タロウは既に、詰んでいる。

シーラ

第1話

学園純愛ゲームは好きですよね?


「タロウ、そろそろ起きろ。」


窓の外から聞こえる鳥の鳴き声、髪の毛を触られる感覚に眠い目をあける。ここは学生寮の俺の部屋だ。いつも寝る布団。いつもの朝。


一つ違うのは、一人の男が当たり前のように俺の隣に寝そべっている。


「ったく、いつまで寝てんだよ。タロウの呑気な顔見てたらこっちまで眠くなってきたぜ。」


朝の光に深い茶色の長髪が淡く輝き、銀縁の眼鏡から覗く奥深い緑色の切れ長の目が俺の目の前に。

彫刻の様に彫りのある顔立ちは、その気の無い男性達からも「顔だけはいい」と認められている。今は優しい魔性の笑みは、学内外問わず国民を虜にさせる。愛される王子様に相応しい。


そう、奴は本物の王子だ。


「……どういう事だ?鍵はかけてあった筈なのに。」


「窓から入ってきたんだ。お前、不用心過ぎ。」


おいまて、ここは4階だ。どんな身体能力しているんだコイツは。少し暑くなってきたからと、網戸にして寝ていたのが仇になったか。

状況を整理する俺の様子に、奴は更に笑顔を深める。そっと俺の頬に手を添えようとしてきた時だ。俺の脳内に選択肢が浮かんだ。


Aそういうの、恥ずかしい。

B朝からやめろよ。


俺はBを選択し、不慣れな体勢から奴の腹部に拳をめり込ませた。だが、寝起きで力が弱かったようだ。あまりダメージを与えられていない。残念。


「ぐぇぼっ……猫パンチにしては、強烈じゃねぇか。そんなに僕とじゃれあいたいのか?」


「朝からやめろよ。不法侵入するな変態野郎。」


俺は布団から出て廊下へ続く扉へ向かい、許可を取り付けた鍵を開ける。3つも付けるの大変だったのに!クソ!

腹をおさえて蹲る奴の首根っこを掴んで、廊下に放り投げる。全く、朝から気持ち悪いものを見てしまった。


「2人の時は愛しのジョンと呼べと言っているだろ?ったく。そういう君の態度は、嫌いじゃ……」


奴の台詞は最後まで聞かず、扉を閉める。俺はため息をついて気を取り直し、窓を閉めて鍵をかける。今日が最後だからと、強硬手段を打って来たか。気を引き締めていかないと。


取り敢えず、朝食前の筋肉トレーニングを開始する。入学してから2年もしていたら、しないと1日が始まった気がしない。お陰でこうして自力で撃退できるようになった訳だが。


「1.2.3……68.69……72…」


腹筋、背筋、片腕腕立て伏せを100回。こうして鍛えているのは、ジョンを攻撃する為。

とは言っても、俺はジョンにしか暴力を振るわない。俺は平和主義者だ。普通の人間は相手が拒否すれば引くが、それが無理な奴だから強硬手段を取っているだけだ。


「さて、準備をしよう。」


トレーニングを終えたので、軽くシャワーを浴びてから食堂に行こう。用意をしてそっと扉を開けて周囲を見回すが、奴はいなかった。奴専属の護衛が回収に来てくれたのか、諦めたようだ。


学校内なら、研究室という絶対回避可能な避難場所がある。俺は毎日入り浸り教授の雑務を請け負いながら自分の勉強をこなし、なるべく外に出ないようにしていた。

学生生活での気の置けない友人は最後まで作れなかったな。そういう集まりに行くと、どこからともなく奴が現れたからだ。だから、諦めた。


勉学でも良い成績を残し教授に気に入られた俺は、卒業後の進路も安定した職業に就ける事が決まっている。

そして、今日の卒業式を無事に終えれば、ジョンから逃れられる!最後だからと奴の出現率も高いだろう。細心の注意をして回避していかねば。


「……ふぅ。サッパリした。さて、礼服に着替えよう。」


シャワー室は個室だ。ここも鍵は一つしか無いが、安全地帯ではある。ゆっくりお湯を浴びて脱衣室に行こうとした時だ。不意に出入り口の扉が開いた。


「僕を待たせんじゃねぇよ。」


ジョンが表れた!王族専用の真っ白な礼服を着た奴は、若干興奮している様子。卒業生代表として答辞を任されている為忙しい筈なのに、何故ここにいる。


「ったく、見せつけやがって。本気で食われたいようだな。」


「貴様、どうやって入ってきた。」


「ああ?そんなの、コレがあるからに決まってるだろ。」


ジョンが懐から鍵束を取り出し、指でクルクル遊ぶ。なんという事だ。最終日になると奴の装備にマスターキーが追加されるのか!


俺の脳内に選択肢が浮かぶ。


A一緒にシャワー浴びよう。

Bまだ時間あるなら、着替え手伝ってくれ。


俺はAを選択する。


「一緒にシャワー浴びよう。」


「やっと素直になったか。いいぜ、まだ少し時間はある。タロウ、骨の髄まで可愛がってやるよ。」


舌舐めずりをしたジョンが入ってきて、俺に背を向け個室の鍵を閉めた瞬間だ。俺はジョンに素早く近づき、奴の頸動脈を腕で締め上げる。奴は抵抗しようとしたが、剣術が学内一の俺の腕力を舐めるな。直ぐに落としてやった。


「さて、ジョン王子様。シャワー浴びようか。」


気絶するジョンをそのままシャワー室に引きずり座らせ、お湯を満遍なく身体中にかけて濡らす。肩のモップみたいな部分が水分を含んで、このまま床掃除に使えそうだ。靴の中も念入りにお湯を入れておいた。完璧だ。

万が一溺れる可能性も考慮してお湯を止めておく。王子殺しなんて洒落にならない。ついでに、奴の高そうな眼鏡のレンズに指紋をベタベタにつけておいた。スッキリ。


「よし、これで奴の礼服は駄目になった。ついでに冷えて風邪でもひいてくれれば万歳だ。」


これでジョンは卒業式が始まるまでに服を乾かさないといけない。つまり、俺に寄ってくる余裕は無い。完璧だ。

奴の懐からマスターキーを奪い、俺も礼服を着て外に出る。勿論、個室の鍵はかけておく。ジョンが起きない限り、ここに奴がいるなんて誰も思わないだろう。


「やったぞ俺。よくやったぞ俺。これで卒業式を平穏に迎えられる。」


足取り軽く食堂に向かい、朝食をとる。いつもなら必ずジョンが寄って来て「王子である僕の命令が聞けないのか?ほら、口を開けろ。」とか邪魔してきたが、それも無い。

ああ、賑やかなこの場で一人で食べる食事は何て美味いのだろう。最後の学食を心ゆくまで味わっていると。


「おい。ジョン様を見かけなかったか?」


ジョンの護衛の一人がカツカツと靴音を鳴らして寄ってくる。奴が居ないから探し回っているのだろう。眉間に皺を寄せ、苛立ちと焦りを俺に向けてくる。


「お前に会いに行かれてしまったのだと、あちこち探し回っているんだが。全く、今日は卒業式なのに。

ああ。私はジョン様の答辞を聞く為に、今日この日を楽しみに学園生活をおくってきたというのに。どちらへ行かれてしまったのだろう。ジョン様。」


そんなに大切な主人なら、俺に近づかせないように檻に閉じ込めておけよ。最後まで役立たず。


一般寮生である俺の部屋に王族であるジョン一人で来ているのは、体格や戦闘力にも恵まれているので護衛を必要としていないのもある。だが、護衛の目を盗んで忍び込んでいるのが正しい。普通は王族はこんな所に来ない。


「ねえ。どこにいるか知らない?」


A一緒にシャワーを浴びていました。

Bそんな事より、俺と少し中庭に行きませんか?2人になりたい。


これは、有難い選択肢だ。


「そんな事より、俺と少し中庭に行きませんか?2人になりたい。」


「なっ……」


動揺している。顔を赤らめているので、ふざけるなと怒鳴ってくるだろう。斬りかかってくる可能性があるので、手元にあるナイフを掴む。ジョン以外は、どんな選択肢を選んでも恋愛沙汰にならないから安全だ。

入学したての頃。ジョンか彼女かどちらかと添い寝を望む選択肢が出てきた時に彼女を選んで、剣を首元に突きつけられた思い出がある。今回もきっと。


「ま、待て。私は王子の護衛があるんだ。……だが、お前がそれを望むなら、す、少しだけだぞ。あくまで!ジョン様を共に探すついでに私の部屋に行くだけだからなっ!勘違いするな。」


おかしい。彼女はそんな発言をする人ではなかった筈なのに。いつもなら俺のどんな発言に対しても過敏に反応して攻撃してくるのに。

好感度がおかしくなっているのか?これはこれで、非常にまずい。いや、女性だから良いのか?


どうしようか。急にもよおしたとトイレに逃げ込むのが一番無難か?いや。でも付いて来られる可能性がある。屁でもかますか?いや、私には素直な姿を見せてくれるんだなとか好天的に捉えられる。


ふと、懐のマスターキーの存在を思い出す。コレだ!


「おっと。俺とした事が、すっかり用事を忘れていたよ。悪いが、一人でジョン王子を探してくれ。」


「えっ?ま、待て。私も共に行ってやるぞ。」


「俺は頼まれごとがある。君は使命がある。互いに成すべき事をしよう。それが、騎士ってもんだろ?」


「うっ…そ、そうだな。お前の言うとおりだ。わかった。だが、一言だけ言わせてくれ。……タ、タロウ君。誘ってくれて、本当に嬉しかった。また後で、ね。」


若干頬を更に赤め、絞り出すように言い切ると、彼女は長い髪をなびかせながら足早に食堂を去って行った。どうか、見当違いの場所を探しますように。卒業式に間に合うようには見つけてやってくれ。流石に良心が痛む。


俺は空の食器の乗ったトレーを持って席を立ちつつ考える。このマスターキー、誰に渡しに行くべきかな。なるべくジョンに遠い人に渡したい。


A教授

Bジョンの護衛


いやいや、ここは学園の事務所だろ。事務所に行こうとするが、体が全く動かない。毎回こうだ。選択肢が頭に浮かぶと、その行動を取らない限り他の行動ができないんだ。どうしても逆らえない。

この学園内でしか起こらない現象なので、何かの呪いかと調べても結局わからず仕舞いだった。


今日を乗り切れば。この学園から卒業できれば、きっとこの呪いも解けるはず。


「仕方ない。教授の所に行くか。」


フッと体が軽くなり、俺は教授がいるであろう研究室に足を運ぶ。

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