第24話 エピローグ

 つまり作戦はこうだ。


 花守はなもりさん、美羽みうとはお互いに本命だと主張して偽装カップルを続行。

 うたは本当に優勝するか、俺への恋が冷めるまで待ち。

 こよみ先輩には別の代価を支払うことで関係性の黙認を願う。


 これが俺にできる最善策。

 誰も傷つけない最適解。


 だから――


「違うだろうがァッ!」


 駅近くの薄暗い高架下。

 グラフィティアートの描かれた混沌地帯に、俺は頭をたたきつけた。


(逃げるなよ、バカ野郎。みんな、俺を本気で思ってくれてんだぞ。それなのに手前だけが嘘を上塗りしていくつもりか)


 不義理にもほどがある。

 今さっき、決めたばかりじゃないか。

 彼女たちときちんと向き合うって。


 ――俺の選択は。



「あ、あの……真々田まさなだくん?」

「呼び出されてきてみれば」

「どういうつもり、ですか」

「ふふっ」


 翌日の夜。

 市役所横の公園。

 そこに俺は四人を呼び出した。


 花守はなもり咲桜さくら

 クリーム色の二つ結びと小動物のようなしぐさが特徴的な天使ボイスの同級生。


 朱鷺川ときがわ美羽みう

 レッドブラウンのウルフカットで愛情表現が苦手な甘えん坊のバイト仲間。


 風越かぜこしうた

 明るい茶髪をポニーテールにした女子中学生バスケット選手。


 月姫つきひこよみ。

 黒髪清楚に見せかけた変態。


 彼女たちとの奇縁を呪ったこともあった。

 でも、今は違う。


 呼吸を一つ。覚悟を決めろ。


 彼女たちが俺を思ってくれているなら、

 俺もその思いにこたえたい……!


「好きだッ! 俺と付き合ってくださいッ‼」


 公園の照明が、四人の姿を照らしている。

 光を背にした彼女たちの顔は逆光で暗く、表情がうかがいづらい。

 向かい合う俺が表情をごまかさないように光の正面に立っているからだ。


「あ、あはは、真々田まさなだくん? 冗談きつい、かな。告白は、前にもしてもらったよね?」

「ごめん花守はなもりさん。あの時俺は、別れ話のつもりで言ったんだ。『恋人のフリを終わりにしよう』って」


 本当に、ごめん。

 俺は深々と頭を下げた。


「しかもそのうえ、美羽みうにはあたかも関係を終わらせたかのように説明した。自分の保身のために。気づいてなかったんだ。傷口を塞ぐための嘘が、どれだけ相手を傷つけるかなんて」


 美羽みうにも、ごめんと、謝罪した。

 深々と頭を下げて謝った。


うた。お前が全国で優勝したら付き合ってくれと言ったとき、俺は内心で、お前の敗退を願った。お前の師匠として成長を見届けるって約束したにもかかわらず、だ」

「……お兄さん」

「すまなかった」


 3度頭を下げる。

 場は既になんとも言い難い空気感だった。


 いつ殺されてもおかしくない気がする。

 だけど、俺がすべてを打ち明けるのを、みんな待ってくれている。

 情状酌量の余地があるかどうかを見極めてくれている。

 耳を傾けてくれている、俺の最終弁論に。


「こよみ先輩」

「はい」

「盗撮は犯罪です」

「え?」


 よし。

 全員に言うべきことは言ったな。


「俺はクズだ。どうしようもないクズ野郎だ。小心者で保身的で、愛をねだるくせに受け止める覚悟もない臆病者だ。でも、ようやく決まったんだ」


 一人一人に視線を送る。

 これが俺の決意表明。

 一世一代の罪の告白。


「もう、逃げない」


 満ち満ちたのは静寂。

 夜の重々しさを背負った沈黙が、場を支配する。

 気分はさながら判決を言い渡される囚人だ。


「要約すると、真々田まさなださんはわたしたち全員と付き合いたいってこと?」


 主文後回し。

 そんな言葉が頭に浮かぶ。


「……はい。許していただけるなら」


 裁判において主文、つまり課せられる刑が後回しにされるのは、被告が取り乱すほどの刑を告げる場合。

 事実上の死刑宣告。


(は、ははっ。まあ、土台無理だわな)


 客観的に見て、俺は4股クズ野郎。

 普通の感性なら受け入れがたい。

 最初から、分かっていたことじゃないか。


「わたしはそんなの絶対認めな――」

「いいと思いますわ。少なくとも私は、でございますが」


 花守はなもりさんが糾弾しようとしたところを庇ってくれたのは、こよみ先輩だった。


「はぁ? これはわたしと真々田まさなだくんの問題です。余計な口はさまないでいただきたいです」

「いいえ? ゆうさんはこの場にいる全員におっしゃったのです。返事の権利は私にもございますわ。……苗字呼びさん?」

「……喧嘩を売っているんですか?」

「とんでもございませんわ。私、ゆうさんにはしたない女だと思われたくありませんもの」


 いやどの口が言うか。

 誰がどう考えてもあんたが一番ぶっ飛んでるよ。


「ふふっ、ゆうさんの決意を受け止められないなら立ち去って構いませんわよ。私は2股だろうと3股だろうとおそばに付き添いますゆえ」

「それは……っ! 違う! 真々田まさなだくんがわたし意外と別れて、わたしとだけ付き合ってくれればいいんだもん!」

「束縛するばかりのオンナは、嫌われましてよ?」

「……そんなこと、無い。だって、だって真々田まさなだくんは」


 花守はなもりさんの目が怪しく光った気がした。

 内包した狂気があふれ出しているようだ。


 正直、こよみ先輩をここに呼んだのはワンチャンストッパーとして機能してくれないかと期待してのことだったけど、どうやら先輩一人には荷が重いらしい。


 状況は、どうしようもなく分が悪――


「アタシも、いいよ」


 重圧を引き裂く声。

 発生源は明確だった。

 沈黙を貫いていた朱鷺川ときがわ美羽みうが口を開いたのだ。


「今更ゆうのいない未来なんて考えたくない。思うところが無いわけじゃないけど、ゆうが真剣に考えて出した答えなら、アタシも受け止めたい」


 美羽みうが一歩前に出る。

 拳を胸に押し当てて、まっすぐ俺を見つめている。


ゆうに寄り添って生きるから……ゆうがアタシを大切に思ってくれた分、幸せを返すって誓うよ」

美羽みう……」


 胸が締め付けられる思いだ。

 彼女の思いを一度は裏切ろうとした申し訳なさと、そんな俺を許してくれる有難ありがたさがないまぜだ。


「ウチは、許しませんよ」


 満を持して口を開いたのはうただった。


「信じていた師匠に裏切られて弟子は傷心です。多感な中学生には深刻なトラウマです」

「……そう、だよな」

「うん。だから……この胸の苦しみは、お兄さんが責任をもって癒すべきです」


 しかめた面から、口を間抜けに開けっ広げた。


「6年と言わず、何年でも。ずっとウチのそばにいてください」

「でも」


 口答えしようとして、口ごもった。

 言い訳するためにここにいるんじゃない。

 それがうたが俺に求める刑罰なら受け入れる。

 そのつもりだったはずだ。


「わかった。今度こそ約束するよ」

「ん。だったら、ウチからは終わり」


 うたが視線を向けた先。

 そこには親指の腹を犬歯で抑える花守はなもりさんがいる。


「おかしい。なんで。なんで? どうしてわたしのものになってくれないの? どうしてわかってくれないの? わたしはこんなにも真々田まさなだくんのことを愛しているのに」

花守はなもりさん」


 違うよ。

 花守はなもりさんの愛の重さは、身に染みて思い知っている。


「わかってる。花守はなもりさんがどれだけ強く俺を思ってくれているかなんて」

「わかってない! わかってたら言わない! こんなこと!」

「そっか……じゃあ、これから教えてほしい」

「……え?」


 花守はなもりさんが呆気にとられる。

 思考の停止したこの好機を俺は逃がさない。


「ううん。教えてもらうだけじゃ足りない。俺のことももっと知ってほしい。でもそのためには時間が足りない。だから一生かけて、お互いのことを分かり合っていきたい」

「あぅ……えと、その」

「それじゃ、ダメかな?」


 暗がりの中でも、赤面するのがよくわかった。

 だから惹かれたんだ、俺は花守はなもりさんに。

 これからもずっと、愛していける。


「……わたしのことも、しあわせにしてくれますか?」

「約束する」

「病める時も健やかなる時も、富める時も貧しい時も、わたしを愛し、助け合ってくれますか?」

「当然、死が二人を分かつまで。……いや」


 腹に力を入れる。

 視線はまっすぐ。


「死んでも愛し続けることを誓うよ」


 後悔しないか?


 言ってから、自分自身に問いかける。

 答えは出ていた、最初から。


 ああ、後悔しないさ。


「こんな不束者ですが……よろしくお願いします」



 ひと月前、ワックで女子高生が「彼氏がインポだった」「マジで別れたほうがいいよ」とか言ってた。


 思わずシェイクを飲みはねそうになった。


 世の中には悪い男がたくさんいるのに、花も恥じらう女の子が昼間からなんてはれんちな話を。

 危機感が欠如してるんじゃないですかね?




 なんて、間抜けなことを考えていた。


 危機感の欠如したバカな若造が俺とも知らずに。


(でもま)


 だからこそ今が充実している。

 俺の選択は間違いなんかじゃなかった。

 結果論だけど、いまならそう思えるんだ。


 貞操逆転に気づかず恋人のフリの相談を軽々しく受けまくっていたら、想像以上の修羅場がやってきた。


「ありがたいことに、ね」


 高架下から空を見た。

 青い空に一筋、飛行機雲が棚引いている。

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貞操逆転に気づかず恋人のフリの相談を軽々しく受けまくっていたら、想像以上の修羅場がやってきた。 一ノ瀬るちあ🎨 @Ichinoserti

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