引き出しから生贄の王子様を逃がすクエストのお時間です!

花果唯

【クエスト:異世界の王子様を救え】

 最近私はよく同じ夢を見る。

 暗闇の中に頼りないランプの明かりが一つ。

 その近くで私と同じ高校生くらいの男子が、正座で両手を組み、静かに祈りを捧げている。

 長い銀髪と青い瞳が綺麗な男子で、真っ白なワンピースのような服を着ていて裸足だ。

 無表情に見えるのだが……とても怯えていることが伝わってくる。


(どうしたんだろう。大丈夫かな)


 心配で見ていると、何かに気がついた男子が素早く立ち上がった。

 逃げようとしているが、黒い何かに取り囲まれていて逃げ場がない。

 そして、追い詰められた男子は、黒い何か襲われ――。


 ……というところで目が覚めるのだ。


 とてもリアルな夢で、目覚めるといつも心臓がバクバクしている。

 夢の中の話だけれど、あの綺麗な男子が助かっていることを願わずにはいられない。


 あの男子は私の理想が生み出した産物なのか、本当に綺麗な容姿で『儚げな王子様』という印象だ。

 日頃からよくイラストを描いていた私は、ずっと頭から離れない彼の姿をイラストにしてSNSにアップした。

 イラストに合わせて夢の詳細も書き込むと、思いのほか多くの人が興味を持ってくれるようになり、とうとう今日はフォロワーが千人に到達。


「たくさんの人が見てくれるから嬉しいな。さあ、今日も王子様を描くぞ!」


 自室の机に向かい、気合を入れる。

 王子様の絵を溜め込んでいる引き出しを開けたら――。


「…………は? 引き出しの中が真っ暗?」


 黒い物が入っているわけではなく、広い暗闇が広がっているのだ。


「どういうこと?」


 一旦引き出しを閉めてもう一度開けたが、やっぱり引き出しの中が暗くて広い。

 私は起きながら寝ているのか? なんて考えていると、引き出しの中の暗闇から悲鳴が聞こえた。

 びっくりして目を凝らすと、小さな明りと白っぽい何かが動いて見えた。


「良く見えないなあ」


 私は机の上のスタンドライトを手に取り、引き出しの中に向けた。

 すると、目に飛び込んできたのは見慣れた光景だった。

 暗闇と頼りないランプの光。そして、銀髪の儚げな王子様。


「これは……あの夢の光景! 夢の王子様っ!!」


 私は今、彼を斜め上から見下ろしている状態だ。

 謎の状況に混乱していると、王子様が私の方を見た。


「な!? 誰だ!」

「え? 私が見えるの?」

「何故そのようなところに! …………っ!?」


 私に驚いた王子様だったが、今はそれどころではないようで周囲に視線を戻した。

 そうだ、夢で王子様は黒い何かに襲われていた。

 今もその状態なのだろう。

 黒い何かの正体を確かめてみたら――。


「ぎゃああああああっ!!!!」


 私は思わず悲鳴をあげた。

 この世で最も嫌われている黒い害虫、名前を出すのも気持ち悪いあいつが、彼を取り囲んでいる。

 しかも普通のサイズではなく、子犬くらいのデカさのアレが、十匹くらいいる!


「無理~~~~!!!!」


 私は思わず引き出しを閉めた。

 どれだけ小さくても無理なのに、あんな化け物サイズなんて無理すぎる!


「で、でも、王子様を助けないと! ……そうだ!」


 閃いた私は、自分の部屋を飛び出した。

 そして、台所に置いてある殺虫剤と、倉庫に置いているストックもかき集めて戻った。

 正直、もうあれを見たくないが王子様を助けたい。

 思い込みの力で、黒いアイツたちに脳内モザイク処理をしてやり過ごす!

 そう決意し、思い切って引き出しを開けた。


 一瞬「元の引き出しに戻っているかもしれない」と思ったが、やはり引き出しの中は暗闇が広がっていた。

 それならばやるしかない。

 私は脳内モザイク処理をオンにし、殺虫剤を持って構えた。

 王子様にはマスク代わりにとタオルを投げる。


「殺虫剤を噴射するからできるだけ目を閉じて! それで口と鼻も押さえて!」


 次に引き出しの中に腕を突っ込むと、黒いあいつに向かって殺虫剤を容赦なく発射した。


「駆逐してやる~!!」


 殺虫剤をまき続けていると、次第に黒いアイツは「ギィィィィッ」と悲鳴をあげ、苦しみ始めた。


「ひぃぃ、鳴き声キモッ! でも、よしっ! 効いてる! ねえ、あなたもお願い!」


 タオルで口を塞いでいた王子様に声をかけ、もう一本の殺虫剤を投げた。


「近くからかけた方が効くから!」


 王子様は戸惑いながら頷き、私を習って殺虫剤の噴射を始めた。

 しばらくして、ストックも開封し、三本消費したところで、黒いあいつらをせん滅することができた。


「はあ、キモ過ぎた……。殺虫剤臭いし、のども痛いよー!」


 なんとか一段落したが、殺虫剤のせいで空気が大変なことになっている。

 王子もせき込んでいたので慌てて窓を開け、扇風機で引き出しの中に向けて風を送り、向こうの空気が良くなるようにした。

 しばらくすると収まったが、王子様はまだ目やのどに支障があるようだった。

 私は慌てて持ってきたペットボトルの水と新品の目薬を新なタオルに包み、王子様の近くに投げた。


「それ、使って」


 ついでに明るさを確保するため、キャンプ用品のランタンも紐をつけて下ろす。


「こんなに施して頂いて良いのでしょうか。こんな上等な布や、不思議な容器に入った水まで……」


 王子様にとっては未知のものばかりだったようで、恐縮しながらも目を輝かせている。

 ペットボトルの開け方や目薬の使い方を説明すると、王子様は嬉しそうにそわそわしながら私に従った。


「すばらしいです! 部屋が一気に明るくなりましたし、この様に澄んだ水でうがいができるとは……! この目薬の効果も凄いです! 女神様、このような大変貴重なものを恵んで頂きありがとうございます」


 土下座で仰々しく感謝され、私は焦った。


「大したことはしてないよ! 女神じゃないし……私は汐里っていうの」

「! シオリ様。私はセルジュと申します」


 王子様のお名前判明! これはSNSで報告しないと!


「シオリ様は否定されましたが……私にとっては女神様です」


 憧れ続けた綺麗な王子様に女神と言われ、私は激しく照れてしまった。

 まさか、これも夢? 明晰夢というやつなのだろうか。


「あの、女神様……。どうして私をお救いくださったのですか?」


 私が自分の考えに耽っているうちに、王子様がやけに深刻な表情になっていた。


「だって、危ないと思ったから……」


 推しを助けなきゃ! という条件反射を起こしただけで、深い理由はない。


「私は……生きてもよいのでしょうか」

「え? 当たり前じゃない!」

「与えられた責務から逃げることになっても許されますか?」

「責務? よく分からないけど……許されるでしょう! 命より大事なことなんてないよ!」


 思いつめた顔で、びっくりすることを言われたので、食い気味に答えた。

 毎日のようにあなたがピンチの夢を見て、私はどれだけ無事を願ったか……!


「あなたは健やかに長生きしてください! …………えっ」


 私が笑顔でそう言うと、王子様は声を殺して泣いていた。


「どうしたの!? 私、気に障ることでも言っちゃった!?」

「いえ……! 女神様、ありがとうございます。やはりあなたは、私の女神様です」


 美しい微笑みを向けられ、私の顔はボンッと火を吹いたようになった。

 顔がイイ人の泣き笑いの破壊力は凄い!


「と、とにかく、そこはどこなの? 危ないところなら逃げないと」


 赤くなった顔を隠しつつ早口で言うと、王子様が暗い顔をした。


「残念ですが、ここから出ることは難しいです」

「どうして?」

「先程の魔物、ゴキキが外で蠢いているのです」

「あれが蠢いて……ひぇ。っていうか、あれってそんな名前なの? ちょっと可愛い雰囲気出してるのが腹立つ~」


 セルジュが言うには、ここは大きな建物の地下部屋らしい。

 部屋の外には、倒せない量の魔物がいるため脱出は不可能だという。

 何とかならないと考えていたら、あるモノが目に入った。

 先程かき集めて来た殺虫剤の中あった『くん蒸殺虫剤』だ。


「これなら一掃できそう!」


 全部は倒せなくても、脱出難易度は下がるはずだ。

 私は王子様にくん蒸殺虫剤を投げると、概要と使用方法を説明した。


「素晴らしい神具ですね! さっそく試してみます」

「神具……ただのセール品なんだけどね……」


 セルジュは慎重に扉を開け、近くに魔物がいないことを確認すると、廊下に設置して戻って来た。

 16畳用を3個設置して貰ったので、それなりに効果はあると思う。

 2時間待たなければいけないので、私がタイマーをかけて時間を教えることにした。


 ちなみに、この部屋に転がっていた忌まわしき黒いあいつらの亡骸は、セルジュが魔法で燃やして消した。

 あれが常に視界に入るのは精神衛生上劣悪過ぎたので、綺麗になって本当によかった。

 ……というか、魔法が使えるなんて、セルジュがいる場所はやはり異世界のようだ。


「あ、セルジュさん。お腹空いてません?」


 ちょうど今日は何となく食べたくなって、ハンバーガーを買ってきていた。

 待ち時間の間、ゆっくり休んで貰いたい。


「実はとても空腹で……。ですが、そこまで甘えても良いのでしょうか?」

「もちろん!」


 投げて渡すとぐちゃぐちゃになるので、ハンバーガーが入っているナイロン袋を紐で結び、ゆっくりと下ろした。


「パンに肉や野菜を挟んでいるんですね! とても良い匂いです」


 受け取った王子様がナイロン袋の中から、ハンバーガーとポテト、そしてコーラを取り出した。

 王子様がハンバーガーセットを持っている光景がなんだかおもしろい。

 これはイラストにしなければ!


「!!!!」


 ハンバーガーを食べた王子様がとても驚いている。


「……口に合わなかった?」

「いえ! 不思議な味ですが、とても美味しくて驚きました……。それに、半分に減っていた体力が全回復しました!」

「体力?」


 詳しく聞いてみると、ゲームの様に自分の体力を数値で把握できるらしい。


「こちらの黒いジュースを飲むと、先程ゴキキを焼き払う際に使った魔力が全回復しました!」

「コーラが魔力回復薬!?」


 私の世界では普通のモノも、王子様の方の世界に行くと不思議な効果が出るようだ。


「じゃあ、ポテトは?」

「これですね? あ、これは……」

「これは!?」

「一番美味しいです!」

「よかったね! ……って求めている答えと違う!」


 真面目なのにこの答え。王子様は少し天然のようだ。

 アカウントに書きこむ情報が増えていいけれど!


「さっきのコーラみたいに、何か効果はないですか?」

「あ、はい! ええっと……ええ!? 力の数値が大幅に上がっています! 少し、試してみますね」


 王子はそう言うと、細くて綺麗な腕で、地面に拳を突き立てた。

 すると、ドオオオオンッ!! という轟音と共に、固そうな床がクレーターのように凹んだ。


「「…………」」


 私と王子様は、思わず無言で目を合わせた。


「芋の力、すごすぎぃ……」

「これは恐ろしい効果ですね……」


 不安になった王子様は、涙をのんでポテトを諦めた。


「あの、女神様」

「ごめんね、もっと美味しい芋を探して来るから!」

「あ、そうではなくて! 図々しいお願いなのですが……何か武器を頂けませんか?」

「武器?」

「はい。私は魔法使いなのですが、杖なしで魔法を使うのは危険なので……」

「分かった、探して来る! ちょっと待っていて!」


 ……と言って部屋を出たのはいいが、魔法使いの杖なんて家にない。

 でも、それっぽいものを渡すと、セルジュの世界では強力な魔法の杖になるかもしれない。


「長い棒のようなものがいいよね? そうだ、SNSでも聞いてみよう。【家の中にある魔法の杖になりそうなものって何ですか?】 ……これでよし。まずは自分で探そう」


 一番に取りに行ったのは、玄関にある防犯用の木刀。

 剣道をやっている父が使っていたもので、この家で一番攻撃に向いている棒だ。


「でも、欲しいのは杖だしなあ。あ、傘とほうきも持って行こう」


 他には……と考えていたら、先程投稿した質問に、たくさんコメントがついていることに気がついた。

 まだ五分くらいしか経っていないのに百件ほどある。


「ありがたいな。あとでセルジュの写真をみんなに見せよう! えっと……キッチン用品とお掃除道具が多いな」


 条件に合いそうなものをピックアップし、それらを抱えて部屋に戻った。


「お待たせ! どんな効果があるのか分からないけど、とにかく渡すね!」


 大きな洗濯カゴにそれらを入れ、紐をつけて下におろした。

 受け取ったセルジュが確認をしていく。


「使えそうなものはある?」

「そうですね……これは何ですか?」

「傘という雨で濡れないようにするための道具よ」

「雨……水を防ぐ。炎の魔法に特化した杖の特徴ですね。試してみます!」


 セルジュが傘を掲げると、ゴオオオオッと音を立てながら大きな火柱ができた。


「わあっ!」


 セルジュのいる部屋の天井に広がった火が、私の部屋の中にまで届いた。

 幸い部屋の物に火はつかなかったが……危ないよ!


「すみません! 小さな火を起こしたつもりだったのですが……神具の効果は凄まじいです」


 何の変哲もないビニール傘まで神具……。

 異世界って本当にコスパがいい。


「あなたの武器はその傘にする?」

「このような代物を、私が扱えるか……。他を一通り見てもよいですか?」

「もちろん!」

「では、この木刀は……木なのにミスリルソードと同等の切れ味と威力が出そうですね。私は使えません」


 お父さんの使い古した木刀=ミスリルソードらしい。

 異世界、本当にどうなっているの?


「おや? これが素晴らしいです!」


 セルジュが手にしていたのは、おばあちゃんのお古の杖だった。


「どういいの?」

「消費する魔力が半分で済みそうです。魔法使いにとって、杖は手のようなものなのですが、非常に良くなじみます。大魔法使いが長年使っていたような杖ですね」

「えーと……それは魔女が長年愛用した杖なの」

「なんと! そんな貴重なものを……!」


 杖を持って感動している王子様を見ていると、事実を伝えづらくて誤魔化した。

 おばあちゃん、勝手に魔女にしてごめんなさい。

 王子様は武器として使うのをおばあちゃんの杖に決めたようだ。


 そこでちょうど、二時間経過を知らせるタイマーが鳴った。

 外の様子を少し探ってみると、生き物の気配がまったくなかった。

 駆除に成功したようだ。


「では、脱出しますね。女神様とはここでお別れになるのでしょうか?」


 言われてみれば、私の視点は動かせないから、セルジュがこの部屋を出るとさよならになってしまう。

 そんなの嫌だ、セルジュの脱出を見守りたい!

 そう思っていたら、目の前に文字が現れた。


【条件達成により、クエスト対象追跡機能が解放されております。使用しますか?】


 この文字何? 条件? クエスト?

 疑問が溢れたが、引き出しを開けてから謎な状況が続いているので、今更細かいことは気にしない。


「追跡ってことは、追いかけて見ることができそう! だったら……【使用する】!」


 すると、目の前に【追跡中】という文字が現れたあと、すぐに消えた。


「セルジュさん! まだ見守ることができそうです!」

「本当ですか? それは心強いです。では、出発しますね」


 セルジュが部屋を出て進み出すと、私の景色も動きだしたので安心した。

 建物の中は暗いが、セルジュは私が渡したランタンを持っているので問題ない。

 途中に黒いあいつの亡骸が落ちていたが、セルジュが杖に慣れるために燃やして消していった。


「この建物、迷路みたいね」


 普通の建物ではなく、無駄に複雑な構造だ。

 こんなところには住めないし、学校だったら移動教室の度に迷子になりそうだ。


「ここは生贄を捧げるために作られた場所で、生贄が逃げ出してもすぐには戻って来られない様に複雑な構造になっているんです」

「え、セルジュさんは生贄だったの!?」

「……はい」


 責務とか、逃げてもいいのかと聞いてきたのは、そういうことだったのか……。


「私はやはり、生贄として死ぬべきなのでしょうか」

「そんなわけないじゃない!」


 どんな理由があるのか分からないし、異世界の文化も知らないけれど、生贄だなんて非道なことは許せない。

 人を犠牲にして救われることなんてあるのだろうか。


「私が戻っても、国の者達は喜ばないでしょう。捕まれば再び生贄になるかもしれません。それでも、女神様にお救い頂いたことで、私は幸せな想いを抱いて責務を全うでき――」

「そんなこと言っちゃだめ!」


 最悪のことを覚悟しているようなセルジュに向けて叫んだ。


「どんな事情があるか分からない。でも、死ぬのは絶対駄目! 私も協力するから、あきらめないと約束して!」


 女神のフリをして、セルジュを生贄にしようとする人達を説得したり、根本にある問題を解決するために何かできるかもしれない。

 だから、生きることだけは諦めてないで欲しい。


「…………っ。女神様、ありがとうございます。救ってくださった命を粗末にするようなことを言い、申し訳ありませんでした。……私は生きます」

「うん! 約束だからね」


 推しが健やかに生きてくれることが私の生きがいです!

 決意を新たにして、晴れやかな笑顔になったセルジュは脱出を再開した。

 だが、本当に迷路のようで、見覚えのあるところに戻って来てしまった。


「ゲームみたいにマッピングできたら……あ!」


 道案内といえば、地図アプリ!

 コスパの良い異世界では、普通の地図アプリも素晴らしい進化をとげるかもしれない。

 今使っているスマホをあげることはできないので、前に使っていたものを持ってきた。

 幸いまだ使うことができる。

 アプリを立ち上げてから、セルジュに渡した。


「その絵に触れることで操作ができるもの。そこに今あなたがいる場所の地図が出てきたり――?」

「――します! ここの建物情報があります! それにゴキキの居場所も絵で分かります! こ、これはすごいですね」


 セルジュの手にあるスマホのマップには、生き残った黒いアイツも表示されているらしい。


「あ、隠し通路があります。今はそこからじゃないと出られないようです。……こちらです」


 セルジュがアプリを元に進んでいる。

 途中に生きている黒いあいつと遭遇したが、位置を把握できているセルジュは難なく対処することができた。

 隠し通路は、何もないように見える壁に繋がっていた。


「扉が隠されていますね。この神具がなければ見つけることができなかったと思います。本当に女神様のおかげです」

「力になれてよかったよ」


 スマホもアプリも私が作ったものじゃないけれど、いい結果になってよかった。

 セルジュは扉を開け、隠し通路に入った。

 ここは迷わせる必要がないから、シンプルな構造になっていた。


「もうすぐだね! ここを出たらどうするの?」

「ずっと、私が生贄になることを反対していた方がいるんです。その方を頼ろうと思います」


 その人はセルジュにとって大切な人のようで、とても優しい顔になっている。

 セルジュにも味方がいたんだとホッとした。


 セルジュも気持ちが高まって来たのか、速足になった。

 五分ほど歩いたところで、突き当りに扉を発見。

 すぐに扉を出ると、そこには森が広がっていた。


「生きてまた空を見ることが出来るとは思っていませんでした……」


 セルジュが空を見て感動している。

 その姿を見て、改めて力になることができてよかったと思った。


「セルジュ様!?」


 突然知らない男の声がした。

 声がした方を見ると、茂みの方から同じ服を着た男達が現れ、セルジュを取り囲んだ。


「どうして戻って来たのです! この国がどうなってもいいのですか!」


 五十代くらいの恰幅のいい男が前に出て、セルジュを責めた。


「やめて! セルジュさんを生贄にするなんて駄目!」


 庇うように叫ぶと、男達は私の存在に気がついた。


「な、何だ!? 女!?」

「魔物かっ!? 攻撃だ!」


 男達は一斉に、持っている剣や杖をこちらに向けた。

 だが、その瞬間……セルジュが動いた。


「やめなさい!」


 セルジュが放った魔法により、男達が地面にへばりついていく。

 重力系の魔法だろうか。


「お、起き上がれない! 儂の魔法が負けている!?」

「あのお方は女神様です! 無礼は許しません!」


 セルジュの言葉を聞き、恰幅のいい男は目を見開いた。


「女神様だと!?」

「そうです! 私がこのような高位魔法を使えているのも、女神様から賜ったこの神具のおかげです!」

「確かに……素晴らしい杖だ……本当に女神様?」


 男達は杖を見て、セルジュの言葉に耳を傾けている。

 ここで何か、女神っぽいことをして、更に信憑性を持たせよう!

 私はタブレットを持ってきて、下にいる人達の写真を撮った。

 そして、その写真を表示し、彼らに画面を見せつけた。


「あなた達の姿をここに映し、魂を捕らえました! 言うことを聞かないと天罰を与えますよ!」

「ひいっ! お許しください! この国はゴキキに浸食されていて、破滅の危機なのです! この国で最も美しい王子を生贄にすることで、ゴキキ達が鎮まるとお告げがあったので、仕方なく……」


 セルジュって本当に王子様だったの!? ……って、今は驚いている場合じゃない。


「そんなお告げ、誰が言っているの!」

「よ、予言者です!」


 予言者なんて、私は胡散臭いと思うけれど、異世界では信用されているのだろうか。

 でも、生贄を捧げても黒いあいつらを始末できるわけがない。


「私ができるだけ協力します。神具を授けますから、それで魔物を倒しましょう!」

「神具で魔物の倒す? 本当にそんなことができるのですか?」

「実際に私は、セルジュさんに神具を授けて救いました。疑うのであれば建物の中を見て来てください」


 私の言葉を聞き、セルジュは拘束していた魔法を解いた。

 すると、自由になった男達の半分は、先程までセルジュがいた建物の調査に向かったが、すぐに戻って来た。


「本当です! ゴキキの巣窟だったはずなの、姿が見当たりません! 建物の中が聖域化しています!」


 聖域!? それは私も予想外なのです……。


「そんな馬鹿な!」


 呆然とする恰幅のいい男へ、セルジュが告げる。


「真実です。私が女神様から賜った神具で、ゴキキを一掃しました。これは私の予想ですが……生贄が必要という予言は、私が女神様と出会うためだったのでは……?」

「! 確かにそうかもしれない……」

「え? そ、そうなの?」


 その予想が正しいのか分からないが、私以外は納得したようだ。

 謎展開になったが、この感じならセルジュを再び生贄になることはないだろう。

 念のため、よりセルジュを大切にして貰えるように仕向ける。


「神具はセルジュさんにしか渡しません。だから、セルジュさんを大切にしてください」

「……女神様」


 セルジュが私の方を見て目に涙を浮かべている。

 自己満足なので、そんな感謝に溢れた目で見られると照れてしまう。


「わ、分かりました。とにかく、セルジュ様から詳しい話を聞きます」


 そう言うと、恰幅のいい男は去って行った。

 私も家族が帰ってくるまでに、散らかしてしまった家を片付けたい。

 引き出しを閉じようと思ったのだが、セルジュが少し私と二人で話をしたいと言い出した。


「女神様、本当に……本当にありがとうございました」


 どうやら改めて私に感謝の言葉を伝えたいようだ。


「どういたしまして! これからも力になるからね」

「ご迷惑をおかけしますが、何卒よろしくお願いいたします。私にできることがあったら、何でも仰ってください」

「あ、じゃあ、写真を撮ってもいい? もちろん、魂を取ったりしないから!」


 先程、嘘で他の人達をビビらせたので、笑いながら大丈夫だと前置きをしたのだが……。


「女神様になら魂でも差し出します」

「あ、ありがと……じゃなくて、差し出したら駄目!」


 笑顔が美し過ぎて、動悸が……!

 引き出しを閉めて逃げそうになったが、大事なことを思い出した。


「あ、そうだ。とりあえず残っている殺虫剤とかあげる! あと、ホウ酸団子の作り方も調べておくね」

「ホウサンダンゴ、ですか?」

「うん。自分たちで黒いあいつらを倒せる薬を作れた方がいいでしょう?」

「!!!!」


 セルジュが今まで一番驚いた顔をしているので、私は首を傾げた。

 そんなに驚くことだろうか。


「そんな叡智を授けてくださるのですか!?」

「叡智だなんて大げさだよ~」

「いえ! あなたは、私の女神様であり、この国の救世主です。私は女神様と出会えた奇跡に心から感謝します」


 熱のこもった瞳で見つめられ、またボンッと顔が熱くなった。

 だから、そんな目で見ないで!


「じゃあ! またね!」

「女神様――」


 セルジュが何か言っていたが、私は赤い顔を隠すため、逃げるように引き出しを閉めた。

 どうしよう、ドキドキが全然止まらない――。


「……凄い体験したなあ」


 まだ夢を見ているようだ。

 私はふわふわした感覚に浸っている。


「いつまでこの引き出しが繋がっているか分からないけど、できるだけ協力しよう! あ、リアル王子様の写真をアップしておこう」


 こちらを見上げているセルジュの写真を載せると、すぐさまフォロワーから反応が起こった。


「…………え。いいねの数がエグい!」


 見たことのない速度で増えていくいいね数に驚いている私の耳に、「ピロン」と何かの通知音が聞こえた。


「……引き出しの方から?」


【次のクエストが解放されました】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

引き出しから生贄の王子様を逃がすクエストのお時間です! 花果唯 @ohana

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ