14.思念の章 ジルバラ

「長く待たせたな、すまない」

「いや、いい。貴女をずっと待っていたんだ」

 マリオンは首を振ると心底安心したように微笑んだ。それは私ではなく、ジルバラに向けられたものだったように思う。

 ジルバラは私の身体を上手く動かしてマリオンに貼りついている町の人たちを剥がして放り投げていく。マリオンは私とジルバラが一体化していることに驚かなかった。むしろ私よりジルバラとの方が慣れているように見えて、私の方が混乱していた。

「では、皆に会いに行こうか」


 今、私とジルバラは一体化し、同じ身体を共有している。一人で身体を使うのと大差ない。私の意思とは関係なく勝手に動くけど。

 一部記憶も共有しているようで、脳内にジルバラの記憶が流れてくることもあった。

「ジルバラ、あなたの記憶によく出てくる人がいますが、どなたですか」

「直に会うことになる。今はお前も知っている人物として生きている」

 誰のことを指しているのかはっきりとは分からない。けれど私も知っている人物というのなら、マジョランの誰かかもしれない。

「我はアイツを傷つけてしまったのだ」

 それから、その人に関する記憶は流れてこなくなった。




 元を辿れば、これは我の罪だった。

 最初に生まれた、いわゆる異端。それが我。遥か昔、魔術師の両親が自らの命を使って、成功するかも分からない実験を行った。その頃、まだ王国はなく、世界は混乱していた。権力のある者は人を雇って身を守ったが、それ以外は常に危険と隣り合わせだった。それを憂いた両親は、我が子の我に魔術でヒトを守る能力を与えた。授かったのは万能の力。両親が我を愛していなかったとは思わない。むしろ、愛故にだと思った。我は幼かったが、能力の為に知能は成熟していたし、身体能力も上がっていた。庭の土を掘り、この手で両親を埋めた。質素な墓だった。

 暫くして、両親の仲間の魔術師も我と同じような子を作った。だが、どれも我の能力には劣る。次第にそれらが我の下に集い、我を主としてヒトを守るようになった。ヒトは守るべきもの、そう思っていた。

 ある時、ヒトが我らを雇いたいと言ってきた。我は断った。そのヒトの望みは、対抗するヒトを殲滅し、国を作って王になること。自らの名声と権力、豊かさのため。我らの能力は命を奪うために与えられたのではない。だが、一部の仲間がそのヒトについていってしまった。

 我は焦っていた。あのヒトの命令で仲間が能力を使うと、恐らく、大勢のヒトが死ぬだろう。両親に託された役目、愛しいヒトたち。そこへ、別のヒトが訪ねてきた。そのヒトの望みは、ヒトを守るために国を作ること。この地の全てのヒトに平和と安心を与えるため。我はこのヒトに力を貸すことにした。

 戦が始まり、我らも共に戦った。悲しいことに、相手側のヒトとも戦わなければならなかった。

 結果は、我々の勝利。だが、多くのヒトと仲間が命を落とした。仲間は我を含めて四人しか残らなかった。我は、王となった我を雇ったヒトに頼まれ、国の外れの広大な土地の守護を任された。仲間たちは我と共に来た。多くのヒトを死なせてしまったこと、多くの仲間を失ったことが我の力を奪った。

 新たな土地でヒトを守るため、それまで以上に精を出した。まだ国は混乱状態。ヒトに平穏をもたらすために生きた。だが、我の力は徐々に衰えていった。

 三人の仲間は失うことを恐れ、我に依存していった。全員そうだったが、とりわけ酷かったのは、声で魅了する者だった。我はそれを『声』と呼んだ。他の二人も、『姿』、『牙』と呼んだ。我に『ジルバラ』という名を付けたのは、『声』だった。名を付けることで、我を縛った。どこへも行かないように。消えないように。

 我の能力は、最早、万能とは言えなかった。使える力は、相手の能力の無効化、相手の攻撃を倍にして返すこと、飛ぶことぐらいだった。以前はもっと色んなことができた。我は死が近いと知った。それまでは、ヒトを愛して、ヒトのために力を使おうと思った。

 『姿』と『牙』は渋々理解してくれた。問題は『声』だ。他の二人に比べて依存度が高いため、納得しない。我の気がヒトに向けられると嫉妬し、『姿』や『牙』を気遣うと嫉妬した。我の全てを欲しがった。だが、我の生まれた過程からして、ただ一人だけを愛することは不可能だった。我はヒトも仲間も等しく愛していた。

 『声』は我に、自分かヒトかどちらかを選んでほしいと言った。我は、ヒトを選んだ。

 『声』は我らの前から姿を消した。我はそれから、ますます力が衰え、眠っていることが多くなった。眠っている間、意識は我が治める広大な領地に飛び、愛しいヒトたちの様子を見ていた。国が出来て暫く、ヒトたちは互いに助け合い、慰め合い、愛し合っている。我が助けることはない。

 小さな家の夫婦に子ができた。その子は昔いた仲間と同じ能力を持っていた。そんな子供がたまに生まれた。我は、仲間たちは生まれ変わったのだ、という結論に達した。ならば、我もいずれ戻ってこれるかもしれない。

「ジルバラ様」

「『声』か。久しいな。我はもうすぐ死ぬ。その前に会えて良かった」

「貴女に答えてほしいことがあったのです」

 『姿』と『牙』が見回りで出払っていた時、『声』が久し振りに現れた。以前と変わらぬ微笑みを浮かべ、言葉を紡ぐ。

「貴女は私を愛してくれましたか」

「当たり前だろう。お前は我の大切な仲間で家族だ」

「……違う。私は、そうじゃない。貴女を一人の女性として愛しているのです。どうかお願いします。ヒトを、あとの二人を捨てて、私の手を取ってください。私を選んで、私だけを愛してくださるなら、私はこの能力で貴女を生かしましょう」

 ベッドから起き上がった我を抱き締める。むしろ、子供が親にすがりついているようなふうにも見える。苦しい程の力。震えている。

「すまない。我は死ぬことにしたのだ。ヒトは我がいなくとも上手くやっていくだろうから」

「……許さない。私から離れるなんて許さない! 全てヒトのせいだ。ジルバラ様を私から奪った! 復讐してやる。愚かなヒトから全てを奪って絶望を与えてやる!」

 我は『声』を止めるため、力を使った。全ての力をかき集めて、ぶつける。我がまいた種だ、我が片付けなければ。

 しかし力が足りず、魂までは届かなかった。だが、ひびは入ったはず。いずれ、そこから割れ、消滅するだろう。

 『姿』と『牙』が異変を察知して慌てて現れた時には『声』は姿を消した後だった。

「主様!」

「主!」

「お前たちにはヒトを見守ってほしい。来るべき時が来れば、再び我は現れる。待っていてほしい」

 二人の声を聞きながら、我は目を閉じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

永遠の住む森 海野夏 @penguin_blue

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ