13.思念の章 猫

 アタシは生まれた頃からの記憶がある。むしろ、何度も生まれ変わった記憶がある。

 姿を変える者、それがアタシだ。

 ギルディが爪と牙を持つ者だということは分かっていたし、憎きマジョラン家当主が主を裏切った声で魅了する者だということも分かっていた。

 簡単に言えば、もう疲れたんだ。何度も生まれ直し、主が現れるのを待った。その度にマジョラン家、奴に殺された。

 奴は死んではどこかの赤ん坊に乗移り、その赤ん坊の家族を言霊で洗脳してその子のことを忘れさせた。町の人にはマジョラン家の子として紹介させた。それを繰り返して生き長らえていた。奴は家族というものが嫌いらしい。だから誰とも結婚しなかった。つまり、マジョラン家など存在しなかった。

 今回は前回までとは違う。奴は、完全体の奴、ではなかった。さらに、奴は結婚していた。極めつけは、リージンからも奴の気配を感じた。何がどうなってるんだ。

 とにかく、アタシは諦めることにした。主はもう現れないのだ。今回生きた中で唯一、アタシを癒してくれたアリスもいなくなってしまった。無惨な姿で何者かに殺された。

 もう良いじゃない、終わらせよう。奴は主を裏切ったけど、主もアタシらを裏切ったんだ。

「リージン、全部終わらせよう」

「あぁ。もう、失うものはない」

 マジョラン家当主とリージンが戦うということは、奴の魂同士が戦うということ。何が起こるか分からないけど、とんでもないことになる予感はあった。でも、どうでもいいや。


 辺りは火の海。アタシを包む全てが赤い。この辺りのヒトは倒してしまった。まだ死んでないのがほとんどだと思う。どうしても加減してしまった。

 他所では戦いは続いているらしい。

 何かが吼えた。たぶん、リージン。空に飛び上がる。ドラゴンになれば、一蹴りで高く上れる。リージンが怪物化していた。一度見ているから驚かない。でも、マジョラン家当主も厄介なことをしている。マジョラン一族に心酔するヒトたちを、怪物化させている。化け物の集団。本物の異端とは似ても似つかない。マジョラン家当主を守るように、リージンを囲い、次々と襲いかかっている。止まらない戦い。他の異端たちも化け物になったヒトと戦っている。辺りは火の海。地獄絵図。

「うわっ」

 何かが、化け物がアタシの足を掴んだ。考え事をしているうちに高度が下がっていたのか。次から次へアタシに飛び付いてくる化け物。アタシを引きずり落とすつもりか。抗っていたけど、もう無理だ。アタシの背中を覆うように無数の化け物が乗っている。それら全てが爪を立てたり切りつけてきたり噛みついてきたり、たまったもんじゃない。地面に落とされたアタシに群がる化け物。

 本当は死にたくなかったんだ。

 今までも、今も、死にたくなかったんだ。何度も死ぬ瞬間に主を呼んだ。でも主は来なかった。今回だって来てくれないんでしょ。

 何で、希望を持たせるようなことを言ったんだよ、主。


「あれ、何……」

意識が朦朧としてきた時、化け物の隙間から空が見えた。何かが飛んでいた。

 何度も待って裏切られた。今回もそうだと思った。涙が視界を遮る。その姿、久し振りの気配。もっとちゃんと見ていたいのによく見えない。

「待たせて、すまない」

 貴女をずっと待っていたんだ。

「あぁ、我が主よ」

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