼け止めもぬったで~」
リアライズに言われそうなので聞かれる前につぶやく。もちろん心の声でだが、照れ隠しにちょっと関西弁風にしてみた。
暑い。日傘使ってみようかな? そんなことを考えながら歩く。
『夏休みなのに学校へ行くのですか?』
「うん。友達は陸上部で絶賛部活中なんだけど、ちょっと打ち合わせがあってさ」
『それで、時子は帰宅部なんですね』
「違げーよ。美術部」
『フム。どうして美術部に? 絵が得意なんですか?』
「腐女子だからさ」
『そう言えば、昨日も遅くまでゲームをしていましたね』
「てのは冗談で」
『冗談なんですか? 本気と書いてマジに思えましたが』
「AIのくせに騙されるなよな。本当は、逆なんだ」
『腐女子ではないのですね』
「いや。それは自分では分からないけど、絵を描くのは苦手なんだ。平坦な絵しかかけないの。奥行とかよくわかないんだよね」
……
「だけどさ、美術の先生、その絵を見て褒めてくれたから。他に入りたい部もなかったし、まあそれでいいかなって」
『そうですか』
何だよ。質問多い割に淡白な返事しやがって。
『それで美術部は、夏休みには活動がないのですね』
「あるよ。夏休みでも先生ってほぼ来てるから、ガチでデッサンしてる人とかは活動してるよ。私はー、そうだな。最後の週に文化祭の準備でもしに行こうかな。宿題が終わったら」
『無理そうですね』
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