第2話



あれから何事もなく研究室に着く。少し拍子抜けした。コンコンと扉を叩いてから返答を待ち入室すると、教授がいつも通り席で何か書き物をしている。

入学して2年間、ジョンからの逃亡を手助けしてくれたのは教授だ。教授以外は王子から求愛されるなんてと、妬まれたり羨ましがられたり。酷い目にあってきた。


尊敬する教授も、今日はおかしくなっている可能性がある。どんな選択肢が出てきても柔軟に対応できるよう心構えをし、慎重に話しかける。


「教授、お疲れ様です。」


「タロウ君か。すまないね、丁度筆が乗っているから手が離せないんだ。卒業式の時間までに少しでも書いておきたい。」


「お忙しい所すいません。鍵が落ちていたので、教授の物かと思いまして。」


俺が鍵束を見せると、筆を持ったままコチラをチラリと見てくる。事務所の物だろうが、教授を選択肢したから適当に言って預かってもらおう。


「おや?机に置いてくれ。そろそろ卒業生は集まる時間だろ、先に行っていなさい。」


「はい。」


時間まで此処に隠れていたかったが、教授の仕事の邪魔はしたくない。それに、余計な行動をすれば選択肢が出てくるかもしれない。素直に研究室を出て式場に向かう。


取り敢えず今は、一人で学園最後の時間を楽しもう。賑やかな式場に向かい、割り振られた一番端の席に座る。目を閉じてジョンからの逃亡生活だった日々を振り返り、勝利した今を喜ぼうとしたら、隣の席に誰かが座る気配と共に選択肢が浮かぶ。


A隣に視線を向け微笑む。

B隣に愛の告白をする。


何だこの選択肢は!?目が開かない。体が動かない。隣に誰が座っているかわからない。そもそも、ずっと一人だった俺が告白できるような親しい人はいない。とすると、ジョンか?卒業代表席ではなく、俺の隣に座ってきたのか?


ここはAを選択しよう。目を開け隣を見ると、ジョンの護衛の筋肉が隣に座っていた。


「ん?タロウ、どうした?」


良かった。心から笑顔が出る。彼に告白しようものなら、筋肉で潰される。助かった。

俺の気持ちを知らず、彼はため息を付いて壇上側に視線を向ける。俺もその先に目を向けると、卒業生代表席に座るジョンと目が合ってしまった!


奴は服を乾かしたのか、替えがあったのか。朝見た時と変わらぬ完璧な姿で座っている。

おいおい、気のせいじゃない。俺をジッと見てくるなよ。呪いによってジョンから視線が外せなくなった。やめてくれ、眼鏡をキラッとさせてフッて感じで笑ってくるな。鳥肌立ってきた。助けて誰か!


「今日は王様もいらっしゃるから、ジョン様の護衛も王国戦士長直轄の兵があたる。俺はいち卒業生として楽しむようにと、ご配慮下さった。だが、俺はジョン様の側にお使えしたかった。あの方の凛々しいお姿を……」


筋肉がどうでも良い話を始めたら、呪いが解けた。俺はサッとジョンから視線を外して筋肉の筋肉を見る。卒業式が終わるまで絶対にジョン方面を見ないようにしよう。


ジョンと視線が合わないようにした結果。折角の卒業式は、どうでも良い筋肉を見るだけで終わった。


ーーー


卒業式も終わり、晴れてこの学園からおさらばできると思った矢先。帰ろうとする俺を生徒会長が捕まえてきて、卒業パーティーに強制連行された。共に楽しもうと言う奴は、明るく友人も多い。こういう人は嫌いだ。そういうノリで来られても俺は同調したくない。

腹が痛いからと帰ろうとしたが、呪いにより見えない壁に遮られパーティー会場出口にむかえない。


このままではジョンに捕まってしまう。俺はパーティー料理の乗った机のテーブルクロスを捲り、中に籠る。ちゃっかり取ってきた大量の料理を食べつつ、全員が帰って掃除が始まった頃に帰ろう。完璧な作戦だ。


「コレも美味い。甘いのとしょっぱいのを交互に食べると、無限に食えるな。こんなに美味いのに皆おしゃべりに夢中だなんて、勿体無い。まあ、俺には話す友人なんていないけど。」


揚げ物をソースにたっぷりつけて齧っていると、泣けてきた。俺の学生生活は勉学に逃亡だったなぁ。勉強頑張って入学したのに。青春って何?


Aおかわりを取りに行く。

B教授に挨拶に行く。


「そうだな、教授には挨拶しないと。たまには良い選択肢も出るんだよな。」


テーブルクロスを捲り周りを確認。誰も料理には無関心だ。そっと出て周囲を見まわす。ジョンは婚約者の令嬢と踊っていて、離れた所に教授が学生達と談話している。これなら安全だ。

教授に近づき挨拶をする。


「教授。」


「タロウ君。卒業おめでとう。」


「教授のもとで勉学できた日々は、俺の一生の糧になるでしょう。本当にありがとうございました。」


「それはよかった。君は優秀だから、就職先でも可愛がられるだろう。ああ、そうだった。君に合わせたい娘がいるんだ……ユリー。ちょっと良いかな?」


教授が少し離れて談話している一人の女の子を手招きして呼ぶ。


俺は、その彼女から視線を外すことができなかった。周囲と違い、彼女だけキラキラと輝いているみたいだ。何て、何て可愛いのだろう。一目惚れとはコレか!


「ユリーはタロウ君の一つ下だよ。ずっと君と話をしたかったそうだが、今日やっと叶ったと言うわけさ。恥ずかしがり屋だがとても良い子でね、趣味は料理だったかな。」


「きょ、教授。そんなに言わないで下さいよ。」


こ、こ、こ、これはっ!彼女は俺をただ陰から想い、俺を遠くから見つめていたと!俺に友達からの恋人になってくれと!?

変態野郎から逃亡しきったご褒美が、こんなに可愛い女の子との純愛だなんて。呪いは祝いに変わった!!ありがとう教授!!教授を選んで良かった!!


少しモジモジした様子で俺を見つめてくるユリー。ここは俺から話しかけよう。

『先ずは互いを知る所から始めないか?取り敢えずは、ケーキ食べに行こう。』この台詞でいこう。


「は、は、はじめまてユリーさん。け、け、ケーキ」


「あっ、あの。タロウさん。私、タロウさんにお礼が言いたくて。」


何て可愛い声!好きだ!

記憶にないが、昔俺が彼女を救ったのか?人違いでなければ、俺に対して好印象しか持っていない筈。

よし、手を握ってみたら良いのかな?女性とまともに話した経験すら無いから、よくわからない。


「ユリーさん。」


俺がユリーの手を握ろうとした時だ。後ろから声をかけられる。


「タロウ、待たせたな。」


「げえっ!?」


ユリーと愛を語らおうとしたら、ジョンが婚約者と共にやってきた。美形2人の放つオーラが神々しくて、周囲の視線も一気に集まる。俺は冷や汗がダラダラと出てきた。

これで終わりだと思っていたが、最終選択がきたのか?俺ではなくその女を選ぶのかと聞かれたら、AB共にジョンだったとしても大きな声でハイと言ってやる。選択肢を打ち破ってやるからな!


俺は負けない!!ユリーを背後に庇い、ジョンに向けて身構えた時だ。


「ああ、私のユリー。これで私達は永遠よ。」


ジョンの婚約者が俺を押し退けユリーに寄り、まさかの抱擁からの口付けをする。ユリーもいつもの様な雰囲気で受け入れている!

可愛いと綺麗の交わりは見ていて興奮するな〜なんて思った自分が嫌だ。


「ゆ、ユリーたん。」


足元が崩れた気がした。俺の初恋は一分で終了した。


ふらつく俺の肩に手が置かれる。嫌味な程に微笑むジョンに捕まった。


「俺達は正式に婚約破棄した。もう、何ものにも俺を縛る事はできない。


安心しな。卒業しても、僕の側に居たいんだろ?その顔を見りゃわかるさ。一度しか言わないからな。僕も、お前がいない日々は退屈なんだ。側に居ろ。」


肩を引かれ、奴の無駄に整った顔が目の前に。どうする?選択肢は出ない!あれ?選択肢が出ないぞ。つまり。


「ぶふっ!!」


奴の眼鏡のレンズにおでこで頭突きし、皮脂をたっぷりプレゼントする。目に怪我はしていないし、眼鏡は壊れていないが暫く使用不能だ。これくらいなら、不敬罪にあたらないだろう。


「……くっ。タロウ、お前。ここは口付けだろうが。」


「ジョン王子。俺は貴方と深い仲になった覚えはありません。迷惑です。2度と会う事もないでしょう。さようなら。」


視界が不明瞭なジョンの手を払い退け、教授や他の人達に一例して俺は会場を出る。良かった。呪いは終わっている。


「甘い青春は過ごせなかったけど、俺は最後まで逃げ切ったんだ。これから何が起ころうとも、俺はこの経験を生かしてくぐり抜けてやる!」


学園の門を潜れば、俺の新たな生活が始まる。


「待っていたよ、タロウ君。」


門をくぐると、月明かりのもと王国戦士長が一人で立っていた。王様の護衛はどうしたのだろう?何で一人なんだ?


「あの。何故俺の名前を?」


「君は優秀だから、殺すに惜しい人材だと掛け合ったのだが。本当にすまない。」


少し寂しそうに言われ、カチンと金属音が聞こえた次の瞬間。俺の目の前が真っ赤になる。丸腰の俺は、なすすべがなかった。


どうしてだ?


俺はどこで選択肢を間違えたんだ?


B


選択肢が、出てこない。


おしまい。

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タロウは既に、詰んでいる。 シーラ @theira

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