天の釣り人
高黄森哉
雲の上の釣り堀
五人の釣り人がいる。一番、右に腰を下ろしている釣り人は黙っている。皆、水連が咲く池へ、釣り糸を下ろしている。静かな水面は、よく磨かれた鏡のように、雲一つない空を湛えている。雲一つないのは、ここが天上の釣り堀だからだ。
「がははは」
右から二番目の釣り人が笑う。彼は団子のように太っていて、豊かさを感じさせる。その彼の左側にいる、細身の男が釣果を尋ねた。
「釣れましたか」
「それはもう、沢山。やっぱり、これですな」
釣り針には、うな重がくっついていた。
「儂にもくれませんかな」
右から四番目の老人が問うてみる。三番目も同じことを希望する。このようにである。
「自分も欲しいのですが」
「いや。これで最後です。ウナギは、絶滅しはったんでね。おたくの釣り餌はなんですかな」
うな重がないので、釣竿を下げた豊満な彼は、対照的に痩せている彼に訊く。
「釣り餌は、雌です」
「ほう。友釣りですか」
「ええ」
「つれまっか」
「最近、引きが弱いですな」
「沢山、釣ったから、締まりが悪くなってるんじゃありませんか。吊り上げてる途中で、ナニが外れてしまうんちゃいますか」
「そのようです」
そういって、竿を置く。
「そっちはどうですかね」
「儂か。面白いようにつれる」
そういって、巻きあげると、銀の釣り針にミミズのようなものがくっついている。
「それはなにですか」
「これは、ナニです。面白いようにつれる」
「雌が釣れたら、私に一つもらえませんか。どうもしまりが悪くて」
「いや、雄しかつれなかった。どうも、雄のほうが、こういうのに惹かれすいようでしてな」
「残念です」
流れから、自ずと最後の一人に視線が集まる。右から数えて五番目、つまり左端。その彼は凄まじい数を吊り上げていた。四番目の老人が手をすり合わせる。
「ほう。これは凄い。どうか、あなたの秘伝、儂にご教授願えませんか」
リールを巻きあげる。するすると昇って来る。どんどんどんどん、巻き上げられて行って、そして終わりが水面から出て来る。
「あらら。餌をとられましたか」
そこには何もくっついていなかった。釣り針すらもくっついていなかった。
「いやいや。これが仕掛けなのです。まあ、見てなさい」
=====
(一方、そのころの地獄)
「おい。みろ。あそこ」
「おーい。見たかー。ありゃー、蜘蛛の糸だ」
「ばんざーい。ばんざーい。迎えが来たぞー」
「みんなで一緒に昇りましょう」
「そうだ。天は我らの行動を見ているぞ」
「みんなで昇ろう」
「昇ろう」
「ばんざーい」
「ばんざーい」
「ばんざーい。ばんざーい」
「ばんざーい。ばんざーい」
…………。
=====
「釣れましたかね」
左端の男、五番目の男が帰り際に、右端の男に声を掛ける。その男は、こちらに目もくれないで、釣り糸をじっと見ていた。
「いえ。さっぱり」
「釣り餌はなんですか」
リールを回す。抵抗なく仕掛けが浮上する。そして、その仕掛けを見て男は一言。
「それは今の時代、食いつきが悪いですよ。餌を変えましょう。今は、何もつけない方がいいんで。こうやってね」
右端の男の仕掛け、釣り針の先にあるもの、それは小説だった。
「いや、俺はこれでいく」
天の釣り人 高黄森哉 @kamikawa2001
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